第62話 魔法コントロール


「えっ!? 何で戻って来たのっ! 逃げてっ!」


 セシルは走りながら火の魔法を出す。


「森の中で火を使っちゃダメっ!!」


 しかし、他に攻撃出来る魔法が思い付かないセシルは、イルネの言葉を無視して火魔法を使い続ける。

 セシルに気を取られてしまったイルネが、子グレートボアの突進を避けるのが間に合わず、小盾で受けて吹き飛ばされる。


「グッ」


 飛ばされながらも子グレートボアに剣を振り牽制する。


「イル姉っ!!」

 倒れたイルネに追い打ちをかけようとした親グレートボアに向かって飛ばしたセシルの火は、避けられてしまう。

 直線で飛ぶ火は避けるのが容易い。

 しかし親グレートボアが火を避けた事で、イルネへの追撃は止める事が出来た。


「曲がれー!!」


 避けられたセシルの火は曲がり始め、グレートボアを追いかけるが再度避けられる。

 避けられては火を消し、また手元に火を出しては飛ばすを繰り返すとセシルのコントロールが少しだけ細かくなり、ついにグレートボアに当てる事が出来た。

グレートボアが横の動きが苦手なのが功を奏した。


 セシルの火は相変わらず小さく、蝋燭の火程度のままの為、グレートボアに火が当たったが、動くグレートボアに中々火が着かない。

 さらに、ポツポツとだが雨も降り始めてきた。

 火から逃げていたグレートボアだが、もう避けれないと分かると、それを出してるらしきセシルを先に殺そうと助走を付け始める。

 セシルは火を出し続けながらも、自分に直接殺意を向けて来たグレートボアに恐怖し尻もちを着いてしまう。

 すると、助走を付けていた親グレートボアにコッソリ近付いていたマーモの背中からライムが飛び出し、グレートボアの目に覆いかぶさる。ライムは半透明な為、親グレートボアの視力は完全に奪える訳ではないが、確実に見えにくくなり、ライムを振り落とそうと首を振って暴れる。

