第166話 教国2


――マナエル教皇に情報が届いてから2日後、聖地アルバレトス近郊にいた高位聖職者達が集まった。


 お歴々が円卓に着いた所で招集をかけたツキエンが口を開く。


「お忙しいところお集まりいただきありがとうございます。緊急の要件がございましたので、急遽お集まりいただきました」


 呼び出しの書状にも内容を書いていたが、あまり公に出来る内容ではなかったため、詳細は伏せてあった。

 伏せていたとしてもそれぞれの情報網で内容を把握しているだろうが知識の均等化の為、改めて説明をする。


 ツキエンからディビジ大森林で壊滅した件について大方の説明がなされた所でマナエル教皇が口を開く。


「ここからは私が引き継ぎます」


 マナエル教皇の語尾を伸ばさない喋り方にどよめきが起こり、さらに教皇自らが話し合いの中心となる事でこの会議の重要性を感じ一同の目つきが真剣になる。


「あぁ、喋り方についてですが本来の目的を思い出したのですよ。あまねく民にアポレ神のお言葉を伝える為にゆっくり喋っておりましたが、この場で説教をするわけでもなく、我々は有難くも教養を持っております。この緊急時にゆっくり喋る必要はないのです」


 さらにどよめきが起こるがマナエルが手を挙げそれを制すると、すぐに静かになった。


「色々意見はあるでしょうが、今はそんな事を話し合っている場合ではないのです。この件についてはまた後日話すとして、本日は語尾を伸ばさずに簡潔に早く話していただきたい。今回はディビジ大森林で殉職した者の弔慰金について、また今後の予定について話し合いたいと思います。それとディビジ大森林とは別にもう一件話し合いたい事柄があります」


 好戦的だったムキムキの肉体を誇るメイクランド大司教も、今回のディビジ大森林での惨事には思うところがあるようで真剣な顔で聞き入っている。

 帝国と争うどころか、そこまでも辿り着けなかったのだから。


「まずは弔慰金については従来の規定に則った額としますが、反対意見はございますかな?」


 特に問題が無い事を確認し、続きに移る。


「では弔慰金は従来通りとし、次にセシル殿の捜索を続けるかどうかという点についてはどう思われますかな?」

「続けるべきではぁ? 確かにぃ今回の捜索隊の被害は痛ましいものでありますがぁ」

「申し訳ない。話を遮りますが、冒頭に述べた通り語尾を伸ばさすにサクサク喋っていただきたい」

「んん“っ、これは失礼。えー。被害は痛ましいものでありますが、かりにもこの教国が神の覚えめでたい存在であると評したセシル殿まで辿り着けないなど……あってはならぬと思いますぞ」

「しかり。セシル殿が万が一にも帝国に流れた場合、神に愛されているのは皇帝という不貞の輩が現れかねませんぞぉ~。あっ、現われかねませんぞ」

「なんと! そんな事は許されませんな!」

「そも、セシル殿を神の寵愛を受けているなどと喧伝しなければこの様な事には……」

「今更そのような事を言っても詮無き事。それよりも私はこれ以上の捜索は止めるべきかと存じます」


 捜索続行に反対意見を出したのは、セシル捜索にも最初から反対していたミニー大司教だ。

 穏やかな見た目に違わず、慈愛に溢れ民からは聖母と慕われている人物だ。


「今捜索を中止とした所で、信者達への説明はどうするのですかな?」

「ありのままを説明すればよろしいではないですか。失敗であったと」

「なっそれでは神の覚えめでたい我々が神に愛されていなかったと捉えられても仕方ないですぞ!?」

「それでよろしいではないですか?」

「よろしいなどあるわけないでしょう!!」

「なぜです?」

「なぜですと? 先ほどから言っておるでしょう。神に愛された我々が失敗をするなどあってはならぬと」

「ご自分でおっしゃっているではありませんか。神に愛されていたとしても我々は神では無いのです。我々は人間なのです。ミスもします。そうでしょう?」

「いや、それはそうですが……」

「今回は我々の指示によって信者の尊い命を失ってしまったという大きなミスを犯しました。これ以上失敗を重ね、さらに尊い命を失ってしまうのでしょうか? 我々は同じ轍を踏むのですか? 失敗を糧に成長し神の意志に近付くのが人間なのでは無いのでしょうか」

