第64話 回復魔法


 次の日、魔術の授業で風の魔法を使っているとバーキンが肩に乗ってきた。

 セシルもホッとする。

 マリーには落ち着いた様子で返事をしていたが、夜も戻ってこなかったので少し不安になっていたのだ。

 セシルはバーキンの事をもうすっかり家族の一員だと思っていた。


 授業終わりにマリーが話しかけてくる。


「戻って来たのね。安心しましたわ。あの……カイネにお願いして穀物の種を買って来てもらいましたの。食べてもらえるかしら?」

「ちょっと待ってくださいね。……ふむふむ。ふむふむ。虫しか食べないそうです」

「えっ!? セシルは鳥の気持ちも分かるんですの? でもせっかく持ってきたので……」


マリーが袋に入れていた種を手に乗せてバーキンの前に出す。

するとバーキンが凄い勢いでマリーの手に飛び移り、種をモリモリと食べ始めた。


「「……」」


「あなた、さっきバーキンは虫しか食べないと……?」

「マリー様、そんな事より触るチャンスですよ!!」

「そっそうね!」


マリーは食事の邪魔をしないように、空いた手でバーキンを優しくなでる。


「ふわっふわね! 私の見立て通りだわ! ふわっふわだと思ったのよ!」


マリーは満面の笑みだ。


「是非欲しいわ! 譲ってはいただけないかしら?」

「それは……家族なので」

「そうよね。ではカイネに売ってるのを探してもらいますわ! 見付かるまではバーキンをたまに触ってもいいかしら?」

「ちょっと待ってくださいね。ふむふむ。ふむふむ。虫を食べさせてくれないなら、触っちゃダメだそうです」

「いや、流石にもう騙されないわよ。未だに凄い勢いで、種を食べてるじゃない」


 食べ終わるのを見届けてから、マリーと別れる。


 帰宅中は食後の運動なのか、バーキンがセシルの周りを飛び回っていた。途中でガッと壁から音がしたので、そちらに目をやると石が転がっていた。

 セシルは不思議に思いながらも特に気にせず帰宅する。


 そんな日が数日続くと、流石におかしいと思い周りを見渡すと走り去る4人組が見えた。


(またあいつらか。何をやってるんだろう? 石で僕を狙って来た? まさかバーキンを?)


 次の日、マリーに事情を説明する。マリーが授業後にバーキンを触ったりしている間に、4人が石を準備したり、投げやすい場所に隠れたりしていると思ったからだ。


「何それ!? アイツら許せないわ!――だからなのね。最近、魔法の授業で手を抜いてる感じがしたのよ。魔力を使い切った状態では、強く石を投げる元気も無いはずだわ」

「でも、まだほんとにバーキンを狙っているか分からないです。そうかもしれないと言うだけで」

「そうね。でも、私がいる時はセシルの家まで着いて行く事にするわ」

「でも。マリー様にそんな事してもらうわけには」

「大丈夫よ。私がそうしたいのだから」

「ありがとうございます。お願いします」


 その日から時間が合えばマリーが家まで送ってくれるようになり、マリーがいる時は石を投げてくることは無かった。

 それでも念の為にバーキンには飛び回らずに肩に乗るように指示したりしたのだが、バーキンは指示を理解出来る知能は無く、好き勝手に飛び回る。



 そしてその時は来てしまった。


 午前中の授業が終わり、家にお昼ご飯を食べに戻る時だった。お昼に家に戻る時もたまにバーキンが迎えに来ることがあったのだが、それを見られていたようだ。


ガッ!!


「ピギャッ」


「え? バーキン!」

 バーキンに石が命中してしまったのだ。


「よっしゃ!!」


 声が聞こえた方を見ると、男爵家のカバーがガッツポーズして他の3人は「良くやった!」とヘラヘラしながらカバーを褒めていた。


 セシルの家は寮の少しだけ先にあるので、他の生徒はもう寮にある食堂に入っており周りに人はいない。

 ムカッとするが、今はバーキンの治療が先だと思い直す。

 地面にグッタリ横たわるバーキンからは血が流れており、翼が根本から折れているようにも見える。

 セシルはバーキンを抱え、慌てて家に持ち帰る。


「イル姉! イル姉! 玄関開けて!! 早くっ!!」


 ガチャッと音がしてドアが開く。


「そんな慌ててどうしたの?」


「バーキンが怪我した! どうしたらいい!?」


 イルネはバーキンの様子を見て目を見開き、慌てて指示する。


「綺麗な布を持ってくるからその上に静かに置いて!」


 イルネが慌てて布と水を持ってきて、セシルがその上に慎重ににバーキンを寝かせる。

 バーキンは既に鳴けないほど衰弱している。

 ゆっくり水をかけて汚れを流す。


「薬草を塗るけど……傷が酷い。内臓まで達してるかも。そんなに期待出来ないわ」


 傷に効く薬草はあるが、すぐ怪我を治すような便利なものではない。

 擦り傷などの小さい怪我の治療に役立つもので、大怪我などではほぼ役に立たない。


「あれは!? 回復魔法は!?」

「禁止されてるわ。そもそも秘匿されてて、やり方が分からない」

「家の中なら使っても分からないよ! 魔法は全部何かを引き寄せるか弾くかしかないんだから、生命力みたいなのを引き寄せればきっと出来ると思う!」


 このままでは助からない。と思ったイルネはダメもとで頷く。


「分かった。でももし、セシルに何か影響がありそうならすぐ辞めるのよ。一般人には禁術とされているのには理由があるはずだわ。これが守れないなら、やらせる事は出来ない」

