第81話 出立


 ロディとカーナ達がトラウス領を出てからしばらく経った頃。

 セシルを連れ戻す為の伝令兼護衛の騎士達が夕方、王都に辿り着いた。

 リビエールを翌日呼び出す手配だけを済ませて、長旅をゆっくり癒す。


 セシルを領主館に呼んで直接話せばよいのだが、リビエールの人を扱うための練習として、セシルが題材に選ばれ、連絡はリビエールに任せる事になったのだ。

 リンドルは『リビエールとセシルが、それなりに良好な関係が築けている』と勘違いしていたため、学院を辞めさせる連絡と、セシルを励ます事は比較的安易な案件だと思い、この宿題を息子に課したのだ。


 これが最大の過ちであった。


 翌日、学院の授業が終わり、魔力を使い切りフラフラになったリビエールが領主館にやって来た。


「2月前に手紙を送ったばかりだったが、どうしたのだ?」

「セシル殿に学院を辞めていただいて、トラウス領に戻ってもらう事になりました。ひいてはリビエール様からセシル殿に直接その旨を伝えする様にと、リンドル様よりの宿題にございます。学院を辞める手続きはこちらで進めておきます」

「なるほど。辞める事が決まったのだな。了解した! 父上に良い所を見せねばならぬな」




 セシルは授業が終わってもボーっとしていた。

 4人に対する復讐が終わったが、殺さなかった事によりモヤモヤした気持ちが心を渦巻いていたのだ。


「しっかりしなさいよ! まだそんなウジウジして! 成績も良くないんだから、もっと頑張りなさい!」


 マリーなりの励ましのつもりだった。


「頑張ってるよっ!! これ以上どうしたらいいの!? 毎日勉強して魔法も休みなくずっとやってるのにっ!! ……もうこれ以上、努力出来ないよっ!!」


 事実、セシルはイルネが亡くなってからも、復讐の傍ら睡眠を削って毎日しっかり勉強している。

 たしかに上級貴族のクラスでは成績はまだ下の方だが、下級貴族のクラスでは上位グループに入るくらいの成績にはなっていた。

 2年から始まった錬金術だけの成績のみで言えば、上級貴族の中でもトップクラスである。


 こんなに大声で反論してきたセシルを初めて見たマリーは、自分の失敗に気付き謝ろうとする。


「あっごっごめ……」


 その時にはもうセシルは背を向けて去って行った。

 その日以降、セシルは二度と学院に現れる事は無かった。



 マリーと別れ家に帰ったセシルは、マーモ達の身体を洗っていた。

 しばらく身体を綺麗に出来ないかもしれないからだ。


 コンコンッ

「リビエールだ。セシルはいるか?」

「はい」


 ガチャっと玄関を開け、リビエールに挨拶する。


「今日はそなたに話すことがあって来た」

「何でしょうか?」

「そなたが魔法で役に立たぬことが分かったからな。学院を出て行って貰う事になった」

「はい。分かりました」

「ぬ? それだけか? 分かっているのか? そなたが無駄にした税はどれだけだと思っておる? こんな大きい家まで建てて貰って……これはトラウデン王国の民のお金だ。そして、衣食はトラウス領の民のお金だ。それを無駄にしたのだぞ? 2年に渡って無駄にしたのだ! イルネもそなたのせいで亡くなった。そなたが魔法をまともに使えて、成績も良ければこの様な事にはならなかったであろうな。トラウス領に戻って謝罪して回ると良い。ご両親も肩身が狭い思いをしているだろうな」


 悪を断罪する高揚感と気持ち良さから、リビエールは饒舌になっていた。

 実際はトルカ村まで噂が届いておらず、両親が肩身の狭い思いをしている様な事は無かった。むしろトラウス辺境伯はセシルを厚遇しようと考えているくらいである。

 

