第88話 川
奴隷との接触から数日が経過した時の事。
セシル達は走っていた。
「ぜぇぜぇ、魔物多いしっ、んぐっ、なんかっ、ぜぇぜぇ、強いの、多くない?」
追いかけてきているのは熊の魔物だ。
グオオオオオオオ
「ゲェホッ、見た感じ、雷魔法全然効かなそうだし、ぜぇぜぇ、いや、ちょっと待てよ……」
「ライム、マーモ! ぜぇっげほっ、逃げながら、あの熊の顔目掛けて、斥力の魔法当てるよ! ぜぇぜぇ、少し外れても気にしないから、ぜぇぜぇ、なるべく正面からっ」
「ナー」
「よし! 撃って!」
1人と2匹で魔法を放つ。
魔物は魔力の匂いが分かる個体が多いようで、熊も『何かが向かって来た』と気付き、走りながら鼻をヒクヒクさせるが、エサであるセシル達を優先して突っ込んでしまう。
斥力の魔法は、当たってからでも避ければ問題無いが、熊は勢いよく走っていた為、自ら斥力魔法に突っ込み、まともに『刺さって』しまう。
ズズッ
グォオオオアアアアアアアアアオ
熊の魔物は慌てて飛び跳ねるように身体を反転させるが、片目は潰れ、頬と肩にも傷を負っている。
「よし! ぜぇぜぇ、僕は身体の右側に打つからライムとマーモは左側で! ぜぇぜぇ、撃って!!」
疲れて座り込みたいが、背中を木に預け、魔法で熊を攻める。
熊は魔法を避けようとグルグル回ったり跳ねたりと暴れるが、身体が大きく魔法を避けきれない。
ズズッ
斥力魔法が熊の体内に入る。
ギャアアアアアオ
グルルッルルルル! ゴガアアアアアアアア!!!
力を振り絞りセシル目掛けて襲ってこようとする。
距離は数メートルしか離れていない。
「ヒイイイイ」
セシルは慌てて背を向けて逃げる。
恐怖で、思わず魔法も消してしまう。
グオオオオオオアアア
ドスドスと音を立てて迫ってくる。
あと少しで熊の手がセシルの背中に届く! という所で、ライムとマーモの斥力の魔法が体内で暴れ、内臓をぐちゃぐちゃにし、襲うどころではなくなってしまう。
ギャアアアア
ギャアアアアアアアオグルルルル
倒れてお腹を毟るように手を動かすが、体内で暴れる魔法はどうしようもない。
しばらく転がり暴れまわっていたが、やがて動かなくなった。
セシルは動かなくなった熊に近づき、熊の目から脳に向けて斥力の魔法を放ち確実に止めを刺す。
「助かった! ありがとう!! よしっ、他の獣が来る前にさっさと処理するよ! 僕が肉を切るから、2人で臭い消しの草を集めて来て!」
本来なら血抜きなども行いたいのだが、ディビジの森に入ってからは、血の匂いが漂うと魔物がすぐに寄ってくる。
熊に追いかけられて身体が重たくなってる今は、連戦はどうにか避けたい。
「ナー」
「ありがとう! お肉に臭い消し塗り込んだら、すぐ移動するよ!」
作業が終わると、そこから一刻も早く離れる為に小走りで移動する。
少し離れた所に行くと、手ごろな土壁に穴を掘って、入口を土と草で隠しゆっくり休む。
「うぅぅ疲れたぁ~。いやぁディビジ大森林キツ過ぎない?」
「ナァ~」ぐでぇ
ライムとマーモも力なくグダッとする。
ワオーーン
「あっなんか来た」
入口の隙間から覗くと、狼らしき魔物が5~6匹で熊の死体の方に向かって行っていた。
「あっぶなぁ~そのままあそこに居たら、あいつらとも戦わないといけなくなっちゃう所だったね。ここでひと眠りしよう」
「ナァ~」
水筒の水を口を潤してから、しばらく眠りに付く。
水魔法は空気中の水分を何でもかんでも集めてしまう為、あまり綺麗ではない。
緊急時以外はなるべく水魔法の水は飲まないように。とイルネに教えて貰っていたのだ。
