第87話 しつこい追っ手



 すでにトラウデン王国の国境を越えて、ディビジ大森林であろう場所まで来ている。

 トラウデン王国と隣合うカミール帝国とアポレ教国との間には、山脈と大森林があり、直接隣接している訳ではない為、明確な国境線は設定されていない。


 天候は曇り。

 セシルの気持ちを現わしているようだった。


「セシル様、我々と一緒に来てください!」


「……君、3回目かな? もういい加減、堪忍袋に穴が空いたよ」

「……堪忍袋の緒が切れた。です。どうか。堪忍袋に空いた穴を塞いでいただいて、我々と一緒に来てください」

「一緒に監視してる人達を殺さない?」

「えっ? いや、それは……この奴隷の首輪は、対になるボタンを押されると首が絞まってしまうのです」

「皆で一斉に襲ったら、全員分のボタン押すの難しくない?」

「それは……そうですが、誰かは押されるわけで」

「そこは頑張りなよ。ん~ちょっと待って、監視者はどこにいるかな? あなたの後ろにいる奴隷達がギリギリ見える位置にはいるハズだよね?」

「まぁ、そうですね」


 セシルは手ごろな木の上に登って視力強化をする。


「あっいたいた。監視する人、5人もいるの?」

「はい。5人です」


 木の上から監視者に向けて、片手で斥力の魔法を放つ。


『イタッ! 何だ? 虫か?』


 魔法が当たった監視者は身体を捻って痛みから逃れる。


「あーなるほど。動く人は痛みを感じてからでも避けれるのか。斥力魔法、無敵かと思ったけど、そうでも無いかも。……遠すぎて声が聞こえないから、どれくらいのダメージ与えてるか分かりにくいな」


 今度は枝にしっかり座り直し、両手で斥力の魔法を放つ。

 先程の監視者に当て、逃れようとしても魔法をコントロールし追いかけていく。


『イタッ!? 何だよ? イタタッ! 痛い痛い!』

『おい? どうした?』

『なんか噛まれたような、イタッ刺さったようなイタッ』


「ふふふ。なんか踊ってるみたい。あっ倒れた。チャーンス」


『ギャアアアアアアア』


 男は先程の痛みを遥かに超えた抉るような痛みに、溜まらず地面を転がる。


「あー木の枝が邪魔で見えなくなっちゃった」

「えっと、何をされているのですか?」

「君たちの監視者を殺そうとしてた所」

「……は?」


『おい! 大丈夫か?』

『ぜん……ぜん大丈夫じゃねぇ』

『傷口見せてみろ……何だこれ? ふくらはぎが抉れてるじゃねぇか。他にも細かい傷だらけじゃないか』

『もうディビジ大森林だからな。何か未知の虫か? 魔物か? あるいはあのガキの呪いか』

『あのガキって事はねぇだろ。今まで何も無かったんだからよ。しかし虫なら怖えな。蒸し暑いが、我慢して長袖着た方が良さそうだ』



「見に行ってみるといいですよ。殺せませんでしたけど、多分、1人大怪我してると思います」

「そう言ってまた逃げるんでしょ?」

「別にそう思ってもらっても構わないですけど、せっかく僕が一緒に殺そうって言ってるのに、良いのですか? 一生に一度の、あなたが逃げるチャンスを逃すかもですよ?」

「……」

「何を悩んでるんですか? 僕はもう追いかけられるのうんざりなんですよ。なんなら、あなたを殺してもいいんですよ?」

「ちょっと、ちょっと待ってくれ! いや、待って下さい! アイツらに相談してくる!」


 慌てて後ろに走り、一定の距離を保っていた奴隷仲間の3人に話をする。


 すると1人が少し移動し、監視者の様子を見てすぐ戻って来た。


『お前の言う通り、監視者達の様子がおかしいぞ』

『セシル様の話は本当だったのか。どうする?』

『……俺は乗っても良いと思う』

『俺もだ。もうこんな生活から抜け出したい』


 今度は2人が、セシルの近くにやって来た。


「セシル様、俺たちやる事にしました!」

「分かりました。じゃあそのまま僕を見張っているフリをしてもらっていいですか? 僕たちはちょっと森の中移動して、あの人たちに近付きますので、それがバレないようにして欲しいのです。あっそうそう。あの人たちから逃げた後どうするつもりですか?」

