第77話 ごめんなさい


 この国では、年度初めに国民が一斉に歳を取ることになっている。

 7歳で魔術師の検査をする際に、田舎の方では年齢管理が適当だった為、不都合が起きてしまった事からこのシステムが取り入れられた。

 貴族ともなると個別の誕生日を祝う事があるが、書類上年齢が変わるタイミングは全員同じだ。


 そしてセシル達も10歳になろうかという頃。

 ゴライアスやシエント達、4人はかなり焦っていた。


 成長が止まらないのだ。

 いや、すでに老化と言っていい。


 ゴライアスとシエントは半年前20前後の見た目となっていたが、現在は30代半ばから40とも取れるくらいに。

 ロールとカバーに至っては50代前後に見える。


 顔には皺やシミが増え、学院内の寮にいるにも関わらず、人の口に戸は立てられず王都の貴族の間でも話題になっていた


 医者に見せたが至って健康であった。

 呪いの類を受けていないかと高名な呪術師にも調べさせたが、何も分からなかった。


 短期間でこれだけ変化があると対応も後手後手になってしまった。呪術師は大抵田舎の方にいる為、呼び寄せるだけでも時間が掛かってしまったのだ。



 老化が止まらない4人は1つの結論に至る。


 『セシルを殺そう』


 すでに4人の中ではセシルが犯人だと決めつけていた。

 何をしているか分からない。分からないが、セシルに手を出した4人が同じような病になっている。


 当然、殺すことに反対意見も出る。

 大賢者の呪いで、さらに不幸に見舞われるのではないか? と。

 セシルを憎むと同時に畏怖も感じていたのだ。

 

 しかし、最終的には止まらぬ老化をどうにかしなければならない。


 話は何度も行われたが、殺すという結論で決着する事になる。


 殺害を決めてからの行動は早かった。

 10歳が考える殺害方法など、短絡的で直接的な物だ。故に準備もすぐ終わる。

 後はタイミングを探すだけだった。


 いつやるか。


 その話をしようと、寮にあるロールの部屋に4人で向かっていた所だった。


 廊下を歩きながら、たまたま外を見ていたシエントがセシルを発見した事によって急遽、決行されることになる。





 セシルとイルネは辺境領から手紙が届いたとの連絡を受けて、領主館に向かおうと家を出た所だった。ライムとマーモは家にお留守番してもらっている。


 半年ぶりの手紙だ。最初は手紙が来る事を楽しみにしていたが、今では手紙に嘘を書き続ける事が辛くなっており、憂鬱な気持ちになっていた。

 もう手紙に書く内容もある程度決めており、予め手紙に使う字も練習している。


 嘘の手紙を書く事に気分が沈み、下を見ながら学生寮の横を通っていた時に、それは突然起きた。




「セシル!!」


 イルネが突然後ろからセシルを地面に押し倒すように抱きしめて来た。

 それと同時にゴッッという鈍い音が聞こえ、一瞬、遅れてガシャンッと何かが割れる音が聞こえて来た。


「えっ!?」


 抱きしめられたまま横倒しになったセシルは、音がした方に砕けた植木鉢が見え、何が? とスッと上を見ると、建物の中を走り去るゴライアス達の後ろ姿が見えた。


 状況を把握が出来ないでいたが、ハッとなり、自分に覆いかぶさったイルネを見ると大量の血が飛び散っていた。

 イルネはそのままゴロンと力なく地面に滑り落ちた。


「……えっ!? イル姉? イル姉っ!? だっ誰か! 助けっ! 誰か助けてーーーー! 誰かっ!! イル姉! 起きて! ねえ起きてよイル姉! 誰かっ! お願い! イル姉を助けてー!! あっ、そっそうだ治癒の魔法を……」


 怪我をしたであろう後頭部を中心に魔法を掛けるが、働きかける生命力に全く反応が無い。


「いっイヤだよイル姉ぇ! 死んじゃイヤだよ!! 1人にしないでよ!! 誰かっ! 誰かイル姉を助けてっ!! 死なないでよイル姉……お願いだよ。誰かっ!! 誰かーーーー!!」


 しばらく助けを呼び続けていると、異常に気付いた職員が2~3人走ってやって来た。


「どうしたんだっ!?」

「イル姉を助けて! お願いだから! イル姉を」

「見せて見なさい。医者を早く呼ん……もう、呼ばなくて良い……警備の人を頼む」


 イルネの状態を見た職員は、イルネが既に手遅れだと言う事に気付いた。

 髪で見えにくいが、頭蓋骨は陥没しており、脈も止まっている。

 

