第83話 追っ手
セシルが王都を出てから一週間程経った頃。
ロディ、カーナ、ダラスは最短距離で王都を目指していた。
すでにサルーン子爵領に入っている。
「後1週間程で王都に着くだろう。しかし、何故セシル達と出会わぬのだ? 護送の騎士達が我々より2週間は先にトラウス領を出ておったから、王都に数日停泊していたとしても、もう出会えても良いはずなのだが」
実はセシルが姿を消した件に付いて、騎士が単騎で報告に走っていたのだが、3人が道から少し外れた河原で休憩していた時にすれ違ってしまっていた。
「今日はこの村に泊ろう」
「はい」
この村の先に、王都から見て、トラール男爵のモルザックの街に行く道とトラウス辺境領に真っすぐ向かう分岐があった。
セシルはこの分岐をモルザックの街の方面に向けて進んでいる。
もし、後1日早くロディ達がその分岐まで辿り着いていれば、セシルと出会う事が出来たかもしれない。
ロディ達は結局、セシルと出会えないまま王都に辿り着いてしまい、これはおかしいと、慌ててトラウス辺境伯の屋敷に向かう。
「どういう事だ? セシルが見付からないだと!?」
「どういう事ですか!?」
ロディとカーナは、手紙を読んだ時の悪い予感が的中してしまったと、全身に冷汗が出る。
騎士の1人が、セシルが居なくなってからの流れと、現在の捜索状況を話す。
「目撃情報をまとめると、トラウス領に戻る方向に向かっている情報が比較的多いので、その可能性が高いのですが、実際そちらの街道を通って来た行商人の話などを聞くと目撃情報が少ないのです。もしかしたらセシル殿は街道から外れて進んでいる可能性があります。その為、我々はこれから捜索しながら、トラウス領に向かって行く予定です」
「私達も同行させてください!!」
「落ち着きなさい、そもそも何故セシルは居なくなったのだ?」
「……それは」
「なんだ? 言いなさい」
「失礼します。本日もいらっしゃいました」
「ん? 誰だ?」
「セシル様のご学友の方々です。セシル様の情報を求めて来てくださったようです」
マリー達はセシルが居なくなってから毎日情報を求めて訪れていた。
「ごきげんよう。あら、初めましての方々もいらっしゃいますね?」
「こちらはセシル様のご両親と、剣の師匠である騎士のダラス様でございます」
突如現れた貴族然としたマリー達に、ロディ達は緊張しながら挨拶をし、マリー達も挨拶を返す。
「この度は、私のせいで大変申し訳ございません」
挨拶を終えるとマリーが突如頭を下げる。貴族が平民に頭を下げるなんて事は通常、まずあり得ない事なので、ロディとカーナは大慌てだ。
あわあわしてしまっている2人の代わりにダラスが訊ねる。
「失礼ですが、何があったのでしょうか?」
「……それをお話する前に、どこまでご存知でしょうか?」
「我々も先程到着したばかりで、騎士イルネが亡くなった事と、セシルが失踪した事くらいしか分かっておりません。手紙には楽しくやっているとの内容しか無かったようで、なぜ失踪したかも全く」
「そう……ですか。では学院での様子から――」
マリーはセシルが虐められ、時には身体に痣を作る事もあったこと、ペットを殺された事、セシルの担当の宮廷魔術師が、セシルの魔法を成長させる事が出来ずにクビになり自殺した事。そして、セシルを狙ったであろう植木鉢から、イルネが身体を張って守り、亡くなった事。虐めていた4人が謎の老化で学院を辞めた事。
そして失踪の前日にマリーが、もっと頑張れと言ってしまった事。
最期にリビエールが叱責した事を全て包み隠さず話した。
カーナは立っていられなくなり嗚咽をもらしている。
「そんな……手紙には、そんな事、全然書かれてなかったのに……セシル……」
「私が余計な事を言ったせいで……申し訳ございません」
「私も、イジメから守ってあげられなくて申し訳ございません」
マリーとアルが改めて頭を下げる。それに慌てる様にロディがそれに答える。
「いいえ……頭を上げてください。マリー様とアル様はセシルと仲良くしてくださっていたのでしょう? お二人と一緒に錬金術の勉強するのが楽しい。と手紙に書いてありました。それは嘘じゃないと思います。こうして、探し続けてくれているのもその証拠です。セシルと仲良くしてくださってありがとうございました」
ロディが頭を下げると、カーナも慌てて立ち上がり一緒に頭を深々と下げる。
お互い頭を下げて話が進まないので、マルトが話を進める。