仮眠が終わると、マーモに臭いで近くに魔物がいないか確認してもらう。
「ナー」
ふるふると顔を振る。魔物はいないと言う事だ。
「よし、肉焼いたら川のある方に行こう。水補充と身体を洗いたいね」
寝床から出ると小枝を集める。
寝床の中に小枝を起き、昨日手に入れた熊の肉をその上に置く。
出口を土である程度塞ぐと、隙間から火魔法と風魔法を使って焼く。
ある程度焼くと、ひっくり返してまた同じように焼く。
どうしても匂いは漏れてしまうが、出口を全開にするよりマシだ。
焼いた肉を、臭い消しの薬草を入れた皮袋に入れると、寝床に使った穴を完全に閉じてしまう。
こうして肉を焼く匂いを極力抑えるのだ。
「逃げ回ったから川の方向が怪しくなったけど、多分あっちだよね」
セシルは数日前、奴隷と別れた後、川が近くに流れているのに気が付き、整備された道から外れて川沿いを歩いていた。
定住する住処は水場の近く。と言う事だけは決めていたため、川沿いを歩いて住みやすい場所を探そうとしていたのだ。
しかし、熊の魔物に襲われて川の位置を見失ってしまったので、王国側に戻らないように気を付けながらも川を目指し、獣道を歩いて行く。
獣が通る道ならば、その先に水場がある可能性があると予想したのだ。
もちろん獣もいる可能性も高い為、鉈を手に持ち慎重に進む。
だが、その日は川を見付ける事が出来なかった。
果物を採り喉を潤し、熊の肉を食べる。
「血抜きしてないと美味しくないねぇ。獣臭い」
「ナァ~」
マーモも美味しくないようだ。そもそもマーモは生肉が好きである。ライムは味覚が無いようで、食事に何の感情も無い。
「今日はこの辺で家を作ろうか」
「ナー」
一緒に寝床を掘る。もう慣れたものだ。
「もう結構遠くまで来たから、そろそろ住むところを決めたいね」
「ナー」ぴょんぴょん
「川が近くて……そうだな~岩山に家を作りたいね。岩を削るのは時間がかかりそうだけど、家は丈夫な方がいいからね」
「ナー」ぴょんぴょん
魔物から逃げたり倒したりしながら数日が経過し、ようやく川に辿り着く。
川はかなり大きい。
横幅は50メートルはありそうだ。
「やっと……着いたぁ」
「ナァ~」ぐでぇ
「マーモ、周りに魔物いない?」
マーモがクンクンと臭いを確認すると、小さく唸った。
「いるの~? ゆっくり水浴びしたいのに。どっちにいる? 案内よろしく」
マーモに付いて川下に行くとそこにはゴブリンが7匹いた。
「うわぁ……最悪。食べれないし、殺したら臭いで獣寄ってくるし、この辺りに集落ある可能性もあるのか。せっかくこの辺で住処探そうと思っていたのに……考えれば考える程最悪だね。あっでも、ゴブリンが生活出来るって事は、強い魔物の縄張りは近くに無いのかも?」
セシルはしばらく考える。
「よし、川上に移動して水の補給と身体を洗った後に、もう一度見に来てまだゴブリンが居たら、狩ってしまおう」
「ナー!」ぴょんぴょん
安全な距離まで移動し、川の端で服を洗ったり水の補給をする。
ライムは川の流れが弱い所で水に入る。
水に同化するように魚に近づき、何匹も仕留める。
「久しぶりの魚だ! ライムありがとう! こんな特技があったんだね」
ぴょんぴょん
普通のスライムは力が弱く、流れに全く逆らえないため、まともに移動する事も出来ず、狩りなど出来ない。3年に渡り身体を鍛えられたライムにしか出来ない技である。
作業を終えると、また川下に移動してゴブリンを確認する。
「うわっ増えてんじゃん」
