第186話 邂逅


 ラゲートの落ちた剣はそのままに全員で一度ポストスクスの元に戻る。

 スルタルが先ほどの流れを説明した。


『なるほどなぁ~どこかに賢者の卵が隠れて攻撃している可能性があると』


 改めて全員で周囲を見渡すが、セシルらしき人物は見当たらない。


『簡単には見付からないか。で、兵士さんどうする?』

『後続組が来るまで待機するのが正解かもしれん』

『それはいいが、最低俺の剣は回収したいんだが?』

『走ってバッと回収出来ねぇのか?』


 状況報告だけを聞いたヌルマドフは簡単に言う。

 攻撃を受けたと言う2人の手は、擦り傷のような軽い怪我をしているようにしか見えないのだ。

 冒険者ならその程度の怪我は日常茶飯事だ。


『……お前が拾ってくれねぇか?』

『珍しく弱気じゃねぇか。ラゲートらしくもない。だがお断りだ』

『拾うだけだろ?』

『擦り傷程度でも緊急時でもないのに他人の剣を拾うためにわざわざ確定の怪我する馬鹿いないだろ。一時的な痛み位我慢してさっさと拾えよ』

『チッ……』


 がっしりした大柄のラゲートが忌々しそうに剣を見つめ、もじゃもじゃの髭を一撫ですると意を決したように動き出した。

 体格に似合わず俊敏な動きで加速すると、剣を拾う為に姿勢を低くしスライディングのように滑りながら剣に手を伸ばす。


『グッ』


剣に手を伸ばしたところで鋭い痛みが二の腕に走るが、痛みが来ることを想定していた為、我慢し無理やり剣を握る。


『ぐあっ』


 さらに痛みが深くなるが、ダッシュで走り戻った。


『大丈夫か!?』


 ラゲートが剣を持ち帰る事が出来、少しだけ安心し鞘に納めようとしながら答える。


『どうにかな。とりあえず剣は取っ……ぐあっ!?』


 ガランッ


 また新たな痛みに襲われ、またしても剣を落としてしまう。


『クソッいってぇ……どうやっているかは分からんが、犯人はあいつらで間違いないよな? 畜生共め……ぶっ殺してやる……』

『おっおい! やめとけ。どうやって攻撃されているか分かんねぇんだ。今は手だけだが、別の場所を攻撃されたらヤバいぞ』

『ちょっと仕返しするだけだ。ナイフを投げるくらいはいいだろ』

『利き腕使えないだろ!? なにを言っているんだ。冷静になれ』

『ふんっ、当然左手でも投げる練習はしてる。お前らは下がって撤退の準備だけしとけ。俺も一本投げるだけで下がるさ』

『はぁ全く……1本だけでも憂さ晴らしさせてやってもいいかい? 兵士さん』

『……どうなっても知らねぇぞ?』

『分かっているよ』



☆☆☆



『あと少しだ。頑張れ』

『つっかれた……もう無理。でも、帰りは行きよりだいぶ早く感じたね』

『壁に付けた印のおかげで迷うことなく帰れているからね』


 セシル一行は水場を確保するという目標を達成する事が出来ないまま家に帰り着いた。


『『『ただいま~』』』


 ナー ナー


『ん? マーモの声遠いな? 玄関の方?』

『トラブルか?』

『えっちょっと本当!? 勘弁してよ! 休ませてよぉ。部屋で休んでちゃだめ?』

『何があるか分からねぇんだ。とりあえず着いてきて、大丈夫そうなら後ろで座ってな』

『やっと休めると思ってからの移動つらぁ~』


 玄関の方まで歩いて行くと、マーモット達がわさわさと固まってナーナーと騒ぎ立てていた。


『よく分かんないけど、緊急じゃなさそうだからここで座ってな』

『はーい。づかれたぁ~』


 ユーナを休ませて、セシル達がマーモット達の間を掻き分けて先頭にいるマーモの所まで辿り着こうとした時、ギィイン と硬質な何かが壁にぶつかった音がしてきた。

 

 音がした方を見ると玄関の端に避けられていた草木の上に1本のナイフが引っ掛かっている。


「……ナイフ?」


『外してんじゃねぇか』

『違うっマーモットが何かしやがったに違いねぇ。変な動きしやがった』


「人? 帝国語!?」


『んっ!? おいっ子供がいるぞ! 2人!?』

『何で2人もいるんだ? 1人は帝国人の肌の色じゃないか? もう1人はセシルか? セシルか……しまった……』

『やってしまったな……。マーモットにナイフ投げてしまったぞ』

『冷静に話せば分かって貰えないか?』

『やるしかないだろ』


「なんだあいつら。ナイフ投げて来たって事は敵だね?」

「ちょっと待て、魔物であるマーモットに攻撃するのは当たり前じゃないか? 敵対するのは早くないか?」

「いや、でもマーモが攻撃されたんだよ?」

「今は攻撃してくる様子もない。帝国人みたいだし俺が話してみる」

「……全部訳してね」


 セシルは納得出来ない顔でヨトに任せる事にした。


「分かった分かった」

「強気でね」

「はいはい。強気ね。分かった分かった」

『お前たちは帝国人か?』「――――」


 喋った直後からすぐ自分で王国語で訳していく。


『やはりお前も帝国人か? お前は誰だ? 何でこんな所にいる』「――――」


『……訳していくのメンドクサイな。ユーナ来てくれ』

『えーっ』

『いいから早く』

『はいはい』


 ユーナがのそのそとマーモット達を搔き分けてやってくる。

 ヨトがスマフ達には見えない角度で止まるように手で指示を出す。


『おいおいおい。こっちが先に質問してんだ。俺らの仲間にナイフを投げつけといてお前達が無事でいるのは温情だぞ? 死にたいのか?』

『クソガキッ』


『訳せばいいのね?』『頼む』

「――――――――」

「――」

「おおーヨトいいね。強気だね。ははっあの人キレてるキレてる」


 ユーナが訳したセリフにセシルは満足気だ。


 セシルのせせら笑うような態度にラゲートが投擲ナイフに手を掛けた。

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