「ぬぅ……」


 ミニー大司教の話によって中止の方に風向きが流れていく。

 そこで新たな話題がマナエル教皇により投下された。


「セシル殿の捜索に関し結論付ける前に、もう一つの話し合いたい事柄と言ってた件も加味して話し合いをしてほしい。皆もすでに知っているかと思いますがディビジ大森林の迷宮についてです」


 迷宮についてはツキエンから説明がなされる。

「――――という事です」


「失礼ですが、セシル殿と迷宮は同じディビジ大森林についての話題であるにも関わらず、なぜ後から話されたので?」


 これにはマナエル教皇が答える。


「それはセシル殿の捜索と財宝への欲を別に考えて欲しいと思ったからですよ。財宝を欲しいが為にセシル殿の捜索を言い訳に使ってほしくないと考えましてね。それぞれ切り離して考え、それぞれのメリットデメリットを後で評価した方が、見栄、欲、外交、何に重きを置いて決断したか分かりやすいかと思います。……では迷宮と財宝についてはどう思うか意見をいただけないでしょうか?」


 一同は暫し逡巡する。

 教皇の言い方では迷宮に関してディビジ大森林に行くと発言するのは欲望だと言われているようなものだ。

 

 私はディビジ大森林行きは反対である。と。


 どう発言するかそれぞれが悩んでいると、そっと手を挙げ発言の許可を求めた人物がいた。

 これまで大人しくしていたメイクランド大司教だ。


 セシル捜索に積極的に推し進めた人物からの言葉に注目が集まる。


「……よろしいでしょうか?」

「メイクランド大司教どうぞ」

「今回の遠征が失敗した件について私は多少なりとも責任を感じておる次第でございますが、このままディビジ大森林を通れないままと言うのは非常にマズいのではないでしょうか?」

「ほぅ。財宝などとは関係なく通れるようにした方が良いと?」


 参加者達はメイクランド大司教の発言で流れが変わった事を察する。

 マナエル教皇が興味深げな顔をしたからだ。


「そもそも以前は帝国と王国の流通を監視するためにディビジ大森林を切り開き、定期的にそこを通っていたはずなのですが、いつから無くなったのですかな?」


 これにはツキエンが答える。


「20年以上前にはなくなっていたと聞いております。理由は2点。1点目はわが国では教義上魔物使いへの待遇が悪く住みにくい事。2点目はわざわざディビジ大森林を通るまでも無く王国のシルラ領に行けばそれなりの情報が得られると言う理由からです」

「で、あれば今後も必要ないのでは?」

「いやいやこれは非常に問題でございますぞ。もし帝国が攻めて来るとなれば一方的に攻められる側になると言う事です!」

「カモネール林ならばこちらからも攻める事が出来るのではありませんか?」


 カモネール林は教国の南東の辺境地に位置し、ディビジ大森林を通らずに帝国に繋がる唯一の道である。

 魔物の脅威度はディビジ大森林に比べると格段に落ち、馬のみでも通行は可能だ。


「万が一戦争になった場合、帝国は教国がディビジ大森林から攻める能力が無いと知ると、ディビジ大森林から攻められる心配がないのでカモネール1か所に戦力を集中させることが出来るのに対し、我々はどちらから攻められるか分からない為ディビジ大森林とカモネールの2か所に防衛戦力を回さなければならないのです。それは即ち、相手に戦略の主導権を与える形になる。教国は後手に回らざるを得ないのです」

「我々が王国と組めば帝国もディビジ大森林に戦力を回さざるを得ないのでは?」

「王国が拒否したらどうなるのです?」

「拒否? 王国は国王を含めた大半がアポレ教徒なのですよ? 当然従うでしょう」

「甘い。甘すぎますぞ」

「はて? 甘いとな?」


 『拒否される』『考えが甘い』と言う言葉に複数の者が心底、不思議そうな顔をする。

 王国を属国と考える者も少なくないのだ。

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