第165話 教国1
聖地アルバレトス
大聖堂の執務室でマナエル教皇が窓の外を眺めていた。
遠くに見える山の向こうに思いを馳せているように見える。
遠くを見つめたままツキエンに問いかけた
「聞いたかねぇ?」
ツキエンはマナエルの姪であり側仕えをしている。
10代後半のアルビノの女性で、背も高くキリッとした佇まいである。
白髪を後ろで一つ結びをした美人だ。
「はい。もちろんでございます」
「……まだ何の話なのかぁ言っていないのだがぁ」
「教皇聖下に伝わる内容は全て私が精査して報告しておりますので。教皇聖下が聞いた話は私も全て把握しております」
マナエルは驚き思わずツキエンを見る。
「え“? ……そっ、そなたがぁ知らないぃ繋がりや会話があるとぉ思わないのかねぇ?」
「はい。あり得ません」
「えっ? 流石にぃ全てを把握はないだろぅ? ……え? ないよねぇ? えっほんとに? 全部?」
「全てでないにしても、ほぼほぼ把握していると思っていただいて大丈夫です」
「えぇ~教皇になってから一番の恐怖を感じているよぉ」
「それにしても……」
「なんだねぇ、これ以上怖い事言わないでよぉ?」
「主語も言わずに大物っぽい雰囲気を出すためにいきなり『聞いたかね?』とおっしゃるのは少し……いえかなりご自分に酔って遊ばされておりますね」
「言葉こそぉ丁寧だがぁ内容はぁ暴言に等しいぞぉ私にぃそこまで言うのはぁツキエンだけだぞぉ~」
ツキエンは突然変異のアルビノで生まれた事から『神の寵愛を受けている』と期待され、叔父と姪の関係であったマナエル(当時、司教)に幼い頃から預けられていた。
身内である事と幼さゆえの無礼を許していた所、今ではマナエル教皇に唯一ズバズバと意見を言える人物となっていた。
まだ10代後半と言う事もあり役職はただの側仕えだが、周りからは特別な人物として高位職と同程度の扱いを受けている。
「以前から思っていたのですが、高位聖職者方の語尾を伸ばす話し方はどうにかならないのでしょうか? 喋るのにいちいち時間が掛るのですが。暇なのでしょうか?」
「あぁ~ついに我慢出来なくなった感じぃ? いや、私もほんとは面倒なのよぉ。ゆっくり喋る事でぇ教育を受けられていない人々にも理解出来る速度で話すって言う崇高な理由があるのよぉ。アポレ神様が御来神され我々人間にお言葉をお聞かせ下さった際ぃ、それはそれは優しくゆったりとした語りをされたと聖典に書いてあるからねぇ」
「あぁその一節が理由だったのですね。老化が原因かと何となく聞いてはいけない気がして控えていましたが、聞いてみて良かったです。長年の疑問が解き明かされてスッキリいたしました」
ツキエンもまだ勉強中の身であり、知らない事も数多ある。
「ただ、説法の時だけゆっくり喋れば良いのでは? とも思うのですが」
「いやそうなのだよね。私が生まれる前からすでにこういう仕来りだったから、なし崩し的にそのままにしているけどハッキリ言ってやめたいね」
「教皇聖下が一番偉いのですから、そうおっしゃれば良いのでは?」
「なんか突然全員が普通の言葉で話すのも気まずい空気にならないかね? 『はいっ、今から説法以外は普通に喋りましょうね』なんて言われても、普段からこの喋り方していたのは何だったの? 若気の至りならぬ老気の至り、的な? 聖職者の名だたる面子が過去を振り返って赤面! みたいにならないかな?」
「お歴々の方々が赤面しようとどうしようとどうでも良いので、私が年を取る前にその制度無くしてくださいよ。切実に」
「なんか役職が上がると伸ばし喋りが許されるみたいな特権というか暗黙の了解もあるのだよ。中にはこの喋り方に憧れる人もいるのだよねぇ。この話し方をする人は位が上位だと初対面でも判断が出来るという良い面もあるのだしね」
「そうですか。なるほど。私は今後も普通の話し方を貫こうと思います」
「新時代の若者だねぇ~せめてツキエンと2人の時は私もあまり伸ばさないように喋ろうと思うよ」
「有難いです」
「ところで話を戻すが、聞いたかね?」
「はい聞き及んでおります」
「……では、その事に付いてどう思う?」
「はい。非常にマズいかと思います」
「……ちょっと待て、何かマズい事が起きているのかね?」
「ええ。非常にマズいです」
「え? そんなマズい事起きているの? 知らないんだけど」
「今日はその報告に来たので、教皇聖下はまだ知らないと思います」
「私の方が聞いてないパターンじゃないか『聞いたかね?』のセリフが非常に恥ずかしいよ。赤面だよ赤面。私は今日の夕飯に珍しい果物が出るって話をしたかったのだがね」
マナエルの顔は耳まで真っ赤になっている。
「あの、そろそろ報告をしたいのですがよろしいでしょうか?」
「ゴホン……聞かせたまえ」
「セシル殿を捜索任務でディビジ大森林に向かった部隊ですが――半壊しました」
「えっ半壊!? ……ちょっ思ったよりマズい報告ではないか。 ……なぜそんな事になったのかな?」
「我々アポレ教国は魔物を人類の敵としております」
「うんそうだね」
「ディビジ大森林に入るにはポストスクスと言う獣魔が必要ですが、我々の思想の影響か従魔師がほとんど存在いたしません」
「うん。だが、それでも多少はいたはずだが?」
「はい。その多少では大勢の遠征をカバー出来なかったという事でしょう。まあポストスクス3体ほどで大勢をカバーしようとする方が土台無理な話ではあったのですが、我々は近年ディビジ大森林を使用していなかった為、情報が不足し考えが甘かったようです」
「ちなみに被害は?」
「150名のうち約2割の28名が命を落とし、その他回復不能な怪我を負った者も多数との話です」
戦争の場合、3割の兵士が死傷した場合、2名で1名を救護すると計算し全滅扱いとなる。
2割が命を落とし、怪我人多数と言うのはほぼ全滅と言って差し支えない。
「なっ何てことだ……至急話し合いをする必要がある。近くにいる高位聖職者達をすぐに集めてくれ」
「もう招集の通知は出しております」
「そうか。……話し方云々などどうでも良い話より、こちらを先に報告すべきだったのではないか? 教徒の命が失われたのだぞ?」
珍しくマナエルがピリピリとした空気を醸し出すが、強い自制心でふーっと息を吐き心を沈ませる。
「緊迫した空気を和まそうと思いまして」
「そうか。ツキエンなりの心遣い感……いや緊迫する前に和まされてもダメじゃないか」
「まだ、皆様が集まるには時間があります。このような緊急の会議の場でゆっくりした喋り方で話すべきではないという具申でございました。報告後はそのような話をする余裕は無いかとお思い……」
「ん……そうか。それもそうだな。分かった。今度の会議では普通に話す方が良いな。良く言ってくれた」
マナエルは多少納得出来ない気持ちを抱えながらも、こんな事に時間が取られている場合ではないと思考を戻し、渡された書類に目を通す。
(非常にマズい……殉職者の遺族への対応もそうだが、それだけの犠牲を払ってセシル殿を見付けられていない……さらには帝国と王国はディビジ大森林を通って普段から行商を行っている事実。1国だけ劣っている状態。これでは教国がアポレ神様に愛されていないみたいではないか――どうする。どうする)
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