第20話 ゴブリンの襲来


 ある日、コルト隊長から村人の男達を集めて説明があった。

 夜中に畑の下見に来ているであろうゴブリンの足跡が複数見付かったと。


 村人達はザワザワとするが騎士達は落ち着いていた。

 コルト隊長が続けて話す。


「おそらく数日以内に集まって一気に作物を盗りに来るだろう。日々、駆除をしているのだが、まだゴブリンの巣は見付かっていない」


 村人たちはさらに不安そうな顔をする。


「だが、偵察の人数や駆除の数から想定すると恐らくそんな大きい数では無いだろう。多くても50程度だと思われる。実際はもっと少ないだろう。はっきり言って森から出て来たゴブリンなど我々騎士の相手ではない。が、やはり牽制の人数は必要だ。まずは手ごろな石を大量に集めて欲しい。後は現れた際に鐘を鳴らすので家の扉はしっかり閉じて、男衆だけ石投げ隊として出て来て欲しい。直接的な戦闘は我々が行うから安心して欲しい」


 不安ながらも村人たちは少し安堵した顔をする。

 村長が代表して答える。


「分かりました。指示をお願いします」



 柵の補修と篝火の準備、さらに各地に石を配置していく。やる事はこれだけだった。

 あまりにもやる事が少なくて村人は不安に思ったくらいだ。


 その二日後、コルトの読み通り夜中にゴブリンが大量にきた。

 村に鐘がガンガンとなり、寝てた村人が慌てて動き出す。

 村の男衆が集まった時には篝火が焚かれ、ゴブリンが森から出てくるのがハッキリ見えた。

 予定通りに、周り込もうとするゴブリンには村の男たちが石を投げ牽制し、畑の作物を盗ろうとするゴブリンを騎士がどんどん倒していく。

 畑はどうしても踏み荒らされてしまうが、そればかりはどうしようもない。

 なるべく被害が無いようにする事と、後始末を騎士が手伝おう事になっている。通常ここまでフォローする領地など、ここ以外に無い事は領民だ誰もが理解している為、運の悪さを呪う事はあっても騎士や領主に文句を言う物はいない。


 ロディとカーナも騎士に交じって2人1組で着実に倒していく。

 騎士達があまりに圧倒的にゴブリンを倒していくため、緊張していた村人達も呆気に取られたほどだ。

 この辺りは辺境領のさらに辺境である為、金属の武器を持ったゴブリンが居なかったのも幸いしている。

 冒険者が多い街に近い森に住むゴブリンは、死んだ冒険者の剣などを拾って使う事があり、危険度が増す。

 退治するはずの冒険者が魔物を強くすると言うのはなんとも皮肉な事である。



 篝火を付けてはいたが夜だったため、逃げたゴブリンを数匹逃がしてしまったが、現れたゴブリンは3~40匹程度だったようであっという間にほとんどを倒し、1匹だけ生きたまま捕えていた。


 セシル用だ。

 セシルには予め、ゴブリンと戦ってみないか?と打診していたのだ。

 ダラスが「ちゃんとセシルにも魔物を連れてくるから安心しなさい」と確定的に言っていたはずだ が、ダラスの中では打診した事になっているらしい。


 もちろんセシル1人だとほぼ勝ち目がない為、セシルとマーモ、ライムの1人と2匹でゴブリンと戦うのだ。

 魔物の怖さを知っているセシルは最初嫌がっていたが、マーモとライムが前面で戦いセシルが後ろから刺せば良いだけだとの説得でようやく頷いた。


 もちろんマーモとライムが剣を使うのは隠す必要があるので、ゴブリンはセシルの家の庭まで連れてこられた。


 村を襲ってきたゴブリン達の後片付けは他の騎士達に任せ、いつもの3騎士とセシルの両親が見守る中で戦闘が始まろうとしている。

 庭には4隅に篝火を焚いてしっかり相手が見えるようになっている。


 ゴブリンを縛る縄を切ればすぐにでも戦闘開始だ。


 暴れるゴブリンを見たセシルは1年前に魔物の前に連れていかれた事を思い出し青褪めているが、カーナが抱きしめて落ち着かせている。


「大丈夫よ。セシル、あなたなら大丈夫だわ」


 しばらく時間を置いた後、セシルが決意した。


「……頑張る」


 ゴブリンには木の棒が持たされている。


「では良いか?」


 ゴブリンを縛る紐を持ったダラスが問う。

セシルはマーモとライムが剣を構えているのを見て頷く。

 マーモはどちらかと言うと剣を使わない方が動きが速く強いのだが、練習と言う事で持たせている。


「では始めっ」


 ダラスを紐を切ると、サッとゴブリンから離れて見守る。

 ゴブリンは弱いと判断したセシルに真っすぐ向かっていく。


「ヒッ」


 真っすぐ殺意を向けられたセシルは思わず尻もちを付いてしまう。


「セシルっ」


 思わずカーナが声を出してセシルを守ろうと動き出そうとするが、イルネに止められてしまう。

 ロディは手をグッと握りしめて助けに行きたいのを耐えている。


 セシルに走り近づいてくるゴブリンは、尻もちを付いたセシルを『倒せる!』と思い興奮してセシルの事しか目に入らなくなっていた為、マーモが足元に出した剣に気付く事が出来ず引っ掛かってしまい前のめりに倒れる。

 倒れたゴブリンにライムが近付き剣を振りおろす。


「ギャアアアア」


 ライムの力が弱く、切り抜く事は出来なかったが背中に大きい切傷を与えたようだ。


「セシル!! 行けっ!」


 怯えていたセシルはダラスのその一喝で我を取り戻して、剣をを握って立ち上がりゴブリンに向かっていく。

 マーモが空気を読み、暴れるゴブリンの背中に乗って動きを抑え、その間にライムが剣を捨て、ゴブリンの腕を取って関節技を掛けて動きを止める。


 完全に接待である。


 ゴブリンに剣が届く範囲になったセシルはまた「ヒッ」と止まってしまうが、またダラスの一喝が入る。


「やれっ! 首に突き刺せ! 間違ってライムとマーモを傷つけたく無かったら目を瞑るな!!」


 セシルは涙を流し嗚咽しながら、首に剣先を当ててまた止まってしまう。

 ダラスがまた声を掛ける「やれっ!!」

 その言葉にセシルは一気に突き刺す。


 手の感触の気持ち悪さに剣を手放しまた尻もちを付き、お漏らしをしてしまった。

 そんな事はお構いなしにロディとカーナはセシルに駆け寄って抱きしめる。


「よくやった!」

「セシルよくやったわよ! えらいわ」


 イルネは自分も寄って抱きしめたいが、グッと抑えている。

 自分のターンは明日だ。明日抱きしめてやるのだと大望を抱きながら。


 こうしてセシルの魔物討伐デビュー(接待)が完了した。


 コルト隊長とダラスはまさか従魔がここまで完璧な接待をするとは思わず、呆れていたが2匹の有用性は十分に理解出来た。



 ちなみに逃げ帰ったゴブリンと残りのゴブリンの巣の討伐は数日後あっという間に終わった。

 オスの働きゴブリンは先日の戦闘でほとんど壊滅しており、討伐は虐殺に近かったようだ。

 巣の討伐は思わぬ反撃を受ける可能性が高く危険が大きい為、セシルファミリーは全員不参加であった。

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