第84話 トラール男爵領
ロディ達が再び王都を出立した頃、セシルはようやくトラール男爵のいるモルザックの街に入る事が出来た。
身分証は鉄級の冒険者カードがあるので問題が無い。
ライムとマーモも従魔登録証を掛けているので、咎められることも無く入る事が出来た。
セシルは久しぶりに街中に来て、道行く人々と見比べ自分の服がボロボロな事に気付く。
道中での魔物との戦闘や、追っ手からの逃亡、悪天候などでボロボロになっていたのだ。男爵に会おうとしている時にこれではマズいと、井戸水で身体を洗い流してから、平民にしては少し良い服屋さんに入り、洋服を買う。
それでも貴族としては通用しないような服だが、とりあえず汚いと言われない程度の恰好にはなれた。
村にも寄らず、食糧も現地調達していた為、まだイルネが残していた資金には多少の余裕がある。
久しぶりにお店でご飯を食べ、気合を入れ直して領主館に向かった。
「あの、トラール男爵様にお会いしたいのですが」
門番に話しかける。
「ん? その従魔は……セシル様ですか?」
「はいそうです」
「面会の約束はされていますか?」
「いえ、してないです。出直して来た方が良いでしょうか?」
「どのような要件でしょうか?」
「僕と両親を男爵領で受け入れて欲しいと思って」
「少々お待ちください」
2年前、セシルがここを訪れた際に男爵がセシルを好待遇で迎え、絶対粗相をするなと厳命されていた為、当時から男爵に仕えていた者達はセシルを無下には扱わない。
門番が急ぎ執事長のアラールに連絡し、男爵に伝えて貰う。
男爵の返事は冷たいものだった。
「セシルが使い物にならなかった話は聞いておる。もう必要ない。あぁそうそう。龍の腕輪を付けていたら、取り返してから追い出すように……いや、乱暴に扱ってあやつの得体の知れない老化の呪いがかかってもたまらんな。……腕輪を受け取った後、金貨を2枚ほど渡して丁重に帰ってもらえ。いいか決っして怒らせるなよ。領が貧しくなり受け入れられなくなったので、申し訳ございませんとでも言えば良かろう。その辺りは良きに計らえ。粘って来たら、申し訳ございませんを繰り返せ」
「ハッ」
「老化の呪いをまき散らすような、得体の知れない奴を近くに置きたくなぞないわ。龍の腕輪が勝手に戻って来て良かったわ。日頃の行いが良いからだろうな! はっはっはっ」
☆
「お待たせしました。失礼ですが、そちらの腕輪を返却いただけないでしょうか?」
「あっはい」
セシルは疑う事無く、すぐ外して渡す。
「申し訳ございませんが、領の財政が非常に悪くなってしまいまして、セシル様とそのご両親をこの領で受け入れる事が難しくなってしまいました。しかし、このまま約束を破るのは大変申し訳が立たないと、金貨2枚を領主様よりセシル様への餞別として受け取っております。こちらをどうぞ」
「え? 2年前来た時は歓迎してくれるって」
「事情が変わったのです。我が領は天候不良により、大変貧しくなってしまい、受け入れる事が難しくなりました。この金貨2枚もどうにか絞り出したものでございます。その領主の誠意を受取っていただきたく」
「でも「申し訳ございません」」
「トラール男爵「申し訳ございません」」
「一度「申し訳ございません」」
無理やり金貨を手渡され、セシルに言葉を言わせないように『申し訳ございません』だけを言うようになった門番に、気圧されるようにセシルはその場を去ってしまう。
「……はぁ。ライム、マーモ、これからどうすればいいのかな?」
「ナー」
どうして良いか分からなくなったセシルは、とりあえずライムとマーモを泊められる2階建てのボロ宿に入る。
案内されたのは2階の部屋だった。
天井は木の梁が剥き出しだ。
ずっと野宿を続けて疲れていた身体を労わるように、薄い布切れが敷かれただけの床に寝転がる。ライムとマーモも疲れていた様で、部屋の端に行くと、くっついてすぐ寝てしまった。
セシルは天井をボーッと眺めながらふと思う。
(もう、僕が死ぬしかないかな……)
疲れで重くなった身体を起こし、雷鎖を取り出す。
雷鎖を軽く回し、梁に投げかけ、持ち手部分を柱に結ぶと、グッグッと引っ張って強度を確かめる。
強度に問題ない事を確かめてから、梁にぶら下がっている反対側の鎖に目をやる。
(どうやって首を吊るんだろう?)
立ったまま首に鎖を回しても、足が床に着いてしまう。
色々試行錯誤していると、端に置いてあった椅子に目が行く。
(鎖を首に巻いてから椅子を蹴倒せばいいのか)
ライムとマーモを起こさないように、静かに椅子を鎖の下に持ってくる。
椅子の上に立ち、ぶら下がっている鎖を手に持つ。
いざ首に鎖を回そうと思うと、鎖を持った手がガタガタと震えだしてしまう。
自然と足まで震え始め、椅子に立ってるのも覚束なくなってくる。
(……こわい……死ぬってこんなに怖いんだ……ライオット様も怖かったのかな?)
