第164話 ダンジョン


カッツォがセシルから盗んだ魔物素材はディビジ大森林の帰宅道中に売り捌かれ、王国方面に移動していた行商人に話した一大スペクタクル冒険活劇の話は、あっという間に広がっていた。

 王国の玄関口であるシルラ領では酒場での冒険者の話題と言えばその話一色になっているほどだ。


 ワイバーンなどの珍しい商品は通常の商店での販売ではなくオークションにより売却される。

 その為、冒険者だけでなくオークションの主要顧客である貴族までも瞬く間に噂が広がって行き、王国全土に広がりを見せつつある。




 滅多に現れないオークション商品の数々に商人ギルドのシルラ領代表を務めるケバラが直接、現物の確認・話の聞き取りを行っていた。


「ほーう。これはこれは……直接見に来て良かった。これはワイバーンの魔石で間違いなさそうですな。どちらで手に入れたので?」

「すでに噂は聞いているかもしれませんが、私も幸運なことにディビジ大森林を移動中、それを手に入れた帝国の冒険者と出会う事が出来たのです。この魔石を購入する際は手持ちの硬貨だけでは足りず、宝石やら高価な物は身ぐるみ剝がされましたよ。その冒険者は他にも素材を持っていたので、こちらにもっと資金があれば良かったのですが……」

「その冒険者の話をもう少し詳しく聞かせていただけないでしょうか? 入手経路などをもし聞いていましたら、もちろんただとは言いません」


 そう言うとケバラはチラリと金貨を2枚チラつかせる。


 行商人はニヤけるのを我慢して話し始めた。


 金貨2枚は贅沢をしなければ半月ほど生きて行ける程度の額だ。

 今回持ち寄った素材の売却額を考えると大金ではないが、オークションが終わるまではお金は入ってこない。それまでの資金繰りをどうしようか悩んでいた所だったのだ。

 ただでさえ広まっている話をより詳しく話すだけで貰えるのだ、行商人の口は軽くなる。


「ではその冒険者から直接聞いた話をいたします」

「それはありがたい。噂話は脚色して伝わりますからね。何が本当の話か見分けるのが難しい」

「おっしゃる通りで。では早速――――どうやらディビジ大森林を横断中、街道で恐ろしい魔物に襲われ、逃げる為にやむなく道から外れ山林の中に。そこで数々の困難を乗り越え、命からがらディビジ山脈の麓の洞窟に辿り着く……ようやく休憩できると安心した所で、さらに魔物に襲われてしまう。その魔物との死闘で仲間を失う悲劇に見舞われたが倒す事に成功。悲しみに暮れる暇も無く洞窟の奥に避難をしたそうです。安全に休める場所を探し、辿り着いた先に魔物の素材の山があったそうです」

「ディビジ山脈の麓の洞窟――」

「ああそうそう。あれは洞窟などと生易しい物では無かった。迷宮ダンジョンだ。と言っていましたね」

「迷宮?」


「その冒険者が言うには洞窟であって洞窟では無かった、と。入口や壁は人工的に作られたように綺麗に整備されていたそうです」

「ディビジ大森林で人工的? 未開の部族が住んでいるとでも?」

「曰く『人が住めるような柔な環境では無い……無いが、魔物と戦う術があり岩山を加工する技術があるのならば可能性はゼロではない。しかし、次々と襲い来る魔物と戦いつつ作業が可能なのか? よしんばそれが可能だったとしても、やはり魔物対策は必須だったのだろう。洞窟は魔物から逃げる為に複雑に作られ、逃げ隠れしながらもそこで暮らしたのかもしれない。だが、今は魔物が住み着いていた。おそらくその部族は全滅したのではないだろうか? いや、まだ奥底に住んでいるのかもしれない。まだ掘り続けているのかもしれない。我々は迷宮の何割を踏破したのだろうか? ほぼ全てなのか? いや、1割にも満たなかったかもしれない。――まだまだお宝は眠っているに違いないさ』と」


「ふーむ。遺跡とは何が違うのですかな? あぁ。現時点で住んでいるとすれば遺跡ではないのか。では住居ではないでしょうか?」


「住居ですか。たしかに現時点で住処であるとするのであれば住居ですね。ただ私にはそんな所に住み着いている部族がいるとは思えず、それを遺跡と言うのではないか?と尋ねました。すると、

『遺跡? 確かに遺跡とも言える。言えるが、普通の遺跡と一緒にされては困る。あのディビジ大森林に存在し、そして中は深く複雑。凶悪な魔物が跳梁跋扈する。そんな遺跡が未だかつてあったか? 今までに見付かっているような1日あれば隅々まで観察が可能な単純な遺跡と一緒にするのは間違いだ。迷宮と言う名が相応しい』

