第82話 捜索

 セシルが王都から出て行った翌日、マリーはセシルが授業の時間になっても来ない事に焦っていた。

「もっと頑張りなさい」と言ってしまった事を謝るつもりだった。




 昨夜、セシルを怒らせてしまった事に焦りを覚えたマリーはカイネに相談した。

「マリー様は厳しい事を言うのですね。『もっと頑張りなさい』はセシル様にとって今一番欲しくない言葉だと思いますよ」

「カイネ、あなたの言葉は私が今一番欲しくなかった言葉ですわ。もっと『きっと大丈夫ですよ』とか『許してくれると思いますよ』とか言って欲しかったのですけれど」

「すでにこれ以上ない程に頑張ってる人に『もっと頑張りなさい』と言ってしまうマリー様と違い、私は事実を言ってるだけです」

「ぐっ……ちょっと1人で考えさせてくださいまし」


 何気ない一言のつもりだった。

 むしろ『心配して声をかける私優しい。最高。淑女は気を使う事も出来ますのよ。オホホ』くらいに思っていた。

 それなのにあんな事になってしまった。思い返すと、確かにセシルは凄く努力していた。

 むしろ誰よりも努力していたと思う。

 考えれば考える程、酷い事を言ってしまったように思う。


 明日会ったらすぐに謝ろう。そう決断するが、心がざわついて眠りにつく事が出来なかった。


 そうして目に隈を作ったまま教室に向かったのだが、セシルが一向に現れなかったのだ。

 席に着いたまま教室の入り口を何度も振り返る。

 しかし、いつまで経っても現れない。

 居ても立っても居られず、アルの席まで歩いて行き、セシルの事を訊ねる。


「ねぇ。アル様、セシルを見かけていませんか?」

「いえ、今日は見ていませんがどうかされたのですか?」

「それが……「席に着けー」」


 セシルが来ないまま先生が来てしまった。


「今日は報告がある。セシルが学院を辞める事になった。今日か明日には領地に帰るそうだ。すでに学院内の家からは出ているはずなので、用事があるならトラウス辺境伯の屋敷に行くといい」


 マリーの心臓がドクンと高鳴り、その後もドクドクドクと早鐘を打っていくのを感じる。

 教室のざわめきがマリーの耳に入らない。

(どっどういう事? 私のせい? いえ、学院に通うのは魔法の才能を持つ者の義務ですもの。そんな簡単に辞められないはずだわ。では何故? ちょっと待って、そんな事考えてる場合じゃないわ!! 今日帰るなら、授業終わってからじゃ間に合わないかもしれないじゃない!!)


 ガタッと音を立てて立ち上がり、慌てて教室を出ていく。


「あっおい! マリー嬢、どこに!?」


 先生の静止も耳に入らない。


「わっ私が見てきます!!」


 アルもマリーに続く。


「ちょっアル嬢まで!? ……青春だな」


 意外に理解のある先生だった。


 教室を出て行ったマリーとアルはまず、学院内のセシルの家に向かう。

 体力の無いマリーとアルは息を切らせながらドアを開ける。鍵は空いており、そのまま中に入る事が出来た。


「セシルっ!! ライム!! マーモ!!」


 声を掛けるが返事が無い。

 念の為、寝室やトイレを覗いて周り、奥の運動場まで行く。

「無駄に広いのよっ!!」愚痴を言いながら全ての部屋を見て周ったが、見付ける事が出来なかった。


「私は急いでカイネに馬車を用意してもらいますわ! アル様も行くならばご一緒にどうぞ。念の為、侍女に声を掛けた方がよいと思いますわ」

「はい! ありがとうございます! もしかしたらエリシュがセシル様の事を知っているかもしれないので聞いてみます」

「アル様の侍女がセシル様の事を? どうしてかしら?」

「それは馬車の中で! 急ぎましょう!」


 2人は別れてそれぞれの侍女に会いに行く。

 幸い2人ともアルとマリーの部屋の掃除をしており、すぐ見付ける事が出来た。


「エリシュ!!」

「アル様どうされました? 授業始まる時間では?」

「それが! セシル様が学院を退学されたみたいなの。それで、学院を辞めるなんて、私、聞いていなかったので、今からマリー様と一緒にトラウス辺境伯様の屋敷に行くところなの。エリシュは何をしていたか知らないけれど、セシル様と時々会っていたでしょ? 何か知ってるのでしょ?」