「分かった。ちゃんと守るよ」


 セシルはバーキンの傷口に魔力を当て、生命力を引き寄せようとするが生命力が何か分からない。焦る。悩んでる間にもバーキンは弱っていっている。


「イル姉! 生命力って何!?」

「わっ分からないわよ。セシルが生命力って言ったんじゃないの! 自己治癒力? それも何なのか分からないわね……」


 2人とも時間が無いと焦りながら脳をフル回転させる。

 セシルはハッとすると一度魔法を当てるのを止めて、近くにあったナイフで手を薄っすらと切る。


「せっセシル何をするの!?」


 セシルはイルネの言葉には答えず、目を瞑り自分の怪我を治すイメージをしながら魔力を操作する。すると何か自己治癒力と思しき力が集まり、身体が熱くなるのを感じたので、そのまま手から魔力を出してバーキンに当てる。


 バーキンからそれと同じ力を引き出そうとするが反発が大きい。セシルは諦めず、最近覚えた魔力を動かす力でバーキンの身体を巡らせながら治癒力を引っ張って行く。

 すると、ようやく治癒力を引き付けることに成功する。


「来たっ! 絶対助けるからね! もう少し頑張って!」


 バーキンの傷が、端から徐々に、しっかり見なければ変化が分からないほど徐々に修復されていく。

 それを見たセシルとイルネは目を合わせて頷く。


 セシルは大量の汗をかきながら魔法を当て続けると、傷が明らかに小さくなってきているが、異変が起きてる事に気付いた。


 バーキンの羽艶や嘴、足の色が悪くなってきて、身体が細くなってるのだ。


「イル姉! なんかバーキンがおかしくなってきた!……どうしたらいい?」

「分からない。分からないわ。傷は大分小さくなったから魔法を止めた方が良いかもしれないわ」

「分かった。栄養が足りないのかな? 何かエサを食べさせないと! ライム! 虫すぐ捕まえられる!?」


 ライムは準備してたのか、すぐ蟻の死体を数匹出してきた。


 蟻を受け取ったセシルがバーキンの口に運ぶが、食べる元気が無さそうだ。

 食べさせるのを諦めて、水を湿らせた布を口元に持っていき絞ると、垂れた水をコクコクと飲んだ。


「後は、薬草を塗って包帯を巻きましょう。それは私がやるわ」

「うん。元気になってくれるかな?」

「どうだろう……バーキン、歳を取ってるように見えるね」

「色が悪くなってるのってそうなの?」

「うん。捕まえた鳥の年齢を見分ける方法がそうだって聞いた事ある気がするわ。もしかして、治癒魔法って時を進めて治療するのかしら?」

「ううん。僕の治癒力を反応させたから、多分違うと思う」

「でも怪我をした時って、時間が経つと治るでしょ? という事はその人だけの時を進めてるような気がするけど」

「治癒力を無理やり使うと早く歳を取るのかな?」

「だとすると、セシルが治癒力反応させるのって危険なんじゃないの?」

「多分、大丈夫だよ。僕の治癒力は切欠でしかないから、水魔法使う時に体内の水を一瞬使うのと一緒だよ」

「そう。それならいいけど、何か違和感あると思ったら絶対使っちゃダメよ」

「使った相手が歳を取ってしまうなら使えないよ」

「それもそうね。……そう言えば、さっき自分で付けた傷も絶対に治癒魔法を使っちゃダメよ。絶対よ!」

「うん。分かった」

「そういえば、バーキンは何で怪我したの? この前言ってたように、あの4人が石を投げて来たのかしら?」

「うん……石が当たった時、よっしゃって喜んでるのが見えた」

「……許せない」


 バーキンは午前中はイルネと一緒に居る事が多く、イルネはバーキンの事をとても可愛がっていた。



 この事件をマリーにも伝えると、度々セシルの家にお見舞いに来るようになった。

 もちろん回復魔法の事は秘密だ。

 イルネもキリエッタに4人の悪行を伝えたが、セシル自身に危害を加えたのではない上に、証拠が無いと難しい。と言われてガックリして帰って来た。


 数日後バーキンは亡くなってしまった。


 バーキンの遺体は森に埋葬した。

 イルネもマリーもお墓の前で洋服が汚れるのも構わず膝を付いて泣いていた。

 

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