第187話 交易


 セシルのせせら笑うような態度にラゲートが投擲ナイフに手を掛けた。


 その瞬間、横にいたニードルがスッとラゲートの手を抑え『依頼を完遂しろ』と耳元でボソッと言うと、また何事も無かったように元の位置に戻った。


『チッ……だーっ、くそっ! すーーーっ、ふーーーっ』


 ラゲートは深く深呼吸をし、己を抑える。

 周囲はその様子に小さくホッと息を吐く。

 

 スマフはそれぞれの顔を見渡し、再度問題ない事を確認し交渉を続ける。


『我々は帝国人だ。ナイフを投げつけたのはすまない。野生のマーモットだと思ったんだ。魔物を攻撃するのは仕方のない事だろう?』「――――――?」

「……」セシルは気持ち的には納得出来ないが、反論も難しく黙ってムクれている。


『次はこっちが質問しても?』「――?」

「先にあっちが誰か知りたい」

『先に名乗れ』「――」

『帝国の……とある領の兵士とその護衛だ。我々はセシル殿を探しに来た』「――――」

「ん? 僕を? なんで?」

『セシルを見付けてどうするつもりだ?』「――?」

『交易をしたい』「――」

『どういう意味だ?』「――?」

『それを話す前に君の横にいる人物はセシル殿と言う事で合っているか?』「――――?」

「バラしていいのか?」

「違うって言って」

『違う』「――」


 今のやり取りでスマフ達はセシルだと確信する。

 王国語を喋る少年がセシルじゃないのならば、帝国語を喋る少年がわざわざ一言確認する必要が無いのだ。

 何も考えず否定すれば良いのだから。


『ではセシル殿じゃなくても良い。君たちにお願いがある』「――――」

『何だ?』「――?」

『先ほども言ったが交易をしたい。要するに、我々が君たちの生活に必要な、そうだな。靴、洋服などを提供するから、その代わり珍しい魔物の素材などをこちらに提供して欲しい』「――――」

「……ほほう? 思いの外、悪くないかも? ただ、素材の価値が分からないから損する取引になっちゃうかもなぁ。ちょっと話し合うから時間くれって言ってもらっていい?」

『話し合うから待て』

『分かった』

「俺は悪くない話だと思うぞ?」

「ユーナはどう思う?」

「ん~。私も良い話だと思うな。布団とか、洞窟の奥に行くときに着る暖かい服が欲しい」

「帝国で薄い服しか見た事ないぞ。まあ長袖の服でも多少マシになるか」


 帝国のディビジ大森林に接している地域は年中温暖な気候な為、基本的に生地が薄い。

 ただ絵本などの知識で分厚い服がある事は知っている。


「こっちが魔物の素材の価値が分からないのはどう思う? 損しちゃうよ」

「俺らが必要としてない素材なら多少悪い交渉になっても良いんじゃないか?」

「ん~それは何か悔しいなぁ」

「こっちがどれだけ苦労したかを考えながら交渉すると良い」

「じゃあオッケーするか。まずは物を見せて貰おうか」


『物を見せてくれ』「――」

『今は無い。数日以内には後続組が持ってくるからそれを見て欲しい。そちらの素材を見せては貰えないか?』「――――?」

「何だよ、今持ってないのかよ。そっちの品物を見て欲しい者があれば交渉するって言って」

『そっちの品物を見てから交渉する』「――」

『分かった。交渉は後にしても、そちらの素材を先に見せてもらう事は出来ないか?』「――?」

「……あっやべっ……ダメって言って」


 セシルの言葉にヨトは不思議な顔をするが後で聞けば良いかととりあえず返事だけする。


『ダメだ』「――」

「後、マーモ達に次攻撃したら、その時は殺す」

『それとマーモット達や俺達に次攻撃を一度でもしたら殺す』「――」

『……分かった。また来る。素材の準備はしといてくれ。ああ、それとその内この近くで野営すると思うからそのつもりで』「――――」


 そう言うとスマフ達はセシル達の返事を待たずに去って行った。


「あっ帰りやがった。近くで野営されたら嫌なんだけどなぁ。断れば良かったかな」

「なぁ?」

「ん?」

「さっきのやっべって何のことだ?」

「あ~いや~。魔物の素材さ、ほとんど盗まれて余分な在庫ないよね。……ティタノボアの鱗は鎧の替えに使えるから渡したくないし。ミツビオアルマジロの甲羅はこれから増やしたいくらいだし……ワイバーンの布団はあり得ないし」

「私たちの寝ている部屋にティタノボアの魔石があったよ?」

「おー! すっかり忘れてた。それでいこう。でも1つだけじゃなぁ」

「ミニ魚っさんの死体は売れないかな?」

「あんなのくせぇだけだろ。あっ魔石抜いとけば良かったな」

「魔石残って無いかな?」

「魔物にとっちゃ魔力が入っている魔石ってのはご馳走らしいからな。真っ先に食べられるんじゃないか?」

「えっそうなの? 今までマーモ達にあげてないよ?」

「お前から魔力が流れているからそれで満足なんじゃないか? しらんけど」

「なるほど~。マーモット達には今後あげる必要あるのかもね」

「ゴブリンの魔石でも渡しときゃいいだろ」

「ゴブリンの魔石はちょっと食べさせたくないよなぁ~。まっそれは今後考えるとして、疲れたからとりあえず虫食べてさっさと寝よう」

「ほんと疲れた」

「明日どうする?」

「……明日の事は明日考えよう」

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