第78話 辺境領への連絡
「なんだとっ!? イルネが亡くなった? セシル付きの、あのイルネか?」
「ハッ。仰る通りです。骨壺は両親のもとに届けました」
イルネの死から約1ヶ月後、トラウス辺境領の領主館に訃報は届けられた。
ここにはリビエールの父である領主リンドル、その右腕であるマルエット、魔術師のルーレイ、手紙を届けた騎士がおり、後ろに執事長のサルーと侍女長のサルエルが控えている。
イルネが亡くなったと言う言葉にサルエルがピクッと反応するが、すぐさま感情を抑える。
2年前とは言え1~2か月ほどみっちり指導していたのだ、情もある。
「詳細を話せ」
「ハッ。どうやら、セシル様を狙った犯行を、身を挺して守り、命を失ったようです」
「セシルを狙った? セシルは無事なのか? 相手は他国か?」
「怪我も無くご無事です。セシル殿の証言のみで証拠はありませんが、同級生の犯行のようです。その……ずっとセシル殿は、その者達にイジメられていた様で」
「イジメ? 入学当初のイジメの件は報告を受けているが、その後リビエールにセシルの面倒を見る様に言っていたはずだが?」
「申し訳ございません。そこまでは把握が出来ておりません」
「それもそうだな。分かった。とりあえず……イルネは騎士としての職務を全うしたのだな。情報を精査した後、問題が無ければイルネを騎士序列の2階級昇進と遺族には特別弔慰金を払う。私から後日手紙を送るが、ひとまず遺族にはお悔やみを伝えておいてくれ。では下がってよい」
「ハッ。畏まりました。失礼いたします」
騎士が出て行ってからは、リビエールや騎士からの報告などを読み、情報を精査し方針を決めていく。
「セシルの魔法は相変わらず威力が上がっていないようだな。無尽蔵の魔力を入れても平民2人分、またはそれ以下と評価されていると。……このままでは不当な扱いをされ宮廷魔術師の実験台にされるのが目に見えているな。ルーレイどう思う?」
「宮廷魔術師が直接指導していてセシルの能力に気が付かないのも妙な話ですな。従魔の件に関しては意図して隠していますが、以前のイルネ殿の報告によると魔法を曲げる事が出来たはず。特にそれは隠すように指示してなかったと記憶しているのですが」
「そうなのだ。何かおかしい……だが現実にセシルは不憫なまでに評価されておらぬようだ」
「評価されていないという事は、学院に通わせる必要も無いのでは? 報告によると、学院に通わせる事すら疑問視されてるようではないですか。このままではセシルを不幸にしてしまいます。領地に呼び戻しては?」
「そうだな。学院を辞めて領地に戻ってもらおうか。ここでなら、いくらでも役に立ってもらえるだろう。リビエールに上手く伝えてもらうとしよう。子供同士の方が気持ちが分かるであろうし、これもリビエールの人を扱う練習にもなろう。セシルの送迎も兼ねて早速、騎士の使いを出してくれ」
☆
トラウス辺境領から王都に向けて再度使いを出した1週間後、手紙はトルカ村のセシルの両親まで届けられた。
「いつもありがとうございます!」
「おっ手紙か! 騎士様ありがとうございます!」
「いや、これくらい大した事無い。それと今回は手紙と他に連絡が……」
「なんでしょう?」
「イルネという騎士は覚えてるだろうか?」
「もちろんです!」
「亡くなったそうだ」
「えっ? ……イルネ様が?」
「……何故でしょうか?」
「その、詳細は分からんが、ご子息を守って立派な最後だったと」
「セシルを守って? セシルは無事なのですか!?」
「ご子息は怪我も無いと聞いている」
イルネが亡くなったのに、セシルの無事を聞いてホッとした気持ちになった事に罪悪感を覚えながら詳細を訊ねる。
「セシルを守って、というのはどういう事でしょうか? 冒険者のお仕事ですか? それとも他に?」
「先程も言ったが詳細は聞いておらんのだ。もしかしたらご子息の手紙に書いてあるかもしれぬ」
「ありがとうございます。イルネ様のご親族の方にはこちらからは何をすればよろしいでしょうか?」
「騎士も騎士の家族も、死ぬ事も職務の1つだと理解している。警護対象を無傷で守り、騎士として最高の仕事をした。階級も2段階昇進する事になった。……礼も謝罪も不要だ」
「でも守ってくださった方に……」
「はっきり言おう、職務を全うし、死ぬ事は誉だと、家族は無理やり心の折り合いを付けようとするのだ。そんな時に助けられた側がやってきてみろ? 『自分の娘がこの人達の為に死んだのだ』と頭を過ってしまう。『それだけの価値がこの人達にあるのか?』とな。理性では職務を全うしたと分かっていてもだ。だから連絡しない事が優しさだと思ってくれ。お礼だけは伝えておこう」
説明する騎士の手は強く握られ、震えていた。知り合いの騎士がこうやって亡くなる事は珍しい事ではない。だが慣れる事もない。
「……分かりました。よろしくお願いします。……手紙ありがとうございました」
ロディは気丈に答え、カーナは泣いて頭を下げていた。
騎士が去って行くと、カーナはロディの胸に抱き付く。
イルネとは7~8カ月と、長くはない時間だったが、濃密な時間を一緒に過ごした相手だ。
しかも、自分より若い女の子が自分の息子の為に命を散らせてしまった。
イルネを思う悲しさと申し訳なさ、さらに相手の家族の事を思うと涙が溢れてくる。
「部屋に戻ってセシルの手紙を読もう」
ロディはカーナの背中をポンポンと優しく叩きながら、家の中に連れて行く。
椅子に座らせ暖かい飲み物を入れる。カーナが飲み物を飲んでしばらくすると落ち着く事が出来たので、セシルの手紙を読むことにした。
「セシルの手紙を読もうか!」
あえてロディは明るい声で言う。イルネの死後に書かれた手紙なら楽しい内容のはずもないのに。
そう思っていたロディの想像は裏切られる。
おかしい。
イルネの死後に書かれた手紙であるなら、明るい内容のはずがないのに。
「なあ母さん、この手紙おかしくないか?]
