第206話 水場盗り


 セシル達はセシルハウスの前に魔物が集まっていた事により、洞窟の奥のミニ魚っさんの縄張りである水場を奪いに行く事に決め歩き始めた。


「水場までどれくらい時間かかるかな?」

「ん~前回は行きは慎重に行ったし結構時間かかった気がするけど、帰りは道順が分かっているから四半刻(30分)もかからなかった気がする」

「洞窟を四半刻かぁ。しんどいっちゃしんどいけど水場さえ確保出来たらだいぶ安心感出るよな」

「ねぇ水場を奪ったとして、どうやってそこを守るの?」

「……魔物避け?」

「マーモちゃん達が入れなくなるじゃない」

「もし他の魔物が住み着いたらその度に奪うしかないんじゃないか?」

「全然安心感無いじゃん」

「だけど、今はミニ魚っさんがあそこを縄張りにしているって事は、ミニ魚っさんがあの辺りで一番強い勢力だと思うだよ。てことは、後から来たやつはそれより弱いはずだから、まあ大丈夫でしょ」

「そうなのかなぁ」

「そうだよ。それを何度か繰り返したら周りの魔物? も全滅するでしょ」


 セシルはなぜか少し得意気だ


「……全滅」


 ユーナは頬をピクピクと引き攣らせる。

 ヨトが慌てて話を切り替える。


「とりあえず今からの話しようぜ。ミニ魚っさんを全て殺したとして、死体の処理が大変なことにならないか?」

「ライライに任せっきりもダメだよね。流石に量が多すぎからどんだけ時間かかるか分からない。川に流しても詰まっちゃったら大変だし。洞窟の中で燃やすのもダメだし」

「野生のスライムが処理してくれるの待つ?」

「一度にミニ魚っさんを大量に殺してしまったら野生のスライムがいても数日で処理するのは厳しいんじゃないか? そもそもスライムがいるかも分かんねぇし」

「スライムが来るのを何日も待っていいんじゃない? 臭いのを我慢するだけでしょ?」

「いや、死体をそのままにすると病気とか流行るらしいからなるべく処理した方がいいんだよ」

「誰もいないのに誰に流行るの?」

「そりゃ僕らに」

「あっそっか。じゃ殺してすぐに端っこに集めた後、触らなきゃいいんじゃないの?」

「いや……え? そうなのかな?」

「触らなくてもだめだと思うぞ。臭いと一緒に毒もまき散らされるはずだ」

「そうなの?」

「多分な。帝国でも疫病が流行った村があるんだが、村ごと……村人ごと焼かれたぞ。独り身の村人も関係なく焼かれたらしい」

「えっ? 村人全員? 流石にそれはヤバすぎない?」

「他の村を守るために仕方ないだろ? 村を焼いた兵士も後から来た兵士に念のために焼かれたらしいぞ。父さんが母さんと話しているのを聞いた」

「えっ元気な兵士もっ!? 何それおかしくない? 暴動起きないの?」

「あー、王国語で何て言って良いか分からんけど、告げ口するとお金が貰えるってのがあるんだ」

「密告?」

「ミッコウ?」

「ミッコク。えーと、密かに報告する事。ミッコク」


「ミッコク。密告ね。覚えた。そ、上に逆らおうとしている人を密告するとお金が貰える。内容にもよるが重大な案件だった場合、平民が半年は食べて行ける程貰える。だから皆が密告するチャンスを狙っている。

特に代官様のお抱えの兵士は一般的な平民より金も多少あるし、理不尽に逮捕する事もある。そんな事をどっかの馬鹿兵士がやらかすと、すぐ話が広まる。悪い話ってのはある事無い事付け加えられてさらに広まる。

代官様の命令で仕方なくやった仕事であっても兵士が悪者になるしな。そうなると兵士も平民階級なのだけれど平民の敵とみなされて恨まれやすいんだ。てことで、密告対象として狙われやすいんだよ。だからこそ貴族は兵士を雑に扱える。上と下から監視されている兵士が一番文句を言えない立場なんだ」