「これも何かの縁です。協力してセシル様を探しましょう。――とりあえず情報をまとめると、情報の片寄りから、セシル様がトラウス領方面に向かった可能性が高い事。しかし、そちらの方面からダラス様達が来たにも関わらず、会わなかった事。そしてその道を通る行商人も、セシル様を見た者と見てない者がいる事から、隠れながら進んでいる可能性があります」
「何故隠れながら進んでいるのかしら?」
「ライムとマーモが原因で、揉め事が起きないようにする為だと思いますわ。王都内を連れて歩く時も、なるべく人目に付かない所を通る様にしていたようですし」
「なるほど。やはり、セシルを注意深く探しながらトラウス方面に向かうしか無いか。しかし、トラウス領に戻るつもりなら、何故失踪したのであろうな?」
「リビエール様の『領民の税を無駄にした。謝罪して回れ』と言う言葉で、罪悪感から人前に出たくないのかもしれませぬ」
ロディとカーナが、リビエールが言ったであろう言葉に怒りで手を震わせる。
実際に手を出すわけにはいかないが、殴ってやりたいくらいには思っている。
「それと、妙な事も起きております」
「妙?」
「私どもが情報収集で商人などに話を聞くと、我々より先に誰かから同じことを聞かれたと言うのです」
「我々とは別にセシルを探している人がいると言う事か? 特徴は?」
「それが、奴隷の様なのです。しかも複数いるようで」
「奴隷? 奴隷を雇える人物という事か?」
「……貴族の可能性が高いのでしょうか?」
「いや、資金力の多い商会、裏稼業など様々な可能性がある」
「裏稼業? セシルは危ないのですかっ!?」
「いや、まだ何とも言えぬ。しかし、何故だ? セシルは王都では能力が評価されていないと聞いていたが?」
「それが、セシルをイジメていた4人が、60歳前後と言うほど老化が進んでいて、それがセシルの力じゃないかと言われているのです」
「先ほどもおっしゃっていましたが、イジメていた4人が老化しているというのがよく分からないのですが、同級生ではないのですか?」
「はい。同級生です」
「儂は引退していた為、情報に疎くて申し訳ございませんが、セシルの同級生が60歳前後というのがイメージ出来ないのです」
「そのままの意味です。10歳の子供の見た目が、60歳前後の見た目まで老化してしまったのです。それもセシルをイジメていた4人だけが」
「それをセシルがやっていたと?」
「証拠はありません。……が、セシルが原因であると思われています。父から聞いたのですが、今まではセシルに手を出すと国賊扱いされる可能性があった事と、怒りを買うと自分が老化してしまう可能性がある事から、誰も手を出していなかったようです。しかし、学院の生徒で無くなった今、手が出しやすくなったのかもしれません」
「なるほど。それで老化を恐れて奴隷を使ってのセシル捜索なのか」
「けっ、結局、セシルは大丈夫なのですか?」
「あまり状況は良いとは言えんな。とりあえず、情報収集しながらトラウス領に戻ろう。最悪我々で見付けられなくても、トラウス領に向かっていれば出会えるはずだ」
「私達は王都で引き続き情報収集致しますわ。ごめんなさい。本当はもっと人員を使って捜索したいのですが、4人の老化の件から、あまりセシルに協力することを父が認めてくださいませんの。お許しくださいませ」
「いえ、出来る事をやっていただけるだけで嬉しいです。ありがとうございます」
「騎士達が出発する予定はいつになっている?」
「明日にも出発しようかと」
「よし分かった。では明日、我々も一緒に出発するぞ。ロディとカーナも良いな?」
「はいっ!」
☆
セシルの元には度々追手が迫っていた。
元々、人目を避けて移動しているため、意図せずかなりの数から逃れているが、それでも歩きやすい道を通ると完全に避けることは出来ない。
「セシル様ですね?」
セシルはまたか。と思う。
「違います」ぺしっ
「……セシル様ですね?」
「違います」ぺしっ
「嘘を付かないでください! スライムとマーモットを連れているのは、セシル様しかありえません!!」
「分かっているなら聞かないでくださいよ」
「一応聞くのが礼儀でしょうが」ぺしっ
「……そう言われればそうですね。何の用でしょうか? 急いでいるのです」
「単刀直入に言います。我々に付いてきてください」
「嫌です。ではさようなら」ぺしっ
「せめて話を聞こうと思わないのですか?」
