第167話 教国3
静観していたマナエル教皇も思わず口を出す。
「王国は属国ではありませんよ? 拒否する事は当然あり得ますし、むしろよっぽどの理由が無い限り拒否する可能性は高い」
「いや、私も属国とまでとは申しておりませんが……しかし、しかしですよ? 国王もアポレ教徒なのです。教会の決定は最優先されるべきでしょう?」
「それが属国でなくて何なのでしょう?」
「いや、それは……」
「属国であろうとなかろうと言う事を聞かせれば良いのです。国王だけでなく国民もアポレ教徒なのですから」
「その発言は王国を敵に回しますよ? 皆様落ち着いてくださいませ」
ミニー大司教の言葉で、白熱しそうだった空気が一時的に落ち着く。
「とりあえず万が一にも帝国が攻めて来た場合、王国が援助してくるのが当然と希望的観測で考えるのは辞めましょう。常に最悪を想定するのが防衛です」
「では、無謀なディビジ大森林アタックを続けると? 起きるかどうかも分からない帝国からの攻めを想定して、今現在平穏無事に生活出来るはずの教徒たちの命を散らすのですか?」
「しかり。そもそも迷宮・財宝の話を、防衛とすり替えてはいませんか? 目的を分けて考えるべきだとの話だったはず」
「目的は確かに違います。しかし今回の痛ましい事件で、現状の教国ではディビジ大森林を通行する事も出来ないと言う事に気が付けたのです。これを放置し、また年月が経てば、この事は風化し忘れられてしまうでしょう。この機会に防衛を整えるチャンスだと申しておるのです」
「慌てる事はないし放置もしなければよいでしょう? 安全を優先し少しずつ時間をかけて整えれば良いのです」
「現段階でわが国だけが魔物による移動手段が乏しいのは非常に問題だと言うのです。ディビジ大森林を通って攻めてこなかったとしても、ポストスクスを使って攻められたらどうです? 我々に止める力がありますか?」
「従魔に出来る様な魔物などどうにでもなるでしょう?」
「ポストスクスを見た事ないからその様な事が言えるのです」
「なっ無礼ですぞっ! あっあるに決まってるではないですか!」
(ないな)
(これは見た事ないな)
「あらあら嘘はよくありませんねぇ」
皆が心の中で思った事をミニー大司教は頬に手を当て困った子供に話しかける様に言う。
「なっ……」
そもそも教国内に住んでいてポストスクスを見た事ある者など数えるほどしかいないのだ。
当然、ここに集まった面子もほとんどが見た事が無い。
知ったかぶりをしているのはナバル司教だけである。
「ナバル司教は見た事があるのかもしれませんが、私を含め見た事がない者が多いでしょう。メイクランド大司教、ポストスクスとはそんなに危険な魔物なのでしょうか?」
「ポストスクス自体に危険はほぼ無いと言って良いでしょう。人懐こく、襲われない限り人間に手を出す事は無いと思います」
「ふむ? これは異な事をおっしゃる。先ほどポストスクスで攻めて来るとおっしゃったではないですか。大人しいならば問題ないのでは?」
「襲われない限りと言ったのです。例えばポストスクスに乗った帝国人が騎獣したまま弓で攻めて来たとしたらどうします?」
「それはもちろん撃ち落とすでしょう……あっ」
「そうです。我々側は100発100中で帝国人に当てぬ限り、ポストスクスに攻撃するのと同じ事です。攻撃されたと判断したら我々を襲ってきますよ?」
「それであれば帝国人が先に攻撃されるのでは? 魔物風情に人間の見分けなど付かぬでしょう」
「ポストスクスは敵味方の区別くらいはある程度出来る知能がありますよ」
「なんとっ!? 魔物にそれなりの知能があると申すのかっ!?」
「教義にも魔物に知能が無いなどとは書いておりませんぞ」
「しかしっ」
「お二方、本題からズレておりますよ。魔物の知能についてはまたの機会にしたらよろしいではありませんか」
「これは失礼。しかし、魔物如きは我々が誇る優秀な聖騎士団がいれば追い返してくれましょうぞ」
「しかりしかり! 魔物がいくらいようが跳ね返してくれるでしょう」
「おおっ! 聖騎士団はそれほどに精強か! それは頼もしい」
ゴブリン程度の魔物しか見た事無い様な人物が知ったかぶりで大きく語り、これまた魔物の知識の無い者がその言葉に大きく安心する。
後者は知識が無い事を自覚している分まだマシだが、知ったかぶりをしている人物は度し難い。
「……とにかく、我々は魔物をもっと知るべきです。ポストスクスが暴れたら恐らく一個師団が壊滅します」
「何を馬鹿な事を。先ほども言いましたが従魔になるような魔物にそんな脅威などあるわけないでしょう」
「これだからぬくぬく温室で育った方は……」
「何ですと!? 侮辱と受け取ってよろしいのですかな?」
「お二人とも落ち着いてください。百聞に一見に如かずと言うではありませんか。現場で見た事がある者の意見は貴重ですよ」
「しかしですな、ポストスクスなる乗り物如き1体で精鋭たる聖騎士一個師団が壊滅するなど。そんな事が可能なら従魔使いが多い帝国が大陸の覇者になるではないですか」
ナバル司教がフッと鼻で笑い幾人かがそれに同調する。
「まさにまさに。あの強欲な皇帝が未だに攻めてきてないのが証拠ですな。そのような力があればすでに攻めて来ておるはず」
そうだそうだと声が上がる。
「確かに現段階で攻めて来てはいないですが、それは森林を挟む統治が難しいと考えているのかもしれませんし、理由は色々とあるでしょう」
「おやおや? と言う事は統治が難しいのであれば攻めて来る事もないのでしょう? 悪い想像ばかりしては何も先に進みませんよ。事実侵攻してきていないのです。と言う事はそのような力が無いと判断するのが妥当では?」
「……では想定ではなく実際に起きた話をしますが、我々の部隊はディビジ大森林で壊滅したのですぞ?」
「結局のところ争点は、現段階で王国も帝国もディビジ大森林を通る力があるのに対し、教国だけがその能力が無いままを良しとするかしないかと言う話ですな」
「ぬぅ……」
教国『だけ』がと言われた事にどこからかうめき声の様な声が漏れ聞こえて来る。
「……その言い方はあからさまな誘導では無いですか?」
「それこそ事実を述べただけでございます。ハッキリと申し上げまして、ディビジ大森林に関して教国は2歩も3歩も遅れている」
「それは必要としていないからで」
「また話が戻っておりますよ。堂々巡りのようですし決を採ってしまいましょう。セシル殿、迷宮の確認、通行能力。全ての理由に置いてディビジ大森林進行を今すぐ中止した方が良いと思われる方は挙手を」
マナエル教皇の指示でツキエンが話をまとめ始める。
パラパラと手が上がるが少数だ。
皆が注目している中で手を挙げるという行為は心理的抵抗があり日和見層は手を挙げない方を選ぶ事が多い。
それを利用したマナエル教皇による誘導であろう。
マナエルも当初は中止の方向で考えていたが他者の意見を聞き悩んだ結果、他国に後れを取る事は教国として認めがたい事であると判断した。
特に、皇帝こそ神だと公言している帝国に劣る物があってはならない。
迷宮についても他国は情報があるのに自国は情報を持っていないと言う状態は避けたい。今後情報不足による外交の不利にも繋がる可能性があるからだ。
今回犠牲になった聖騎士達の家族、これから被害に合うかもしれない者達には申し訳ないがこのままにしておくわけにはいかないと判断したのだ。
悩みに悩んだが、だからこそ決断したからには自分の意見を通す。
それがマナエル教皇の強さだった。
「メイクランド大司教、この件の責任者に任命したい」
場がザワッとする。
メイクランド大司教は先の事件では直接ディビジ大森林で指揮していたわけではないが、意見を通し失敗した人物と捉えられている。
「……私でよろしいのでしょうか?」
「一番危機感を感じているのはメイクランド大司教でしょうからな。きっと慎重に事を進めてくれるでしょう?」
「……はい。殉職者を出さぬよう細心の注意を払います」
「決して急がぬこと。最大の目的は迷宮ではなく通行する力と知識を付ける事。ただし、当然安全を優先するあまり時間と費用をかけ過ぎるのも良くない。分かりますね?」
「……はい。肝に銘じます」
こうして教国でディビジ大森林攻略の作戦が続行されることになったが、現状ではポストスクスの数も足りず困難な作業が予想されるため、王国にいる神殿騎士とも連携を取り行う事となった。
この結論がロディとカーナにも影響を与える事となる。
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