 ライムはしがみ付いた状態でグレートボアの目に直接火の魔法を当てる。


「ブォオオオオオ」


 目が焼かれる激痛にさらに激しく暴れるが、ライムによって両目とも焼かれて視力を完全に失ってしまい、適当な場所に体当たりを繰り返す。

 ライムは木に当たりそうになった為、ぴょんと飛び退いて難を逃れる。

 親グレートボアは木にまともに激突してドオオオンと大きい音をさせるが、まるでダメージが無いかの様に暴れ続ける。

 すると、セシルの火がようやく身体に着き始めたようで、お腹の辺りから煙がモクモクと上がり始める。


「ブキイイイイイ」


 さらに暴れるグレートボアの動きに注意していると、セシルの後から別の鳴き声が聞こえて来る。


「ブモオオオオオオ」


 振り返るとイルネが子グレートボアを2匹共に止めを刺したようだ。


「セシル! 大丈夫!?」

「うん。大丈夫。イル姉は? ごめん。僕が声を掛けたせいで怪我しちゃった?」

「いや、少し背中を強く打ったけど問題ないよ。セシルのお陰で助かった。ありがとう」

「良かった!」

「あの親グレートボアに着いてる火を消せる? 森に火が移るとまずい」

 雨はまだ弱く、火を消すほどは降っていない。


「分かった! ライム、マーモ水で火を消して!!」


 セシルも火を水に替えて1人と2匹で、未だ暴れているグレートボアに水をかける。

 イルネも引力の生活魔法を使えるが、魔力が少ない為この場では使えない。使って魔力切れを起こすと脱力して帰る事も難しくなるからだ。


「セシル。燃え移りそうな所にも水をかけて!」

 イルネはグレートボアを斬っては離れを繰り返しながら追い詰めていく。


「分かった!」


 グレートボアに着いていた火も消え、セシル達は火がくすぶってる木々に水を当てていく。


「延焼は大丈夫そうね」


 イルネはグレートボアに集中する。


「グレートボアに近づかないようにね」


 注意を促してから、さらに何度か斬り付け、動きが弱まった来た所で一気にクビに剣を突きさす。


「ブモオオオオ」


 親グレートボアもようやく倒れ、ビクビクとしている。


「はぁ~疲れた~」

「イル姉お疲れさま!」

「セシルありがとうね。あのままだったら食べられてたかも」

「戻って来て良かった~」

「でもっ! 戻ってきちゃダメよっ!!」

「えっ? でも……」

「今回はたまたま上手く行ったけど、こんな上手く行く事なんてほとんどないわ。私が逃げてと言ったら逃げ続けるの! 分かった?」

「でも……」

「でもじゃない!! 分かった?」

「……分かった」

「助かったのは事実だからそんなにシュンとしないで! 今回だけはセシルの判断が正解だったわ! ありがとうね!」

「うんっ!!」


「よし! じゃあ、このままだと大きすぎて持って帰れないから解体して持って帰ろうか!」


 イルネがセシルに説明しながらグレートボアの魔石と角、牙と一部のお肉だけ切り取る。

 その間にマーモがイルネが投げ捨てた背負い籠をもってきてくれた。

 ライムは時間が許す限り、余っている肉を食べている。


 イルネは解体しながら脳内で、先程のグレートボアの戦闘を振り返る。戦闘が終わるとすぐ反省をするのは癖になっている。

 脳内再生をしていてハッとする。


「あれ? セシル」

「何?」

「セシル……私の思い違いじゃなければ、魔法曲げてなかった?」

「うん。曲がれ~って思ったら曲げれた」

「え? そんな簡単なものじゃないよね?」

「うん。ライオット様が大賢者伝説の1つだって言ってた」

「え? それが曲がれーって思うだけで出来たの?」

「ライオット様の授業で魔力操作の練習してるからだと思う。ライオット様のお陰だね」

「まだ1ヵ月も経ってないのだけれど」


イルネは驚きを通り越して呆れるのだった。


「ライムとマーモにも時間ある時にそれ教えてあげるといいよ」

「うん! 分かった!」

「あっ! 森の中でむやみに火の魔法を使わない事! それと、天気が悪い時は火魔法は着火時に雷の魔法を使うんだから使ってはダメよ! 雷が落ちちゃうわ」


「……はーい」


 そんな話をしながら解体を終える。

 持ち帰る事が出来ない部位は、燃やすか埋めるかしたい所だが、重量的に埋めるのは難しく、燃やすのも森の中だったので諦めた。


 バーキンは戦闘時も今も、木の上でチュンチュン鳴いているだけだ。


 雨脚がジワジワと強くなってきたので、雨よけマントを着て街に向かう。

 2人とも戦闘で疲れている上に、肉などの荷物もあり、足取りは重い。


 足を引きずるように歩き続けると、ようやく外壁に辿り着く。

 雨の中ではライムとマーモを見て声を掛けてくる子供もいない。

 スムーズに門を通過し、冒険者ギルドに向かう。


「もう疲れたぁ~」

「今日は疲れたわね。グレートボアの鍋にして元気を付けましょう」


 冒険者ギルドの倉庫に向かい順番を待つ。

 雨で切り上げて来た冒険者が多いのか混み合っている。

 しばらく待つと番号で呼ばれ薬草とグレートボアの角、魔石を渡していく。


「ん? これはどうしました? ギルドカードは鉛ランクなのでグレートボアの討伐依頼は受注出来ないと思いますが」

「ああ。薬草の採集をしたらグレートボアの親子に襲われたのだ」

「なるほど。お二人とその2匹で討伐されたんですか?」

「ああそうだ」


 職員は小さい子供であるセシルが討伐の役にたったのか訝しんだが、大賢者であればそんな事もあるのかと1人で納得する。


「よくご無事でしたね。依頼を受けての討伐では無いので冒険者ランクの査定ポイントに加算されませんがよろしいでしょうか?」


「買い取りはしてもらえるのだろう?」


「それは大丈夫です。あっそうそう。お肉は売るものはありませんか? 最近、供給があまりなくて少しお高く買い取れますが」


「素材を買い取って貰えるのなら査定ポイントは加算されなくても問題ない。薬草分だけ加算してくれればいい。それとお肉は我々が食べる分しか持ってくることが出来なかった。すまないな」


