第85話 決断
ロディ達は、今までと同じように情報収集をしながらトラウス領に戻るが、ほとんど情報が得られないままだった。
不安を抱えたままトラウス街に着くと、外壁の兵士にセシルが通ったか尋ねる。
「いえ、お見掛けしていません」
「セシルが戻ってない?」
「どこにいるの……」
もう心も体も限界なのか、カーナがその場にへたり込んでしまう。
「我々もセシル殿を見かけ次第、領主館へ案内するように命令を受けておりますが、まだ命令が解除されておりません。こちらの門では入った記録がありませんが、もしかしたら他の門から入っている可能性もあります。どちらにせよ領主館に行かれれば間違いないかと存じます」
「分かった。情報感謝する」
「母さん、案外、別の門から通って領主館でゆっくりしているかもしれないぞ? ほらっ立ち上がって! あと少しだ。頑張ろう」
「そうね。頑張るわ」
重い足を動かし、どうにか領主館まで移動し、門番にセシルの事を訊ねるが、返って来た答えは無常だった。
「来ておらぬか……」
重い沈黙が流れると、ロディの後ろでドサッと音が聞こえた。
カーナが心身共に限界を迎え、倒れてしまったのだ。
「母さん!!」
「医務室に連れて行こう。中に入っても構わんな?」
「はい。領主様からセシル殿のご両親も通してよいと伺っております」
ロディがカーナを持とうとするが、ロディも疲れ切っていたので「儂が運ぶが良いな?」と確認し、ダラスが替わりに持ち上げる。
「こうしているとセシルが初めてこの街に来た時を思い出すな」
「セシルが来た時ですか?」
「ああ。あの時もセシルが気絶してしまって医務室に運ばれて行ったのだ」
「そんな事が……」
「ああ。また今度聞かせてやる」
そのまま医務室に運ばれたカーナは一晩目覚めず、次の日の夕方に目が覚めた。
「母さん! 起きたか!」
「あなた、ここは?」
「領主様の館だ」
「領主館!? 私はどうなったの? セシルは?」
「ああ、母さんは門の前で倒れてしまってな。一晩眠って今は夕方だ。……セシルはまだ見付かっていない」
「……そう」
「目覚めて元気があるなら、領主様とお会いすることになっているが、どうする? 明日にするか?」
「いえ、何日もご迷惑するわけにはいかないわ。領主様がよろしければ今日中に会いましょう」
後ろで聞いていたサルエルが頷き、リンドルの元に予定の確認に向かった。
「一刻後にお会いなさるそうです。面会の前に湯あみとお着替えの後、こちらにお食事をお持ちします」
「ありがとうございます」
カーナは上等な医務室のベッドの上にボロボロの服で寝ている事に気付いて慌ててベッドから飛び降りる。
「ベッドを汚してしまいました! 申し訳ございませんっ」
「お気になさらないでください。では湯あみの準備を整えます」
準備を整え領主との会談となった。
「私がリンドル=カンタール=トラウスだ。こちらが妻の……」
「シャル=カンタール=トラウスですわ。よろしくお願いいたしますわ」
「わっ私はセシルの父のロディで、こちらが妻の……」
「えっえっと、カーナと申します。この度は倒れてしまい、ご迷惑をお掛けして申し訳ございません」
ロディとカーナはガチガチに緊張している。
王都でもマリー達と話したが、そう簡単に慣れるものではない。
「いや、気にする事はない。元はと言えばこちらの責任でもある。ご子息の件、大変申し訳ない」
リンドルとシャルが平民であるロディとカーナに謝罪をする。
「そん……」
そんな事ございません。などは絶対に言いたくない。
リビエールのせいでセシルが居なくなった可能性があるのだ。
社交辞令であってもそれを許したと思われたくない。
「リビエールの事は聞いている。私の指示ミスだ。本当に申し訳ない」
「我が息子が申し訳ございません」
再度リンドルとシャルが謝罪の言葉を口にする。
だが、領主としては平民に頭を下げる訳にはいかない。口頭だけの謝罪だ。
頭を下げたマリーとは背負っているものが違う。
「……謝罪をされても息子が戻って来なければ意味が無いです」
「ちょっ母さん!」
辺境伯は中・上級貴族に当たる。
本来であれば貴族が平民に謝罪の言葉を伝える事すら異常事態なのだが、カーナはセシルの事で頭が一杯でつい余計な一言を言ってしまう。
挨拶の時にガチガチに緊張していたとは思えない言動だ。
完全に頭に血が昇っている。
打ち首になっても文句が言えない程の妻の言動にロディは焦る。
「いや、その通りだ。大事なご子息が戻って来なければ、私の謝罪に意味など無い。セシルの捜索に……そうだな。3か月が限度だが騎士を使おう」
「3か月……リビエール様の罪は軽いのですね」
「おいっ母さん辞めないか!!」
「……」
カーナは黙って譲らない姿勢だ。
「ぬぅ。しかし、騎士を動かすのもお金がかかるのだ」
「あなた。私の装飾品でもなんでも売ればお金は作れますわ」
「っ!? シャル様!! その様な……母さんもお止めしろ!」
「……」
「シャル、すまないな。私も売れるものは売ろう」
リンドルもシャルもそもそも税金を無駄使いしないように、華美なものは身に付けていない。
社交界で必要な最低限の物しか持っておらず、宝石類も毎度使いまわしして失笑を買っているほどである。
それさえも手放すと言っているのだ。
「息子を持つ1人の母として、大変申し訳なく思っております。宝石を売ったくらいでは罪滅ぼしになりませんが……」
「……どれくらい捜索していただけるのでしょうか?」
「おおよそだが半年くらいまで伸ばせると思う。近隣の領主からも情報を集めるようにするので、きっと見付かるであろう」
「……よろしくお願いいたします」
ここでようやくカーナがお礼を言い頭を下げた。
「それでそなた達はこれからどうする? トルカ村で待つか?」
ロディとカーナがお互い見合わせて頷く。
二人の心はもう決まっていた。
のほほんとセシルが見付かるのを待つなど、あり得ない。
「いえ、セシルが見付かるまで戻りません。冒険者登録をして捜索を続けます」
「今まで農民だった者が冒険者としてやっていけるのか?」
「2人は騎士になれるほど強いですよ。儂が保証します。最初は冒険者の基礎から儂が教えるので問題無いでしょう」
「分かった。ダラスがそう言うなら心配いらないな。もしトルカ村にセシルが戻ったら、すぐ連絡が来るように手配しておく。もしそなた達が違う町に移動する事があれば、その都度冒険者ギルドを通してでも良いから、連絡するように。では今日はここに泊ると良い」
「無礼な言動をしたにも関わらず、ご配慮ありがとうございます」
「いや、これくらいしか出来ず申し訳ない」
こうして、ロディとカーナはトラウスの街で冒険者となり、日銭を稼ぎならセシルの捜索を開始する事になる。
2人の苦難は始まったばかりだ。
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