ゴブリンは10匹になっていた。
魚を取ったりしている。
「ん~どうやって倒したらいいんだろう? 斥力かな? 川辺だから火も使えるけど、水に濡れてるから着かないだろうね。川に雷魔法を流すか……魚も気絶しちゃうからなぁ」
「よしっ!! 離れた所から斥力でやろう!! 何匹かやったら血の匂いで狼とかが来てやっつけてくれるでしょ! そしてその隙に逃げよう」
「ナー!」ぴょんぴょん
「念の為、木の上から撃とうか」
セシルはマーモの身体に雷鎖を巻き付けてから、先に木に登りマーモを引き上げる。
ライムは自力でモソモソと木に登る。
「一番遠くにいるのからやろうか。よし撃って!」
「ナー」
ゴブリンに斥力の魔法が当たる。
ギャアアアアアア
ギャアアアアアアア
ゴブリンは痛みから逃れようとするが、川の苔で足を滑らせて倒れてしまう。
周りのゴブリンは何が起きているか理解出来ずに立ち尽くしている。
ゴブリンは他の魔物に比べて魔力の匂いに疎いようだ。
ギャアアアギャアアア
「よし、もうあいつは良さそう。次はあいつに一番近い奴で!」
「ナー」
また魔法を当てる。
ギャアアアアギャアアアアアア
新しく的になったゴブリンも、同じように足滑らせ倒れる。
周りのゴブリンは川で何かが起きてるのだと思い、我先にと川から出る。
2匹目も体内に魔法が達し、虫の息になる。
「今度は僕たちに一番近い奴で!」
「ナー」
ギャアアア
川から出たゴブリンも痛がり始めた為、混乱したゴブリン達は慌てて森の中に四散していった。
3匹目は仕留め損ねてしまった。
「あっしまった。逃げるの早いよ!」
ワオーーーーーーン
ワオーーーーン
「あっやばい。ゴブリンいなくなったのに狼来ちゃう。それにしても狼来るの早すぎない? 今日ちょっと風が強いから、匂いが届くの早かったのかな? それともゴブリンの鳴き声?」
セシル達は慌てて木から降り、ライムの案内で狼達の臭いがしない方に向かって離れていく。
至る所から聞こえる狼とゴブリンの鳴き声から、すでにゴブリンと狼との戦闘があちこちで起きているようだった。
「こっわ。囲まれでもしたら死んじゃうよ」
ある程度離れた所で寝床を作り、隣に魚調理用の穴を作って魚を燻していく。
ライムとマーモは生魚のまま食べる。
「血と焼く時の匂いの問題はどうにかしたいな~。あっ!!! もしかして血の臭いは、ライムに血を吸って貰えば解決じゃないの!? それか、引力の魔法で血を引き付けるのもあり!? 天才やないか。我ながらこの発想力が恐ろしいよ。……あっでも血の魔法は臭いは消せないか……」
ぐぬぬと唸りながら色々考えていく。
「血の魔法って斥力で穴を開けた後なら攻撃に使える? いや、斥力で穴を開けたら、もう血の魔法を使う必要も無いか。でも、最初から怪我を負ってる相手なら使えるかも? 今度やってみよう」
よし、と満足した所で気付く。
「……血の臭いの話だったのに、いつの間にか血の魔法の話に変わってた……マリー様みたいに突っ込んでくれる人がいないとつまらないなぁ。ライムかマーモが喋れるようになってくれればいいんだけど……」
「ナァ~」ペシペシ
「あぁごめんごめん。マーモ達に文句がある訳じゃないよ。いつも一緒に居てくれてありがとうね」
食事が終わると、いつものようにライムに口の中を綺麗にしてもらい、くっ付いて眠りにつく。
ゴブリンを倒した意味あったのかな? と思いながら。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます