第63話 魔法の進捗

 ライオットの授業の魔力コントロールはだいぶ慣れて来て、授業時間内ではそこまで疲れなくなってきていた。


「よし、そろそろ良さそうだな。明日は外に出て出力が増やせるか確認しに行こう」



 翌日、他の生徒に混じりグラウンドに出て行く。

 グラウンドに出ると、どこからかバーキンが肩に乗って来た。


「あら? セシルも今日は外でやりますの? それと前から聞いてますけれど、その鳥は何ですの?」

「はい。出力が増えたかどうか確認するそうです」

「それは楽しみね! 実際どうなの? それとその鳥は何ですの?」

「自信無いです」

「そうですの? いつもはどんな練習してたのかしら? それとその鳥は何ですの?」

「魔力のコントロールの練習をずっとやってました」

「宮廷魔術師のライオット様が指導してらっしゃるのですから、きっと成長してますわ! 鳥の事を教えんかいっ!?」 

「鳥はバーキンです」

「バーキンという種類の鳥かしら? 可愛いですわね。実は私、その鳥が気に入りましたの」

「いえ、バーキンという名前です。イルネが名付けました」

「種類は何ていうのでしょう?」

「おーい集まれー! 授業始めるぞー!」

「ぬっ。いつも最後まで聞けませんわね。後で詳しく聞かせていただきますわ。では頑張ってくださいませ」

「マリー様も頑張ってください」





「ライオット様、こんにちは」

「ああ。こんにちは。よし、早速だが水の魔法を的に向かって撃ってみてくれ」


 場所は試験の時に使った水が溜められているグラウンドだ。


「はい」


 少し離れた所にいる他の生徒も、久しぶりにセシルが魔法を使うところを見たくて、先生の話を聞かずにセシルの方を見ている。

 それもそのはず。宮廷魔術師が大賢者の卵に付きっきりで指導していたのだ。どれ程の魔法が見れるか皆興味津々だった。

 注意しようとした先生も諦めてセシルの方を見る事にしたようだ。先生自身も興味があったのは否めない。


 密かに注目を集めていたセシルが魔法を放つ。


 どよめきが起きる。

 試験の時と全く変わっていなかったのだ。


 徐々に強くするのか? と誰もが疑問に思ったが、次に撃ったのも2センチ程の小さい水だった。

 セシルも不安に思ってライオットを見る。


「セシル、魔力のコントロールの練習をしたろう? 細く細くする事を練習したな?」

「はい」

「では逆に出来るだけ太くしてみなさい。出来るかな?」

「やってみます」


 セシルはいつものように地面に座り込み、目を瞑り自分の魔力に集中し一気にまとまった魔力を身体に巡らせる。身体が熱くなる。

 セシルからは大量の汗が流れている。否応にも期待が高まる。


「出来ました!」


「よし、それを放ってみよ!」


 セシルは目を開いて立ち上がり、手に魔力を集め水の魔法を放つ。

 セシルやライオットを含め、全員の目が見開いた。


 3センチほどの水が飛び出したのだ。

 セシルはその後、崩れるように膝から地面に付き息を荒げる。


「「「……」」」


「「「ぎゃあーはっはっはっ」」」


 しばしの静寂の後、ゴライアスを中心に爆笑が起き上がった。


「ひっーひっひっ。なんだよ! あんだけ溜めた後にあれだけかよ!? わざと笑わせてるんじゃねぇのか?」


 さらにドッと笑いが起きる。

 ここまで盛り上がってしまうとクリスタも注意がしにくい。


 ライオットも焦っていた。

 ライオットからはセシルの魔力を直接見る事は出来ないが、細い魔力を長時間コントロールする事が出来るセシルが、短時間で大量の汗をかいているのだ。想像を超える魔力が動いた事が容易に想像できる。

 それなのに出て来た魔力はほんの少しなのだ。理解が出来ない。

 魔力大量消費を抑える為の危険装置の可能性という予想も聞かされていたが、魔力を練っても出せない方が危なくないだろうか?


「――もっ申し訳ございません」

「……いや、小さいとはいえ以前の1.5倍も大きくなっているからね。まだ可能性はあるよ」


 ライオットはようやく立ち上がったセシルを見ながら質問する。


「さっき水を出力した魔力量と、同程度の魔力を作り出すことは可能かな?」


「やってみます」

 そう言ってからセシルはまた座り目を瞑った後、深呼吸を始める。

呼吸が落ち着いてくると集中して魔力を動かしていく。


「出来ました」


「じゃあ、それで魔法を撃ってみて」


 先程と同じように立ち上がり魔法を撃つ。

 また3センチほどの水が出る。

 今度はあまり疲れていないようだ。


 他の生徒はもう授業に戻っている。セシルの方をチラチラ見てるのはマリーくらいだ。


「そこに追加するように少しだけ魔力を増やしてみて」


 セシルはグッと力を入れるように魔力を増やすが、水の大きさは変わらなかった。


「今、使われる事が無かった体内の魔力はどうなっている?」


「手の後ろに詰まっているような感じです。気を抜くと消えます」

「ふーむ。集めた魔力を手から出す時になぜ小さくなるか感覚的に分かるかな?」

「何と言うか、出口が小さい気がします」

「なるほど。ではそれを拡げる事が出来るかな?」


「ん~!…………魔力で引っ張って拡げようとしましたけど、ダメでした」

「ではこれからは、出口より少しだけ太い魔力で魔法を出し続けてみよう。風の魔法でいいだろう」

「分かりました」

「魔力が詰まってくるようだったら、時々消してやるといい」

「はい」


 そこからはひたすら風の魔法を出し続けた。

 バーキンはその風を浴びながら悠々と同じ場所で飛び、疲れたらセシルの頭で休むを繰り返していた。セシルの出す風はそよ風レベルなので、飛べるほどの風ではない。羽ばたかないと飛び続けられない為、疲れるのだ。