「帝国ってひどいね」

「まあ燃やされた家族にとってはな。でもそういう決断をお貴族様がする事で小を切り捨てて結局は多くの平民をお守りくださっているんだよ……って習ったが、習ったが……やっぱり俺の母さんが殺された事は納得してないけどな」

「……」

「……」


 何とも気まずい空気が流れる。


「……病気の話だったよね」

「そう。そうだよ。病気ね。えっと室内とかで燃やすのが良くないんだよね? 火を付けてからしばらくここに近寄らなければいいんじゃない? 水の流れもあるしそのうち空気も流れていくでしょ?」

「しばらく水飲めねえじゃねぇか」

「燃やす前に上流側の水を確保しておけばいいのよ」

「ん~そうするしかないか。どれくらい近寄らなければいいんだろう?」

「1日じゃだめかしら?」

「それで良かったとしてどうやって燃やすんだ? 木なんてないぞ」

「ほんとだ。ダメじゃん」

「ライライに消化出来るだけ消化してもらって、残りは細かく刻んで川に流すのは?」

「ミニ魚っさんを切り刻むの? 想像したら吐きそう」

「よく考えたらマーモット達に食べさせたらいいじゃん」

「確かに。あいつら臭いからいったん水洗いしてやれば食べるだろ」

「それでいこう。マーモット達が食べられなかったら最悪、刻み流しって事で」

「倒した後の話ばっかりしいるけど、とりあえず俺らがミニ魚っさんに勝てないとどうしようもないけどな」

「たしかに」

「話変わるけど、靴破けたままだから帰ったら作ってくれないか? 穴をズラして履いてるけど多分片道ももたないかも」

「あー完全に忘れていた。ティタノボアの鱗が靴に使えたら良いんだけどなぁ」


 ヨトはティタノボアの鱗で作った鎧をコンコンと叩く


「硬いし、洞窟なんか歩いたらずっと音が出ちゃうよな」

「ん~素材どうしようか?」

「明日にはアンキロドラゴンの死体周りも落ち着いている可能性ないか? アンキロドラゴンの甲羅は堅そうだがお腹周りの皮膚なら音が出ない靴作れるんじゃないか?」

「僕の斥力魔法でも削れなさそうだからライライにやってもらおうか。魔物はアンキロドラゴンの死体の臭いが無くなるまで集まり続けるんじゃない?」

「何それ地獄だな。そうなると困るな」

「最悪ミニ魚っさんの皮だね」

「めちゃくちゃ嫌だけど、一度乾かして試してみるか」


 ヨトの何の気負いも無いセリフに違和感を覚えたセシルは、ヨトを訝しげに見る。


「……ねぇ? もしかして僕にやってもらおうとしてないよね? 皮剥ぎと鞣しは自分でやってよ?」

「いやいや……えっ? やってくれない感じ?」

「そりゃそうだよ!」

「俺が……皮を? うぷっ」

「やるの想像しただけで吐きそうになっているじゃん。それを僕にやらせないでよ」

「人型は、うぷっ、キツイよね」


 ユーナも想像してうぷうぷ言い始めた。


「僕も人型たくさん殺して来たけどさ~皮を剥ぐのはやっぱりちょっと、いやちょっとどころか結構キツイよ。ヨトはよくそんな感じでそれを身に纏おうと思うよね」

「……靴に仕上がった状態で渡されるのならギリセーフかな……と」

「ユーナ、こんな嫌な事を人に押し付けようとしていたお兄ちゃんを見てどう思う?」

「良くないとは思うけど、気持ちは分かる」

「分かっちゃうかぁ」


 話ながら時々現れるトンボの様な虫や蝙蝠を倒し、マーモット達に食べさせながら順調に歩を進める。

 前回、目印を付けていたので迷う事もない。


「魚っさんとか現れなかったな」

「アンキロドラゴンが凄い咆哮してたからね。ビビり散らかしてんじゃない?」

「たしかにそうかも」

「おっそろそろだね」


 目印が水場が近い事を示している。


「ナー」


 マーモの合図で会話を止める。