「それならば仕方ないですね。ではこの木札を持って査定をお待ちください」


 木札を貰い、受け取りカウンターの近くの椅子に座って待つ。

 すると、どこからか声が聞こえて来た。


「おっ! バッカの童貞を捧げられたイルネ様じゃねーか」

「バカッ! やめとけっ」


 イルネがピクッと反応する。

 周りを見渡し不自然に目を逸らす男に、ゆらりと近付いて声を掛ける。

 イルネは疲れも相まって頗る機嫌が悪い。


「おい。今言ったのはお前か?」


「いえ、違います」

 男は震えながら答える。


「ここら辺で聞こえたぞ。お前だろ? お前じゃないなら誰だ?」

「おっ俺じゃないです。コイツです!」

「あっお前売りやがったな!」

「お前か?」

「申し訳ございませんでした~!!」


 慌てて土下座をする。

「さっき言った言葉を繰り返してみろ」

「いえ、それは……」

「言え」

「……ばっ……バッカの童貞を捧げられたイルネ様」


イルネからぶわっと怒りのオーラが放たれる。

「あ”?」

「ひっ」

「なんだそれは? どういう意味だ?」

「おっ俺は知らねー……です。バッカの野郎が自分で言ってたんですよ! 『イルネ様に童貞を捧げる事にした』って」

「それは本当だろうな?」


 確認しながらも、バッカが以前そのような事をイルネに宣言した事を思い出す。


「本当です! 神に誓って嘘は付いてません!!

「バッカに伝えておけ。『次に会ったら覚えておけ』と」

「はひぃ! 必ず!」

「それと私は『アイツの童貞なんか捧げられても、受け取るつもりなんて一ミリも無い』この話も広めておけ。次また同じような噂話をする輩がいたら、話した本人とその責任者として、お前のもちょん切るぞ。いいな?」

「そんな殺生な」

「いいな?」

「……はい」

「分かればいい」


「……チッ鉛級冒険者のくせに」


 男が去り際にボソッと呟いたのがイルネに聞こえた。

「あ”!?」


 男は後ろも振り向かず凄いスピードで冒険者ギルドから走り去って行ったのだった。


「63番の方~」


 イルネがイライラしているとセシル達の番号が呼ばれ、受け取りカウンターに向かう。


「鉛級でグレートボアを退治されたのは凄いですね! さすが騎士様と未来の大賢者様です」

「正直、かなり危なかった」

「それはそうでしょう。銀級であってもグレートボアの親と子2匹を安全に倒すには4~5人は必要でしょうね」

「セシルが頑張ってくれたから助かったよ」


「……セシル様が戦闘に参加されたのですか?」

「魔法でだけどな」

「こんな可愛らしい子が……流石は大賢者の卵と言われるだけはありますね。――ああ、聞いていると思いますが、冒険者のランク評価に今回の討伐は入れる事が出来ませんのでご了承ください」

「大丈夫だ。聞いている」

「では今回の報酬は全部で2万5200ギルとなっております。お確かめください」


 銀貨が5枚と小銅貨が4枚渡された。


「確かに」


 イルネは通貨を数えると頷き、カウンターから立ち去る。


「今日は稼げたね!」

「う~ん。肉をたくさん運ぶことが出来れば1月分くらいの収入にはなったでしょうけど、危険を犯したわりに収入は少なめですね」

「そうなんだ」

「ええ。力仕事3日分って感じです」

「お肉はたくさん買える?」

「それはもう。持って帰って来たグレートボアの肉とは別に、お腹いっぱい食べてもお釣りが来るだけのお金は稼げてますよ」

「ライム、マーモ良かったね!」

「ナー!」

 ライムはぴょんぴょんと跳ねている。

 ライムはすでに森でグレートボアを食べているが、家でもたくさん食べそうな勢いだ。


 セシルは初めて接待無しの野生の魔物との戦闘で、夜は興奮して中々寝付け無かったが、マーモをもふもふしている内に眠りに落ちる事が出来た。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る