 ライオットは同じところをグルグルと歩き回りながら考え事をする。

(まずいまずいまずい。このままだと怒られてしまう)


 平民レベルの生活魔法でも1発だけなら拳の大きさ程度の水は出せる。

 付きっきりで教えて平民以下の魔法しか使えませんでした。では非常にマズい。下手したら宮廷魔術師をクビにならないだろうか? と。


 ライオットはどんどん悪い想像をしてしまう。


(いやいや、まだ、まだ大丈夫だ。そうだ! まだ1月ひとつき程度しかやっていないじゃないか。それで1.5倍になったんだぞ。大丈夫だ。定期報告まではあと2月ふたつきほどあるじゃないか。――いや、ちょっと待てよ。タント魔術長が『セシルはおそらく数日、遅くとも1ヵ月もあればトップクラスになると予想される』とか言ってたじゃないか。やばいやばいやばい。トップどころか平民以下だぞ)


「あの、ライオット様?」

「ん?」

「もう授業終わる時間です」

「ああ、そうか。どうだった? 今のやり方で出力は増えそうな感じはあったかな?」

「まだ分からないです」

「今日だけじゃ分からないよな。分かった。では今日はもう帰っていいよ」

「はい。ありがとうございました」




 セシルが帰ろうとしていると、魔力を使い切ってフラフラのマリーから声が掛かった。


「危ない危ない。また鳥の件が分からないままに終わる所でしたわ!」

「マリー様。出力増えませんでした」

「最初に比べるとかなり大きくなったのでなくて?」

「そうですね。……自身が付きました! ありがとうございますマリー様! では失礼します」

「お役に立てたのなら嬉しいわ。ではごきげん……ちょいちょいちょーい!」

「ワザとでしょ? ワザとよね? その肩に乗っている鳥について話に来たのよ!」

「ふふ。マリー様と話すと元気になれます」

「あら、それは嬉しい事言ってくれますわね。また鳥について誤魔化されそうな流れになってないわよね? そろそろその鳥の事を教えてくださいな」

「この鳥はライオット様曰く、ブルーシマエナガじゃないか? と仰っていました」

「ブルーシマエナガと言うのね。どうやって手懐けたのかしら?」

「魔力コントロールの練習してたら何故か寄ってきました」

「従魔という事かしら?」

「いえ、この大きさの魔物はいないそうなので普通の鳥みたいです」

「どうやったら手に入るのかしら?」

「ん~魔力コントロール?」

「そんな事あるのかしら? それだと授業でヘロヘロの私には難しいわね。その鳥……えーっと、バーキンって言ったかしら? 触らせてもらえることは可能かしら?」

「触らせてくれるか分からないですけど、触ってみてもいいですよ」


 マリーが恐る恐るバーキンに手を伸ばすと、バーキンは小さい羽根を羽ばたかせてどこかに飛んで行ってしまった。


「ああ~っ!? どうしましょ!? どこかに行ってしまったわ! 戻ってくるのかしら?」

「さあ? 分かんないです。」

「ええー? まずいじゃない? まずいですわよね? べっ弁償した方がよろしいかしら?」

「そのうち戻ってくると思いますよ」

「えらく落ち着いていますわね。それなら良いのですけれど……もし戻ってこないようでしたら仰ってくださいませ。弁償いたしますわ」

「きっと大丈夫ですよ。今度触る時はエサをやると良いかもです」

「それだと良いのですけれど、エサは何を食べるのでしょう?」

「虫とか」

「それはちょっと無理でございますわ。ではまた戻って来たら別のエサで試させてくださいませ」

「はい分かりました。ではマリー様ごきげんよう」



「なあ、あのチビの周りを飛んでる鳥目障りだよな?」

「ロール様、俺もそう思ってました!」

 ゴライアスが同調する。


「あのチビには手を出すなって言われたけど、その周りの生き物は言われてないよな?」

「言われてませんね。それにさっきチビとマリー様との会話が聞こえて来たのですが、従魔でも無いみたいですし」

「じゃやる事は1つだな」


 宰相の読み通り、ゴライアス達に指示を出してるのは伯爵家のロールだった。

 4人とも実家が貴族偏重主義で平民を毛嫌いしていた。

 セシルに暴力を振るっていた件は、一族諸共『国賊』になりかねなかった為に怒られたが、平民を見下す姿勢は親譲りであった。

 特に男爵家のカバーは一生懸命勉強して、ようやく入れた上位クラスであるのに、成績も悪く魔法も大したことが無い平民が同じクラスにいる事が許せなかったのだ。

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