「そうね。……なんでイルネ様が亡くなった事が書かれてないのかしら? 亡くなる前に書いたの? それにしても、なんでこんなにシワシワなのかな? 綺麗な所とシワシワな所と……これ、涙じゃない? これが涙の痕なら、やっぱりイルネ様の死後に書かれてると言う事よね?」
「……ちょっと待て、このシワ見覚えがあるぞ? 前回の手紙にも……」
ドタドタと戸棚を開け、手紙を取り出す。
「ほらっ! これと一緒だ!」
「今回のより少ないけど、ポツポツとあるわね……気にしてなかったわ。……え? ちょっと待って、前回も泣きながら書いたって事?」
「どういう事だ? 学院で楽しくやっていたんじゃないのか?」
「それに、あなたの言う通り、今回の手紙の内容やっぱりおかしいわ。最後の『産んでくれて、育ててくれて、あいしてくれて、ありがとう』って、……ねぇ? 最期の言葉みたいじゃない」
「……え?……最期の?」
2人は全身が粟立つ。
「ちょっちょっと最期ってどういう事よ?」
「母さんが言ったんじゃないか! いいか? 深呼吸だ。落ち着いて。落ち着いたらもう一度読むぞ」
2人で深呼吸を数回繰り返し、改めて読み直す。
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お手紙ありがとう。
ぼくも元気です。
毎日勉強して、こんなに字も上達しました。
ライムとマーモも元気いっぱいで、一緒に剣の練習もしています。
イル姉が「セシルは、きし科でも通用するぞ」って言ってくれました。
ま法も僕にしか出来ない事がたくさんあるんだよ。
学院を卒ぎょうすると、き族になれるんだって。
とうぜんだよね! だってお父さんとお母さんの息子だもん。
いつも言っていたよね「私たちの息子は天才だ」って。
貴族になったら、お父さんとお母さんを楽させることが出来るね。
世界一のこうこう息子でしょ?
お父さん、お母さん あいしています。
産んでくれて、育ててくれて、あいしてくれて、ありがとう。
元気でね
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カーナの手紙を持つ手が小刻みに震え、セシルの手紙の涙の痕にカーナの涙が重なる。
「セシル……どういうつもりなの? ねぇ、どういう気持ちでこの手紙書いたの? ねぇ、答えてよ。セシル……」
「母さん……」
「……心臓が、バクバクして手が震えちゃうの……セシルに、セシルに会いに行かなきゃっ!!」
「……」
ロディは黙って何度も手紙を読み返す。
「あなたっ!! 今すぐセシルに会いに行かないと!! 聞いてる!? あなたっ!!」
「そうだ! すぐにでも行……いや少し落ち着くんだ、いや、俺もそわそわするんだ、ああ……」
「分かったわ! 分かったから! 落ち着きましょう!!! 深呼吸よ。一緒に、深呼吸」
すーはー。すーはー。と2人で深呼吸を繰り返す。
「落ち着かないけど落ち着いたわね」
「ああ、まだ落ち着かないけど落ち着いた」
「とりあえず、セシルに会いに王都に行く。それはいいわね?」
「ああ。王都に行くくらいの貯蓄は……ギリギリある。と思う」
「今日はもう遅いから、明日準備しましょう。私たちは旅慣れていないから、騎士様に必要な物を教えていただきましょう。そして出来るなら明日、出発出来ないかしら?」
「その辺りは騎士様に相談してみよう。とりあえず、今から出来るだけの準備だ」
服や鍋など出来る限りの準備をして床につくが、気ばかり焦ってしまい、その夜は2人とも全く寝付く事が出来なかった。
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