「あーそういう事ですね」

「やはり何か知っているのね?」

「いえ、そういうわけでは……急いでるのですよね? 歩きながら話しましょう」


 部屋の鍵を閉め、2人でマリーの元に向かう。


「私も大した事を知ってる訳では無いのですが、先日、『僕はもうここにはいられない』と言っていたのですよ。それで、『いられない』って事は学院を辞めさせられるのではないか? と思っていたのです」

「どうして言ってくれなかったの?」

「アル様もご存知の通り、セシル様は特殊な立場でいらっしゃいます。根拠のない私の想像だけで、混乱させる訳にはいきませんので」

「そんな事……」

「アル様来ましたか! もう馬車が来てますわ!」

「マリー様お待たせしました」

「さあ急ぎましょう。お二人とも乗ってくださいませ」

「いえ、私は……」エリシュが断ろうとするが、それを遮るようにマリーが馬車に乗る様に促す。

「良いからお乗りになって! そちらの方が早いですし、お話を伺いたいの」


 馬車は貴族の緊急時に備えて学院に数台用意してある為、すぐ用意する事が出来た。もちろん御者もいる。

 エリシュの後にカイネも乗り込み、急がせるように馬車を走らせる。


「では、セシルの事を知っているかもしれないと聞いたのだけれど、お話していただける?」

 エリシュは先程の話を話す。


「――なるほど。それで、あなたは何故セシル様といつの間にその様な話を? 親しかったのかしら?」


 アルも同じような質問をした事があるが、いつもはぐらかされていたので知らない。

 だが、イルネの死後から関りが出来たようなので、予想は付いている。


 エリシュはセシルによる復讐は終えたと判断し、少しだけ話す事にする。


「それは……イルネ様を殺した4人について情報交換をしていた為です。その時は、今後も状況報告をしましょうか? とお聞きした所、先程の『僕はもうここにはいられない』という回答があったのですが、理由を聞く前に去って行かれたので、続きを聞く事はかないませんでした」

「なるほど。何のために情報交換していたのかはこの際聞かない事にしますわ」


 老化した4人がセシルの怒りを買っていた事は貴族の間では公然の事実であり、今回の話は老化にセシルが関わっていた事の可能性を高める話であったが、それ以上は追及しない事にした。

 マリーもこれ以上聞いてはならないと肌で感じていた。10歳とは言え、立派な貴族だ。

 危険を感じる能力はすでに育っていた。

 セシルの、証拠も残さずに老化させる能力の秘密は、殺人、脅し、防衛、若返りへの転用の可能性など、様々な理由で誰もが欲しがるものだった。

 しかし貴族たちは万が一にもセシルの怒りを買って自分が老化する可能性は避けたいかった。

 だが、セシルではない人物からその知識が得られるならば手段を選ばない可能性がある。

 エリシュが危険を犯してまで話したのは注意喚起も含めている。

『セシルにあまり深入りをするな』と。

 セシルと仲が良すぎると判断されても、何か知ってるのではないか? と危険が及ぶ可能性がある。

 上位貴族であるマリーは手を出される可能性が低いが、男爵家であるアルは特に危険だ


「賢明です。セシル様にあまり深入りはなされぬよう」

「……でも、それとこれとは話が別ですわ。友達としてセシルにお話があるのです」

「私もそうです。お別れくらいはしたいです」


 そうこうしている内にトラウス辺境伯の屋敷に辿り着き、馬車から足早に降りると門番に話しかける。


「突然の訪問申し訳ございません。面会依頼は出していないのですが、セシル様と会わせていただけないでしょうか?」

「えっと、失礼ですがどなた様でしょうか?」


 本来は従者であるカイネが声を掛けるべきだが、マリーは慌てている為、自ら門番に話しかける。   

 まさか貴族本人から声を掛けられると思っていなかった門番は少し慌てている。


「これは失礼しました。セシル様と仲良くさせていただいています。私、ケンドール家のマリーと申します。こちらはファーラービー家のアル様でございます」

「マリー様とアル様ですね。大変失礼しました。しかし、セシル様は朝一でここに来る予定になっているのですが、まだ来ていないのです。その内こちらに来ると思うのですが……」