とおっしゃっていました」



 カッツォ達はお宝を手に入れた出来事を大袈裟に話して回ったが、実際は洞窟内には数メートルしか中に入っていないので中がどうなっているか全く知らない。

 部屋がいくつかあるのが見えただけで、その部屋もまともに見ていない。

 バーモットの死から魔物がいると判断しただけで、魔物も見ていない。

 どうせ誰も確認出来ないのだ。と、どんどん大袈裟に話すようになっていった結果がこれだ。


「なるほど。迷宮……ちなみにその迷宮内の魔物の脅威度は?」

「迷宮内の魔物についてはあまり詳しく分からないのですが、未知の魔物であったと言っていたような? 道中はシャグモンキーやティタノボア、アンキロドラゴンとも遭遇したようです」

「ティタノボアやアンキロドラゴン? それが本当ならよく生きていられたものだ」

「お疑いで?」

「いや、素材が目の前に存在する以上ある程度本当なのだと思うのですが、確かに自分達で魔物を狩ったと言われるより真実味がある。……あるが、俄かには信じられないと思うのは人情という物でしょう? 特に私の様な立場の人間は疑うのが仕事みたいなものですからな。気を悪くされたなら申し訳ない」

「いえいえ、確かにアンキロドラゴンなど冷静になってみると怪しい気もしますが、あの冒険者たちの興奮した様子。直接聞くとどうも嘘とも思えなかったのです……あの空気感に当てられて私も興奮しておりました。全てを鵜呑みにしてしまい商人としてお恥ずかしい限りです」

「いえいえ、ディビジ大森林が特殊な環境ゆえに、緊張から一種の興奮状態になる事はままある事です。そこで中々手に入らない高級な素材をいくつも見たとなると仕方のない事かと……他に何かこの件についての情報はありますかな」

「私が知っている事はあらかた話したかと思います」

「分かりました。本日はお時間をいただきありがとうございました。商品の販売に関しましては私が責任もって高値で売らせて頂きます」

「代表自らそう仰ってくださるとは頼もしい限りです。よろしくお願いいたします。ところで迷宮の調査は行うのでしょうか?」

「まだ商人ギルドが率先して調査に動くかどうかは決めかねていますが、冒険者ギルドの方には情報は流す事になるかと思います」




 結局商人ギルトは資金を投下して迷宮の調査はする事は無かったが、冒険者ギルドに情報を開示する事になった。

 依頼料を出して捜索するよりも情報を与える事で冒険者が一獲千金を夢見て勝手に調査をしてくれる事を想定しての事である。

 情報を出さなくてもすでにある程度噂は広まっているので、情報を出し渋るのも良くない。

 さらに冒険者ギルドを経由する事になるが、新たに素材が手に入った場合も資産家への販売、またはオークションが開催される際は商業ギルドが担当する事になる。

 情報料を多少払ったが、気にするような額ではない。



 そしてその思惑通りに冒険者達はいくつかのグループを作り調査に乗り出した。



 シルラ領で冒険者をしているロディとカーナにもこの話題は耳に入って来ていた。


「母さん、俺達も迷宮で宝を見付けてセシル探しの資金にすべきだろうか?」

「……」


 カーナも悩んでいるようで目を瞑り考え込む。


 未だにセシルの有力な情報が入ってこない。

 資金も溜まっていない。

 さらにはトラウス辺境領からのセシル捜索の兵も引き上げられてしまった。

 貧乏なトラウス辺境領には1人の領民の為にこれ以上お金を割くことは出来なかった。


「……私たちは地道に稼いだ方が良いと思うの。そもそも、私たちはディビジ大森林を渡る知識も不足しているわ。食糧の買い込みをするお金もなく、借りる事も出来ない。何も出来ないのよ。無力なの」

「……そうだな。お金が無い事がこんなに辛いだなんて考えもしなかったよ。諦めるしかないか。それに、危険を犯して母さんが怪我でもしたらセシルに会わせる顔が無い。

 ――そうだ! 冒険者がディビジ大森林を捜索する事でセシルの新たな情報が入るかもしれない。最近は冒険者にも顔なじみも出来て来たんだ。もし見つけたら保護するようにお願いしよう。無事に連れてきてくれたら謝礼を払うと言えばきっとやってくれるさ。すぐには謝礼なんて払えないが、何年たっても払う覚悟があればきっと協力してくれるさ」

「そうね。皆にお願いしましょう。そういえば聖騎士団の皆様はどうするのかな?」



 当然この情報は教国などにも伝わっていた。

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