「申し訳ございませんでした」

 セシルは頭を下げる。


「ふん。まあいい。もう退学の手続きはすでにやっておるから、今から荷物をまとめて明日朝一で屋敷に行くのだな」


 セシルは頭を下げたまま何も言わない。


「連絡したぞ。では、さらばだ」


 リンドルからの宿題の『セシルを策励する事』を『セシルを叱咤する事』だと勘違いしていたリビエールは、自分の仕事に大満足していた。

 領民の為に正義の行いをしたのだ。と、ヒーローの様な気持ちになってさえいた。




 大手を振って帰って行くリビエールの背を見ていたセシルは涙ぐんでいた。

「ねえ、ライム、マーモ。僕頑張ってたんだよ。でも、ダメだったんだ。僕のせいでお父さんとお母さんも肩身が狭い思いしてるんだって。僕がいると皆が不幸になっちゃう。お父さんとお母さんも僕みたいに村でイジメられてるのかな? 僕が村に帰っちゃうと、お父さんとお母さんもイル姉みたいに殺されちゃうかもしれない。……僕は皆の前から消えないと。ぐずっ。おどうざん。おがあざん。あいだいよぉ。ぐずっ」


 セシルは部屋に戻ると、予めまとめていた荷物を見つめる。

 2か月前、両親に最後の手紙を書いた時からここを出る事を決めていたのだ。復讐をする為だけに、学院に残っていた。

 お金はイルネが使っていた残りがある。宿に泊まる余裕はないが、2ヵ月は食べ物に困らない。


「さあ、行こうか」


 出る事を決意し荷物を取ろうとした時、手首に付けていた腕輪が目に入った。


 龍の腕輪だ。


 セシルはそれを見て思い出す。

 トラール男爵が龍の腕輪をプレゼントしてくれた時に『これだけは覚えておくんだ。いつでも我が領ではセシルとその家族を歓迎する。裕福な暮らしが出来る』と言っていたことを。

(もしかしたら、もしかしら、トラール男爵様の所に行けばお父さんとお母さんがイジメられずに裕福な生活が出来るかもしれない!)

 セシルは僅かながら見えた希望に笑顔を取り戻す。


「ライム、マーモ! トラール男爵領を目指すよ!」

「ナーッ」ぴょんぴょん


 荷物を手に家を出たセシルは、日が沈み始めているのを見て、急ぎ足になる。

 まだ少し余裕があるが、日がある内に寝床も確保しなけらばならない。



 足早に門を出ようとした時だった。


「おいっお前」


 2年間の王都生活で、幾度となく聞いた声に呼び止められた。

 振り向くとそこにはバッカとトリーがいた。トリーは「おい、やめとけ」と止めようとしている。


「何ですか? 何かこの感じ……デジャヴっぽい」

「ようやく見付けたぜ。お前のせいでイルネ様が亡くなったらしいじゃねぇか! 許さねぇぞ」

「ここで揉めたら衛兵さんに捕まるので門の外に行きませんか?」

「はんっいい度胸じゃねぇか!」


 2人で門を出て行くと、トリーも「どうなっても知らねぇぞ」と溜息を付きながら着いてきた。


 門を離れ、周りからの視線が届かない場所に着いた。


「この辺でいいですか?」

「ああ。イルネ様親衛隊副隊長として、お前を1発殴らねえと気が済まねぇ」

「副? 隊長は?」

「エリシュ様だ」

「あーエリシュ様」


 セシルは納得し苦笑いする。

『イルネ様親衛隊』はバッカが1人で立ち上げた隊だ。

 隊と言っているが、身分が上である騎士イルネに近付こうと言う人物は居らず、隊員はバッカ1人で、必然、隊長はバッカのハズだった。

 しかし、どこからか親衛隊の存在を聞きつけたエリシュが現れ、隊長の座を奪った。

 バッカは戦闘能力も無いエリシュに、口八丁でいつの間にか奪われていたのである。情けない男である。

 そして、イルネ様親衛隊創始者であるバッカは、イルネを殺した犯人である4人の結末も、エリシュに聞かされてない様子だ。

 トリーはそんなバッカを見てこう思った。


 『不憫』



「ライム、マーモ少し離れてて」


 セシルはそう言うと背負っていた荷物を降ろし、雷鎖を手に持って分銅を回し始めた。


「ハッ。それは以前見た事あるんだ。前みたいに、ご丁寧に鎖に巻かれる訳ないだろ。思いっきり殴ってやるから覚悟しておけ」


 そう言うとバッカはセシルに向かって走り出した。

 セシルは落ち着いた様子で、ヒュッと雷鎖の分銅を飛ばす。

 飛ばされた分銅は、バッカの左腰の辺りから斜め下に回り込み、右足にグルグルと巻き付いた。バッカは動きが制限され、バランスを崩すと、走った勢いのまま前のめりに倒れた。