 恐らくミニ魚っさんだろうと当たりを付け、人間3人が簡易盾を構える。

 マーモット達は数メートル後ろで待機だ。

 一応マーモがマーモット達の護衛役と、火魔法で明り取り役を兼任している。

 30匹の集団には蝋燭ほどの火はあまりに少ない光だが、無いよりはマシだ。


 先頭はセシルが務め、その足元でライライが身体をピカピカと光らせている。


 セシルは照らされた見覚えのある景色に、道に間違いが無かったと若干の安堵と緊張感をもって慎重に歩を進める。


 50mほど先は左に曲がっており見通しが悪くなっている。

 そこを曲がると水場のハズだ。


 曲がり角まで進むとセシルが止まれの合図を出し、盾を構えながら左に曲がった先をそーっと覗き込む。

 以前の巻き戻しの様な行動だ。


 ライライの光で薄暗く見える先は、曲がり角と同時に少し急な角度で下ったそこには大広間のような大きい空間がある。

 

 覗くとほぼ同時に石が飛んできた。


「うおっ」ガキッ ガンッ


 ミニ魚っさんは視力は恐らく無いが、嗅覚や聴覚はマーモを遥かにしのぐと予想している。

 こちらが気付いているならば相手はもっと早く気付き構えていたのだろう。


 シャー キシャー キシャー


 複数の個体が少し離れた所から石を投げて来た。

 これも前回と一緒だ。

 以前もこの方法でセシル達を追い返せたので有効だと考えているのだろう。

 ミニ魚っさんは魚っさんより身体は小さいが知恵が回る。


「やっぱりマーモも前に来て斥力魔法で倒すの手伝って!」

「ナー!」

「ヨト、ユーナはライライとマーモを守って!」

「うんっ」「おう」


 前回と違うのはこちらにミツビオアルマジロの盾が増えた事だ。

 マーモの背中にも子供のミツビオアルマジロの甲羅がロープで無理やり括り付けられている。

 マーモの身体に対して甲羅は小さく、背中にこんもり乗っているだけなので守りの効果があるのかどうかは非常に怪しい。

 頭に装備したかったが、マーモの立派な角が邪魔で付けられなかった。

 時間がある時にまた穴を開けて作り直すだろう。


 ガッ ガチンッ


 投石を防ぎながら斥力魔法を撃っていくが、盾で視線が度々途切れ、狙いが定まらない上にミニ魚っさんは魔力の匂いに敏感な為、なかなか当てる事が難しい。


「ん~っ、当たらない!」

「セシルさん、すごいを思い付いたかもしれない」

「何!?」

「ミニ魚っさん達って音と臭いが敏感なんだよね?」

「たぶんね」

「マーモちゃん達に思いっきり叫んでもらったらどう?」

「名案だな!!」


 ヨトはすぐさま賛同する。


「大きい声出した所でそこまでダメージあるの?」

「それは分からないけど、動きが鈍りでもしたらラッキーじゃない?」

「……確かに、やってみようか。でも僕達もそうだけど洞窟だからマーモット達も自分たちの声が響いてキーンってなるんじゃない?」

「なんか耳に詰める物が欲しいね」

「なんかあるかな?」

「あっ、あー……」


 ヨトが変な事を思いついてしまったという若干の後悔をした顔をする。


「何? 何か思いついたの?」

「あっいや、そのトンボいただろ?」

「うん。えっまさか?」

「あれの尻尾を耳に突っ込めば……」

「えぇっ」

「……やるしかないんじゃない?」

「えっセシルさんほんとにやるの!?」

「泥を耳に詰める訳にはいかないでしょ?」

「それはそうだけど」

「ほらっ戻るよ」

「ほんとのほんとに!? 尻尾に毒ないよねっ!?」

「……」

「……」

「何か言ってよ!」

「ほらっ戻るよ」

「言って欲しいのはそれじゃないっ!!」



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