 ――医者でなくても分かる。


「ねぇ? なんでお医者さん呼ばないの? ねぇ? 何で? イル姉を助けてよ」

「……この子は、もう……亡くなっているよ。ソッとしてあげなさい」

「え……?」


 呆然とイルネを見つめる。



 目の端に多くの大人達が集まって来た気がした、そこから先はあまり覚えていない。



 セシルが気付いた時には、いつの間にか領主館に連れて来られていた。

 セシルは悲しみと怒り、良く分からない焦燥感のようなものが複雑に絡み合うような感情を持て余し、ライムとマーモに抱き付く。

 二匹もいつの間にか誰かが連れて来てくれていたようだ。




 イルネは今晩、荼毘に付す。

 時間が経つと腐ってしまうため、出身地である領地に持って行き火葬する事が出来ない。亡くなった付近で処理をするしかないのだ。


 領地には骨となって帰ることになる。



 セシルがライムとマーモに抱き着いたままボーッとしている間に火葬の準備が整った。

 外壁を出て少し歩いた所に墓地があり、その横に火葬場がある。



 厳かに火葬が始まる。


 火葬場ではイルネの死を本当に悲しんでくれる人はほとんどいなかった。


 辺境伯の騎士達も、王都勤務の者達は顔見知り程度だった。

 王都でイルネと仲が良いと言える人はほんの数人で、八百屋や肉屋のお店の人くらいだったが、平民にまでわざわざ連絡が届く事は無い。


 イルネはセシルとずっと一緒に過ごしていた為、トラウス領主館の人達もほとんど関りが無く、イルネの事を悲しんでいると言うより、若いのに可哀想という感じだった。


 セシルはそれが堪らなく悔しい。


 イルネも辺境領に戻れば、きっとたくさんの友達がいて、たくさん悲しんでくれる人がいたはずだった。

 

(それなのに、それなのに、僕のせいで王都に来たから……

 ……また僕のせいだ。僕のせいで周りにいる人が不幸になっていく)

 


 それなのに涙が出ない自分も嫌になる。


 (……何で涙出ないんだろうね)


 そんな中、1人、深く悲しんでくれている女性がいた。クリスタの侍女であるキリエッタである。

 特徴であるお団子にした黒髪が、1日にして真っ白になってしまっていた。

 女帝と言われるような面影は何処にもなく、膝から崩れ落ちるように泣いていたのが印象的だった。


 セシルはキリエッタに近付き「イル姉の為に泣いてくださって、ありがとうございます」と頭を下げると、キリエッタは「あなたも我慢しなくていいのよ」と言って抱きしめてくれたが、我慢してないのに泣けないのです。とは言えず、また頭を下げて離れて行った。

 


 それからキリエッタは一週間と待たずに侍女の職を辞したようだ。

 2人にそこまで深い親交があった事は誰も知らず驚いていた。




 アルの侍女であるエリシュは、火葬場から少し離れた所で爪を噛みながら『コロスコロスコロスコロス』とブツブツ言っており、余りの雰囲気にアルでさえ近付けなかったのだが、セシルだけが近づいてボソボソと何かを話しかけていた。


 その内容は誰も聞き取ることが出来なかった。




 火葬後、セシルはライムとマーモと一緒にトボトボと歩き、学院の中にある家に戻った。



――僕が死ねば良かったのに。勉強も出来ない。魔法も上手く出来ない。お父さんやお母さんの期待にも答えられない。皆が『期待している』って言ってくれてたのに……僕がいるだけで皆不幸になるんだ。バーキン、ライオット様、イル姉。――皆、僕のせいで死んじゃった。役立たずの僕が死ねば良かったんだ――でも



――でも、先に消さないといけない人間がいる――



 セシルはバーキンの復讐をゆっくりやっていた事を激しく後悔し、短期間で仕上げに入ることを決意する。





 イルネの骨壺を持って騎士が領地に帰ることになった。

 出発する前に親に向けて手紙を書かせてもらう。

 紙は高価なので1枚しか貰っていない。

 魔法も上手く使えていない今では、追加で欲しいとも言えない。


 客室に入り、イルネの葬儀で読み損なっていたロディとカーナからの手紙を読む。

 手紙はいつものような内容だった。

 セシルはその能天気な内容に心が少しだけホッとするのを感じた。


 しかし、これが両親との最後のやり取りだと思うと、心にズシッと重たい何かを感じる。



 『僕がいると周りの人が不幸になるなら、僕がいなくなればいい。』

 

 そう考え、やり残した復讐を終えた後、去る事を決めたのだ。


 両親への最後の手紙は一文字、一文字、丁寧に、丁寧に書く。

 最後だと思うと手が震えてくるが、必死に震えを抑えて書く。


--------


お手紙ありがとう。

ぼくも元気です。


毎日勉強して、こんなに字も上達しました。


ライムとマーモも元気いっぱいで、一緒に剣の練習もしています。

イル姉が「セシルは、きし科でも通用するぞ」って言ってくれました。


ま法も僕にしか出来ない事がたくさんあるんだよ。

学院を卒ぎょうすると、き族になれるんだって。

とうぜんだよね! だってお父さんとお母さんの息子だもん。

いつも言っていたよね「私たちの息子は天才だ」って。


貴族になったら、お父さんとお母さんを楽させることが出来るね。

世界一のこうこう息子でしょ?


お父さん、お母さん あいしています。

産んでくれて、育ててくれて、あいしてくれて、ありがとう。


元気でね


----------



 ――期待通りになれなかった息子は、必要ないよね。


 村を出る時に『次に会う時は立派な男になってるだろうな』って言ってくれたのにね。

 

 天才に産んでくれたのに……僕は何も出来なかったよ。

 ごめんね。


 せめて、手紙の中だけでも立派な息子になれていたかな?



 お父さんとお母さんに手紙を書いていたら……不思議だね? 今になってイル姉の事も思い出して来ちゃった。

 

 ……なんで、なんでなの?


 イル姉を見送る時に泣けなかったのに、今になって涙が止まらないよ。

 火葬はもう終わってるのに、何で今なの?

 今泣いても、イル姉に僕が悲しんでいる事が伝わらないのに。

 もう、遅いよね……なんで僕はこんな事も出来ないんだろうね。

 

 イル姉が居なくなって寂しいよ。悲しいよって。

 ……大好きだって事も、まだ伝えられてないよ。



 お父さん、お母さん、こんな子供で、イル姉、こんな弟で……ごめんなさい。




 手紙……涙で滲んじゃった――


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