「え? 学院の家にはもう居なかったのですが、どこかで馬車で追い抜いたかしら?」


 御者にセシルを抜き去っていないか訊ねる。セシルは有名人であるうえにライムとマーモも連れているので、見たら気付かないはずがない。


「いえ、見ておりません」

「そう、おかしいわね」


 マリーが思案していると、屋敷の前に馬車が来ていることに気付いた執事長のマルトがやって来た。

 マリー達に挨拶をした後、門番に要件を訊ねる。


「なるほど。では屋敷内でお待ちになられますか?」

「急な来訪で申し訳ございませんが、お言葉に甘えて少し待たせていただいてもよろしいでしょうか?」

「もちろんでございます。どうぞこちらへ」


 マリーを案内している間、騎士を数名セシルを探しに出させる。




 いつまでも現れないセシルに、マリーも「まだ来ないのかしら?」と焦り始める。

 セシルが来る前に屋敷に辿り着いた事で安心していたのだが、なかなかセシルが現れず、また不安が大きくなってきたのだ。


 そんな中、複数の道を通りセシルとすれ違わないようにしていた騎士達が全員帰って来て、マルトに報告をしていた。


「セシル様がどこにも見付からないのですか? 一体どこに……」



「マリー様、お話し中、申し訳ございません」

「ようやくセシルが来たのでしょうか?」

「いえ、それがすれ違わないように全ての道を通って調べたのですが、セシル様が見当たらず。学院の授業に出ている可能性は無いかと思って確認に参った次第であります」

「いない? ……もちろん授業には来てないわ。教室でセシルが学院を辞めると聞いて、それで慌ててここに来たのですから……どういう事ですの? セシルは間違いなくここに来るよう連絡しているのですよね?」

「リビエール様より、伝えたと連絡は受けているのですが……お昼休憩の時間にリビエール様に確認に参ろうかと思うのですが……皆さまはいかがされますか? もちろんここで待っていただいても大丈夫です」

「では私は待ちたいと思います。アル様はどうします? 私に合わせなくても大丈夫ですよ?」

「いえ、私も待ちたいと思います」

「畏まりました。では、お昼もこちらで用意させていただきます」


「何から何まで申し訳ございません」

 カイネとエリシュがマリー達に代わり謝罪する。

「いいえ、こちらこそ連絡の不手際で申し訳ございません。後でお二人の軽食も準備いたしますので、タイミングを見て召し上がってください」



 こうしてセシルの報告を待つが、結局、リビエールの昼休憩まで待つことになってしまった。



「リビエール様!!」

「マルトではないか。こんな所までどうしたのだ?」

「こちらへいらしてください」


 他の生徒に話が聞こえない位置に移動する。

 騎士と共にマルトがリビエールに会いに来ていた。


「セシル様が来ないのです。、昨日どの様に要件を伝えられたのかと思いまして」

「なんだあやつ。最後まで迷惑をかけおって『明日朝一に屋敷に行くように』と伝えたぞ」

「セシル様は返事はされましたか?」

「ん~。思い返せぬが、頭を下げておったから返事をしたようなものだろう」

「リビエール様、連絡事項を伝える際は、相手がしっかり返事をしたか、確認せねばなりませぬぞ。聞こえてない場合もあるのです」

「それは……それもそうだな。勉強になった」


 ふと、マルトが気になった言葉があった。セシルを探すヒントを少しでも得られないかとの思いもある。


「ところで、セシル様が頭を下げていたとはどういう事でしょうか? 何か謝罪する事でも?」

「ぬ? それはセシルが領民の税を2年にも渡って無駄にしたのだと叱ったのだ。トラウス領に戻って謝罪して回ると良い。とな。父上の宿題をちゃんと出来たと思っておるぞ」

「税を無駄にしたと叱った? それはどういう……?」

「父上はセシルが税を無駄にした事を、私に叱るようにと宿題をくださったのだろう?」

「いえ? ちょっと話が読めぬのですが、誰がそのような事をおっしゃったのです?」

「いや、それは伝令の騎士が……あぁ、そなたではなかったか?」

「ハッ私が『セシル殿に学院を辞めていただいて、トラウス領に戻ってもらう事になったので、リビエール様からセシル殿に直接その旨を伝え、策励していただきたい』とお伝えしました」

「そうそう。そうだ。だから私がセシルを叱ったのだ」


 マルトと騎士の頭には「?」が浮かんでいる。マルトがもう一度騎士に確認する。


「叱るようにと言いましたか?」

「いえ、とんでもない。まさかそのような事は」

「リビエール様、どなたが叱る様に言ったのですか?」

「いや、先程も言ったでは無いか。さくれいだかなんだか。叱咤しろと言う意味であろう? セシルに退学を伝える。と言う事は無駄にした税の事も、セシルの両親が働いて稼いだ物を無駄にしたと伝えるべきであろう? セシルが怠惰であったから、こうなったのだと。それが宿題なのでは?」