 ドザザァ

「イテッ! くそっこんな鎖!!」


 トリーは、10歳の男の子に良いようにあしらわれているバッカの様子を見て、再度思った。


 『不憫』


 すぐに立ち上がろうとするバッカだったが、その前にセシルが雷魔法を使う。


「『バチィィィ』イテッ」


 バッカは立ち上がろうとしたタイミングだった為、バランスを崩し仰向けになってしまう。


「『バチィィィ』イテッ! クソッ『バチィィ』イッ、あっ、ちょ『バチィィ』トリー!! 『バチィィ』助けっ『バチィィ』あっヤバい」


 トリーは自業自得だと他人事のように不憫な男を見学している。


「『バチィィ』ちょっ『バチィィ』それ以上は『バチィィ』

 すると、バッカの下腹部が服の上からでも分かる程、膨らみ始めた。

 下半身に近い所に電気が流れ、下腹部が刺激されてしまったのだ。

 その股間の膨らみを見たトリーは思わず「……えっ?」と声が出る。


「『バチィィ』あっ! 『バチィィ』もう『バチィィ』あっ、イクッ……」


 バッカは雷魔法と関係なくビクビクしてしまう。

 セシルはまだ射精の事が分からない為、何が起こったのか分からないが、バッカの様子がおかしくなってしまったので、雷魔法を使うのを辞めた。

 バッカの情けない姿を数々見て来たトリーも、手で目を覆い流石に言葉が出ない。


「「「……」」」


 しばらく誰も言葉を発せなかった。

 バッカは羞恥のせいか、仰向けのまま静かに泣いている。

 トリーは、そんなバッカを見て、『不憫』よりさらに人を憐れむ言葉は無いのだろうか? と、思考を逸らしながらも、セシルに話しかける。


「……セシル様、もうこの辺でコイツを許してもらっていいですか?」

「僕は別に……僕のせいでイル姉が死んだのは事実だし……」


 セシルはまたイルネの事を思い出し、ツーッと涙が溢れて来てしまう。

 それを見たトリーは心を痛める。


「おいっ! クソ野郎! いつまで寝てんだよ! イルネ様が亡くなって一番悲しいのはセシル様に決まってるだろ!! それなのにお前は!! 自分の半分の年齢の子に殴りかかって、俺は恥ずかしいよ!」


 トリーはバッカを蹴る。

 蹴られたバッカは大人しく「すまない」と謝りながら鎖を取ってセシルの足元に投げ渡した。

 賢者モードで大人しくなっている。


 セシルは鎖を回収し、ライムとマーモと一緒にトボトボと森の方に歩いて去って行った。


「あれ? セシル様がこんな時間に森に向かって行ったぞ? 家に帰らないのかな? なあ? おい! バッカおめぇ聞いてんのか!?」

「あぁ。あぁそうだな。何でだろうな」


 バッカも怒りの矛先をどうして良いか分からず、改めてイルネを失った虚無感が訪れていた。

 もちろん賢者モードの影響も多分にある。


「なんだすっかり腑抜けた顔しやがって! さっさと帰るぞ! あぁ、おめぇ俺に近づくなよ。汚い」

 


 こうして2人は門の中に入って行き、一件落着かと思いきや、バッカに後遺症が残ってしまった。


 以前、雷魔法を喰らったバッカは、鎖の音に恐怖でビクッとするようになってしまっていたのだが、今回の件で性癖が歪んでしまい、鎖の音で勃起し体調によってはビクビクするようになってしまったのだった。

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