強い恐怖の感情が出てきたセシルに、部屋の端で寝ていたライムとマーモがようやく気付き、慌てて起き上がりセシルの足元に近寄る。
椅子に前足を掛けてセシルを止めようと鳴き、ライムは椅子をゆすろうとするが体重が足りず中々動かせない。
「ナー! ナー!! ナー!! ナー!!」
セシルは思考の海に沈んでしまっているのか、マーモ達に気が付かず、遂に鎖を首にかけようと動き出してしまう。
マーモは慌てて助走を付けると、椅子に体当たりをして、椅子ごとセシルを床に倒す。
ドシンと音がすると、宿屋の亭主から「うるせぇぞ!!」と声が飛んでくる。
セシルは突然の事で何が起きたか理解出来なかった。
横に倒れたままマーモに顔をペロペロと舐められ、ライムに触手で息を止められて、ようやく我に返る。
「ごおっほっ、ゲエッホッ!! ゲホッ!! くっ苦しい。……ごめん。ごめんね。ライムとマーモを置いて死ねないよね。止めてくれてありがとう。……一応、一応確認だけど、ライムは僕の息の根を止めようとした訳じゃないよね?」
ライムが違う違うと言うように顔を振る。
「それならいいんだけど……はぁ~自殺もまともに出来ないなんて、僕はほんとに何も出来ないね。ハハッ」
(もう……お父さんとお母さんと一緒に住める場所がどこにも無い。――僕がいたら2人に迷惑がかかっちゃう。リビエール様が僕のせいでお父さんとお母さんが肩身の狭い思いをしているって言ってたもんね。自殺も出来ないなら誰もいない所に行かきゃ……)
しばらくライムとマーモを撫でた後、おもむろに、大雑把に記載された地図を取り出す。
☆
ロディ達はトラウス領に向かいながら、出来るだけ近隣の村に寄り情報収集をする。
情報収集の中で、セシルがモルザックの街に向かった可能性が出て来た。
王都からトラウスの街に向かう際、途中でモルザックの街とトラウス領に向かう分岐がある。
トラウス領に向かう分岐の先にあるロドル村から、セシルの目撃情報が一切無くなったのだ。ロドル村の前の分岐は1つしか無かった。トラウス領に向かう道でないとなると、男爵の住まうモルザックに繋がる道しか残っていない。
ロディ達は分岐まで道を折り返し、モルザックの街に繋がるリドル村方面に向けて進む事となる。
「クソッ! 見落としておったわ!! 2年前、男爵がセシルを厚遇すると言っておったのだ。恐らく、それに縋りに行ったのであろう。もし男爵がセシルの能力に気付いておればややこしい事になるな」
「ややこしい事とは?」
「トラール男爵にセシルが取られる可能性がある。そうなるとそなたらも男爵領に住むことになるであろうな」
「えっ!? 男爵領はあまり良い生活が出来ないと伺っていますが……」
「いや、一部の特権階級はかなり暮らしが良い。セシルが好待遇で引き立てられるなら、そなたらも恐らく良い生活が出来るであろう。……トラウス領としてはセシルを取られる事が痛いが、とりあえずは無事であるならそれで良い」
セシルの目的地が明確になってきて、歩を早めてしまいそうになるが、すれ違わないように道中でも情報収集を怠らない。
モルザックの街に行くに連れ、目撃情報が増えたため、ここで間違いないとロディとカーナは顔を綻ばせる。
ようやくモルザックの街に着き、街の中に入り聞き込みを始めると、ここでまた情報が錯綜してしまう。
街を出たという情報と領主館に向かったという情報だ。
とりあえず、領主との面会の予約と情報を得る為、領主館に向かい門番に話しかけた。
「すまない。トラウス領のダラスと言うものだが、ちょっと尋ねたい」
「あの有名なダラス様ですか!? 握手をお願いしても?」
「あぁ、もちろんだ」
ダラスの武勇はここにも広まっている。
「ありがとうございます。ところで、尋ねたい事とは?」
「それが、大賢者の卵と言われたセシルの行方を捜しておるのだ。見た覚えは無いか?」
「それでしたら、私が対応しました」
「そうかっ!! では、セシルは何処におる? 領主館か? それともどこかの宿か?」
「いえ、分からないです」
「分からないだと? どういう事だ? この街にいるのではないのか?」
「いえ、領主様はセシル様を受け入れない事にしましたので、金貨2枚を渡してお帰りいただきました」
「それは真か?」
「はい。本当です。その後はちょっと分からないです。領主様はお会いもしませんでしたので、セシル様はもう街を出られたのではないでしょうか?」
「……そうか。情報感謝する」
ロディとカーナは遂に会えると思っていただけに落胆が大きく、疲れもあり思わず座り込みそうになってしまう。
「セシルは何処に行ったのでしょうか」
「トラウス領に戻ってくれたら良いのだが……門番に聞き込みをしよう」
1日かけて聞き込みをすると、トラウス方面の南門で出て言った事が分かった。
「トラウス方面に出たならとりあえず安心だな。宿に一泊したらトラウス領に向かおう」
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