「……逆です」

「逆?」

「リビエール様、『策励』とは『大いに励ます事』ですよ。イルネ様の事で傷心しているセシル様に、さらに退学を伝えるのです。かなりお辛いでしょう。そこで、年齢の近いリビエール様なら気持ちが分かり、セシル様の傷付いた心を癒していただけるのではないかと。それが宿題だったのです」

「なっなんだと? 何故そこまで気を使わねばならぬ? あやつは努力せずに税を無駄にしたのだぞ?」

「セシル様は誰よりも努力されていたと報告を受けております。そして、トラウス領で数年勉強した後、重要な役職を与える予定でございます」

「何故だ? あやつは魔法もまともに使えず、学力も大した事がないのであろう?」

「セシル様の魔法は威力こそ弱いものの、それ以外は大賢者に類するほどの能力をお持ちです」

「なっなんだと!? では何故退学になるのだ?」

「それが分からぬのです。ですが、決まった事は仕方ないので、我が領で学ばせることになったのです」

「なっ……私は何てことを」


 貴族として守るべき平民を勘違いで追い込んでしまった事にショックを受ける。

 正義と真反対の行いではないかと。


「今は反省している場合ではありません。セシル様がどこに行ったが心当たりは?」

「いっいや……それは分からぬ」

「もし見かけたらセシル様と一緒に屋敷の方にいらしてください。では我々はもう行きます」


 騎士達は手分けして学院の事務員や警備員、外壁の門番などに目撃情報を聞いて回る。

 マルトは屋敷に戻り、マリー達にセシルの行方が分からない事を伝えた。


「私のせいかしら……」

 マリーが遂に耐えきれなくなり涙を流す。

 突然泣き出したマリーにマルトは焦る。


「こっこれは一体?」


 実は……とカイネが、昨日のマリーとセシルの話を話す。


「なるほど。その様な事が……実はリビエール様も昨日、セシル様を叱ってしまったらしく。それもマリー様の様に励ますつもりではなく、かなり厳しい事をおっしゃったようで。きっとマリー様が原因ではございませんよ。たまたまセシル様が出ていくタイミングにマリー様の事が重なっただけです」

「それでもっ! 私がセシルを傷付けた事に違いはないわ!」


 その時、バタバタと騎士が入って来た。

 泣いているマリーを見て戸惑いながら、マルトを部屋の端に呼ぶ。

 報告よろしいですか? と声を掛ける。

「お願いします」

「外壁の門番からの報告で、昨日の夕方に差し掛かろうという頃に、門を出て行く所を目撃されています」

「王都を出られているのですね。報告ありがとうございます」


「マリー様、アル様、セシル様が昨日の夕方に王都から出たとの報告がありました。ここから先は我々で捜索いたします。見付かり次第、学院まで報告致しますので、一度お帰りになって休まれてはいかがでしょうか?」

「王都を出た? そんなっ! まだ謝れていないのにっ!」

「マリー様、とりあえず戻りましょう。きっと見付かりますよ」

「何か! 何か私に出来る事はございませんのっ!?」

「ありません。ここに居座ってはご迷惑をお掛けします。さあ帰りますよ」

「……カイネは笑っちゃうくらいブレないですわね。そうですね。ここにいてはご迷惑ですね。帰りましょう」


 内心は焦ったままだがグッと我慢し、大変ご迷惑をお掛けしました。と謝罪をしてマリー達は学院に帰って行った。



 その後、騎士によって壁外の捜索が行われたが、門を出た後、どの方向に向かって行ったかの情報も無く捜索は困難を極め、冒険者ギルドに情報、発見を求める依頼を出すことになった。


 しかし、冒険者が適当な情報で報酬を得ようとしたため、情報が錯綜し、さらに混乱していく。中にはバッカからの情報など、真実も混ざっていたのだが、それを精査する人員も足りず、時間が掛かってしまった。



 さらに、セシルは、魔物であるライムとマーモを道中の村に入れると騒ぎになってしまうかもしれないと思い、村を避け野宿を繰り返していた。

 同様の理由で人が通りそうな気配があると、道から外れて隠れるように進んでいた為、意図せず捜索の難易度をあげていた。

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