第79話 セシルに会いに


 朝日が顔を出したとほぼ同時に家を出て騎士達の家に向かう。


 ドンドンッドンドンッ

「騎士様! 騎士様!! おはようございます! 騎士様!!」

 ドンドンッ


「何かあったのか!?」

 慌てて騎士のテッドが出てくる。

 騎士達の朝は早く、起きてはいたが、これから活動を始めようとしていた具合だ。


「朝早くにすみません。王都に行きたいのですが、なにぶん私たちは旅の素人な為、必要な物を教えていただけませんか?」

「王都に!? 何故また急に? ちょっと隊長を呼んでくる」


 コルト隊長が来た所で、なりゆきを話す。

「と言う事でして、一刻も早くセシルに会いたいのです」

「なるほど。手紙が書かれたタイミングがイルネの事件の先か後かまでは流石に分からないが……もし事件後に書かれた手紙がこの内容だと、確かに危ないな」


 トルカ村に駐在している騎士達は、辺境領にセシルを呼び戻そうとしている話を聞いていなかった。そして、ロディとカーナの警護の任も兼用している為、この2人をほっておくわけにはいかない。


「それにしても急だな。どうしたものか。トラウスの街までの足はどうするつもりだ?」

「……それは徒歩で」


 トルカ村は田舎過ぎる為、定期馬車なども通っていない。


「徒歩だと4日は掛かるぞ? トラウスから王都までは?」

「それは……徒歩で」

「トラウスからなら馬車の定期便乗り継いでいけば行けるぞ?」

「いや、お金が無いのです」

「なるほど、2日後ここを出発しなさい」

「すぐに行きたいのです!」

「まず2日間、ここで馬の扱いを覚えなさい。歩けるまででいい。結果的にそちらの方が早い」

「でもお金が……」

「ここからトラウスまでは我々の馬を貸そう。騎士も1人同行させる」

「そこまでしてもらうわけには……」

「2人の護衛も我々の任務に入ってるんだよ。全く。勝手な事をされては困るよ」

「もっ申し訳ございません」

「トラウスに着いたら、ダラス様にお願いしてみるさ。あのお方なら喜んで王都まで護衛してくれるだろう」

「師匠が!?」

「暇すぎると愚痴っているらしいからな。もしダラス様がダメでも領主様にお伺いを立てて騎士を融通してもらえるよう交渉するので安心しなさい」

「何から何までありがとうございます」

「とりあえず馬に乗る練習だ。思ったよりしんどいぞ? テッドを指導係と旅の準備係に付けよう」


 それから2日間で馬の練習と準備を終え、出発した。

 移動中はテッドがずっと喋り続けていた。

『2年前、イルネに振られてから付き合い始めた娘とそろそろ結婚する』などの話を2人は心底どうでも良いと思いながらも、準貴族である騎士の話を無視するわけにはいかず、適当に返事をしながらトラウス領に向かう。

 普段なら楽しく聞くであろう2人もセシルの事を考えてしまい余裕がない。


 3人の旅だと、魔物に襲われる回数が多かったが、2年間サボらずに鍛えたロディとカーナには問題は無く、無事に辺境領に着く事が出来た。


 トラウスの街に入ると、テッドの案内で真っすぐダラスの家に向かう。

 直前になってカーナが慌てだす。


「なっ何も用意していなかったのですが大丈夫でしょうか?」

「あの村で用意するも何もないだろ? ダラス様がその様な事を気にする訳がない。大丈夫だ」


 そう言いながら、軽い様子でテッドがコンコンッとドアを叩く。

 ガチャっと音がして年配の侍女が出てくる。


「どなた様でしょうか?」

「騎士のテッドだ。トルカ村から来たロディとカーナも一緒だ。ダラス様に用があって来たのだが、御在宅か?」

「それでしたら、騎士訓練場で訓練されているので、そちらにいらっしゃいます。お帰りになるまで時間が掛かりますが、こちらでお待ちになりますか?」

「いや、訓練場に向かう。礼を言う」


 頭を下げて訓練場に向かう。


「師匠は引退されたのでは?」

「ダラス様が引退して、大人しくしてる姿が想像出来るか?」

「出来ないですね」

「そう言う事だ」



 しばらく歩き訓練場に付くと、そこには元気なダラスとボロボロになって転がっている騎士達がいた。


「師匠!!」

「ん? おお! ロディとカーナではないか! どうしたのだ?」


「実は……」


 説明を聞いたダラスはキョトンとする。


「セシルはここに呼び戻して、ここで教育するそうだぞ?」

「え? それはどういう事ですか?」

「いや、なんでも何故かセシルの魔法が学院で評価されてないようでな。学院に通わせる事にすら疑問の声が上がっているそうなのだ。それならばここで教育をした方が良いと判断したそうだ」

「え? セシルの手紙では魔法の才能を褒められていると書かれていましたが?」

「ふむ。セシルが上手く行ってない事を隠してたのか?」

「いつから? もしかしてずっと? ……友達がいるというのは本当? これも嘘?」

「母さん落ち着いて。……どうする? セシルがここに来るなら待つ手もあるけど?」

「……いえ、行くわ! 一刻も早くセシルに会わなければならない気がするの」

「俺も賛成だ。すれ違いが心配だが……」

「そういう事であるなら、儂が帯同しよう。道中の領主に挨拶なども無いから、道は決まっておる。すれ違う事もほぼ無いだろう」

「師匠、良いのですか?」

「なあに暇しておったのだ。それにこやつ等もそろそろ儂に行って欲しいだろうしな?」


 ダラスが倒れている騎士達の方を見ると、皆が目を逸らした。


「それで、どうやって王都まで行くつもりだ?」

「それが……」

「それは私が説明します。領主様に許可を取って、軍馬をお借り出来ないか相談をしようと思っております」

「ふむ? ロディとカーナは馬に乗のか?」

「この為に短期で練習させました。走らせるのは不安がありますが、歩くだけなら特に問題ありません」

「なるほど。リンドル様への報告は済んでおるか?」

「いえ、ダラス様のお返事次第で報告内容が変わるので、まだしておりません」

「分かった。では私から報告する。テッド、そなたはもうトルカ村に戻って良い」

「ハッ! 失礼いたします!」

「ロディとカーナは少し待ってなさい。すぐ行ってくる」


 普通、引退した騎士が簡単に領主に会う事など出来ないが、ダラスはそういう事が許されている。というよりも誰も止められない。



「リンドル様!」

「なんだ騒がしい! 引退したんだから少しは落ち着け!」

「はっはっはっリンドル様も無茶を言いなさる。実はですな――」


「――なるほど。しかし、両親がわざわざ行く意味があるのか?」

「イルネが亡くなってセシルも不安だろうから、両親がいると安心させる事が出来るのでは?」

「セシルも精神が強くない所があるからな。まあそういう事なら許そう。将来的にこの辺境伯を支えてくれる魔術師になるはずだしな。セシルの道中の警護にダラスが増えると安心出来る」

「では軍馬を3頭お借りします。失礼」

「ちょっと待て!! ロディとカーナは王都や他の領に入る際、身分証があった方が良かろう? 軍で管理してる特別身分証を発行してやりなさい。」

「おお! それはうっかりしておりました! 流石はリンドル様ですな!」


 ダラスは頭を下げるとドスドスとあっという間に去って行った。


「……あやつは死ぬまで落ち着かんのだろうな」

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