「名も名乗らぬ無礼者の話を何故、聞かなければならないのですか?」
「セシル様も名乗ってないじゃないですか。とりあえず、話を聞いてください。と言うか、一度、立ち止まって貰えませんか?」
「急いでいるのです」ぺしっ
「急いでいると言いながら、良い感じの棒で葉っぱとかをペシペシしながら歩いているじゃないですか。まあいいです。歩きながら話しますね。我々はあるお方に仕えています。セシル様もその方に仕えませんか? 暮らしは保証します」ぺしっ
「あなたも、後ろにいる3人も全員首輪をしているって事は奴隷ですよね? 奴隷でも仕えてるって言うんだ? 僕も奴隷になるのですか?」ぺしっ
「いえ、我々と違ってセシル様は好待遇で雇ってもらえます」
「好待遇で雇いたい相手なのに何故、奴隷のあなた達が説得しに来ているのですか? それと、とあるお方という人は誰ですか? そのお方はなぜ来ないのですか?」ぺしっ
「せめて、そのペシペシだけでも辞めて貰えませんか? ご主人様はとてもお忙しいので、我々が代わりに来ました」
「あなた達はどうやってここまで来たのですか? まさかこんな所まで歩いてじゃないですよね? 馬車? 奴隷だけで? 今ならご主人様から逃げる事が出来るのでは?」
「奴隷の首輪は魔力に反応して外せない仕組みになっているので、逃げても何処にも行く場所がありません」
「森の中で狩りでもしたら生活出来るのに……誰かから監視されてるのですか?」
「……」
「ふーん。その監視している人たちは奴隷じゃないのですね。なぜその人達が僕を説得に来ないのでしょうか?」
「……お願いします。セシル様に来ていただかないと、どんな罰を受けるか」
「ふーん。罰を与えるような雇い主なのですね。じゃ行くの嫌だ」
「そこをどうにかお願いします。人助けだと思って」
奴隷の男が頭を下げてお願いしてくる。
「もう一度聞きます。なぜ、監視している人が来ないのですか?」
「それは……」
「じゃあ、なぜあなた達は力づくで僕を連れて行かないのですか?」
「そっそれはセシル様に敬意を払って……」
「ん~じゃあ聞き方を変えようかな。後ろの奴隷3人はなんで僕からそんなに距離を取っているんですか? 僕が逃げるのを防ぐため? いや、それなら囲むようにするはずだから違うか……もしかして、僕が怖いの? それで奴隷の中でも一番の下っ端のあなたが僕に話しかけているのかな?」
「……」
「正解だったみたいだね。老化する力が怖いのかな? それ、僕の力じゃないから、僕を連れて行っても何も出来ないよって伝えてもらえますか?」
「えっ? そうなのですか?」
「そもそも老化なんてどうやってさせるのですか? だから来ても意味ないよって監視している人に伝えてもらえますか?」
話しかけてきた奴隷は、少し逡巡した後、監視者に報告に向かった。
その隙にセシル達は森の中に走って逃げる。
「あっ! 走って逃げたぞ! 追いかけろ!!」
しかし誰もが老化が怖いため、二の足を踏んで中々追いかけようとしない。
すると監視者が走ってきながら「逃がしたら罰を与えるぞ!!」と鞭で近くにいた奴隷の一人を激しく叩く。
奴隷たちは老化よりも目の前の鞭が怖くて、慌ててセシルを追いかけるが、セシル達は背が低く森の中では見付けにくく、度々見失ってしまう。
動く姿を見付けても、栄養状態の良くない奴隷たちでは中々追い着く事が出来ない。
さらに、セシル達は斥力の魔法で土壁に穴を掘り、掘り出した土で壁を作ったり、木や草で覆えば、ほぼ見付かることのない簡易的な部屋を作ったりも出来た。
セシル達が野外で寝泊まりする時に使っている簡易宿だ。
セシルと2匹が同時に魔法を使えば、土壁程度の柔らかさであれば、あっという間に作ることが出来る。
他にもいろいろな手段を使い、時折現れる追っ手から、逃亡を繰り返していた。
「老化魔法を自分に使われるのが怖いからって、身代わりに奴隷を使うような人の所にいったら、牢屋とかに閉じ込められて利用されるに決まってるよね。そんなの逃げるに決まってるよ。相手が少人数なら逃げるより殺した方が早いんだろうけど、奴隷の人を殺すのはちょっと勇気が出ないな。ロール達みたいに、分かりやすいクズだったら殺しても……いや、殺した方がいいんだけどね。ライムとマーモもそう思うでしょ?」
「ナー」ぴょんぴょん
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