「それはまだ……」

「……馬鹿なの? 全く考えてないんですか? だから奴隷のままなんですよ。……例えばアポレ教国に行ったらどうですか?」

「馬鹿だと!?」

「おい! やめろ! ……セシル様、続きをお願いします」

「アポレ教国って奴隷制廃止されてますよね? どうにかなるんじゃないですか? 知らないけど」

「どうやったら行けるんですか?」

「少しは頭を使ってくださいよ。僕10歳ですよ? 監視の人達、地図持ってるんじゃないですか?」

「わっ分かりました! そうします!」

「あっ盗賊になったら殺すので」

「はっはい! なりません!」

「じゃ、後ろの2人に伝えて来て。同じ位置で待っててね。監視者側を見るとバレるから見ないように」

「ハイっ!」


 残っていた2人にも流れが伝わり、奴隷達がセシルの方を見ると、セシルが動き出す。


「あれ? これ、結局動くの僕たちだけじゃん。自分から言い出しといてあれだけど、騙された気分。僕の方が馬鹿だったかもしれない」


 セシルはライムとマーモと一緒に森の中をコソコソと進み、監視者たちが見える位置に付いた。

 今度は監視者達が多少動いた所で視野に入る。


「ライム、マーモ、右端の人の足狙うよ。転倒したら、革鎧で守られてない所を適当によろしく。あっ、頭は骨が硬そうだから、別の場所狙った方が良いかも」

「ナー」ぴょんぴょん


 先程、身体をよじって逃れられた事から、1人ずつ逃げ場が無いように1人と2匹で確実に仕留めていく事にした。


「いくよ」


 それぞれ斥力の魔法を出す。

 2匹はセシルの魔力を使って魔法を行使しているが、まだ1つしか魔法を出せない為、セシル2本、ライム1本、マーモ1本の計4本の魔法が出ていることになる。


『イッて!! あイッテ!! うわ何だよ! 虫なんてどこにも見えねぇぞ!? イッて』


 足にチクチク刺さるような痛みが走り、バタバタ足を上下して逃げようとするが、痛みが無くならない。

 次から次に来る痛みに、たまらず倒れてしまう。


「よし! 今だ!」

 セシルは足を狙い続け、ライムとマーモが足以外を攻撃し始める。

 たまに転倒した仲間を助けようとする監視者の背中などに当たってしまうが、鎧の上では本人は全く気が付かないようだった。


『イタッ! クソッ! あっぐっギャアアアアアアアア』


 誰の魔法が貫けたのかは分からないが、魔法が体内に入ったようだ。

 セシル達の元には、監視者の声は薄っすらとしか届いていないが、雰囲気で大体わかる。


「よし、次の人行くよ! 今度は左側にいる人」


 また同じように繰り返す。


『うあっ!? くそっ次は俺かよ!!? イッタッ!!』


 男は凄い勢いでそこから走って逃げる。


『おっ! 走ったら痛み無くなったぞ!』


「あっ……凄い遠くまで走って行っちゃった。とりあえず次の人にしよう。まだやってない人で右側の方で」


『ぐあっイッテ!』


 次の男も走って逃げるが、セシル達の方に向かって走ってくる。


「おっ今度はこっちに来た。ラッキー! そのまま続けるよ」


『何で俺は痛みが無くならないんだよ!! イ”ッッ』


 足の痛みで倒れ込む。


「今だ!!」


『ギャアアアアアアアア』


「よーし、次いってみよー!」


 最期の1人は、どうしたら良いか分からず右往左往していたが、学んだのか、痛みが襲ってくると、セシルから離れた方に走って逃げていった。


「あ~もう面倒くさいな。近付くよ」


 目立たないように近付いて、もう一度魔法を放って行くが、上手く逃げた2人はどんどん離れていく。


「仕方ない。戻ろっか」


 この後どうしようかな? と思いながら奴隷たちの元に戻る。

 面倒なので4人を集める。

 直接話してなかった2人は怯えながら近付いてくる。


「えっとね。3人はそれなりの怪我負ったと思うんだけど、2人逃げるの早くてね。ダメだった。後は自分達でどうにかして」

「おい! 聞いてた話と違うぞ!!」

「ん? なんて聞いてたんですか?」

「……セシル様がどうにかしてくれるって」

「はぁ~。なんでそんなに人任せなの? なんで10歳の僕にそこまで頼れるの? 確かに僕からやるとは言ったけど、その前に奴隷の首輪の魔道具のボタンも全員同時に押すの難しいはずだから、一斉に襲ってみればって話をしたはずだけど?」


 セシルと会話を担当していた奴隷が気まずそうに目を逸らす。


「おいっ! てめぇ! 騙したな!」

「おじさんは僕との会話からも逃げてたくせに何言ってるの?」

「いや、それは……」

「後は自分たちでどうにかするといいよ。僕はもう行くね。次来たら殺すよ?」

「そんな……」 

「もしこのまま奴隷でいたいなら、あの監視の人達には、さっきの怪我はセシルがやったと伝えたらいいよ。それを聞いたらあの人達も、もう追いかけて来ないでしょ」

「……お願いします。手伝ってください」

「いや、さっき手伝ったでしょ? 今はもう、僕に殺されるか。あの怪我した監視者達を倒して自由になるか、ずっと奴隷のままか。3つの選択肢しかないよ。おじさん達の好きにしたらいいよ。おじさん達があの人達を裏切ったとはバレてないんだから」

「そっそうだ。今ならまだ戻れるぞ」

「俺はもう鞭で叩かれる人生は嫌だ!」

「しかし、誰かは首が絞められるんだろう!?」

「だが、あれはお灸を据えるもので、殺す物じゃないはずだ。死にはしないだろ? それに、運良くボタンを持ってるやつが怪我してたら、ボタン押す余裕ないんじゃないか?」

「確かに……やるか……」

「俺はやるぞ!」


 セシルは真剣に話し合ってる隙に去って行った。

 元々は監視者をキッチリ殺してしまおうと思っていたが、奴隷達が襲う見たいだし、上手くいったと満足だ。


「もうさすがに追っかけて来ないでしょ。誰も殺さなかったし、いい仕事をした気がするよ。ライムとマーモもお手伝いありがとね!」

「ナー!」ぴょんぴょん


 セシルが去った後、奴隷達と監視者の戦闘が行われた。

 結局、首輪のボタンと武器を所持していた監視者達が勝ったのだが、血の匂いに誘われた魔物によって全滅する事になる。


 セシルがそれを知る事は無かった。

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