第76話 セシルの疑い
レイスが来てから半年が過ぎた。
ライオットの月命日にはお墓参りに行くようにしている。
セシルの魔法は相変わらず強くなっていない。
しかし、毎日の日課であるゴライアス達にかけている回復魔法のお陰で、ついに両手で魔法を使いこなせるようになっている。
まだ魔法を曲げるのは片手分しか出来ないが、角度によっては2人を同時に回復魔法をかけられるようになったのは大きい。
4人を同じように成長させていくつもりだったが、ジワジワと片寄りが出来てしまった。
イジメを受け続けていると、嫌でも4人がどういう人物か分かってくる。
伯爵家のロール=ケリッジ、コイツがほとんど指示してる。自分は後ろで笑ってるズルい奴。
子爵家のゴライアス=サッタ、コイツが肉体的実行犯。肩をぶつけたり直接文句を言ってきたりする。
子爵家のシエント=ナルロフ、物を隠したりする実行犯。セシルやアルが何度が現場を見ている。
男爵家のカバー=テントリー、恐らく一番セシルを嫌っている。勉強を頑張り、どうにか上のクラスに入り込んだ努力家のカバーは、平民で勉強も出来ないくせに、上のクラスに入っているセシルがとにかく憎い。ロールに入れ知恵してるのはコイツだ。
バーキンに石を当てたのもカバーだ。
ロールとカバーに回復魔法が偏っていく。
何よりバーキンを殺したカバーは許せなかった。そしてそれを指示したであろうロールも。
ゴライアスとシエントはすでに9歳にして20前後の見た目になっており、ロールとカバーに至っては20代半ば程になっている。
最初は自分の早い成長を喜び、周りを見下していた4人も当然、異常な成長に焦り、そして恐怖を感じる。
4人の親達もただ事では無いとバタバタし始める。
当然、セシルにも疑いの目が向けられる。
「ねぇ。セシル、あなたあの4人に何かやってないわよね?」
「え? 僕が?」
「ああそうだ。と言うのも君があの4人に……その……」
「クリスタ様、遠慮しなくていいですよ。僕がイジメられてる事ですよね」
「……その件は止められなくて、すまないと思ってる」
クリスタは、もうセシルと仲良くなる必要はない。と言われていた。
レイスでさえお手上げしたセシルの魔法の威力に関して、すでに王にも見切りを付けられていたのだ。
引力と斥力の魔法が使える事に関してはレア中のレアだが、平民を2人並べたのと変わらないどころか、威力に関しては平民以下である。
学院卒業後は宮廷魔術師の実験台にする案も出ているほどだ。
それを聞いているクリスタは、謝罪の言葉とは裏腹に、わざわざ面倒な思いをしてまでイジメを止める気にもなっていなかった。
問題事にはなるべく関わりたくないと、最近ではセシルを避けるようにしていたが、今回はあまりの異常事態に関わらざるを得なかった。
「クリスタ様、お話がズレておりますわよ」
「……その、言いにくいが、セシル、君をイジメている4人が揃いも揃って異常な成長を見せている。君が何か関わっているのではないかと思ってね」
「どうやって成長させるんですか?」
現時点の技術では、魔石に込められた魔力以外に、体外に出ている魔力を可視化する事が出来ない。匂いがある事はマリーによって発見されたが、それも人間では分からない。
魔力を直接当てられた本人は、当たった瞬間だけゾワッとする感覚があるが、セシルは風が吹いているタイミングや、トイレでオシッコを出したタイミングに合わせて魔法を当てているので、それもバレていないはずだ。
「それは分からないんだが」
「では僕も分からないです」
「そう……だよな。すまなかった」
クリスタは面倒事は終わったとばかりに颯爽と立ち去って行ったが、マリーはセシルが何かしていると確信した。
セシルがこんなに淡々と話す時は、自分を
「セシル、あなた何か隠してるわね?」
「何をですか?」
「言うつもりは無いようね。でも、忠告しておくわ。あの4人がセシルに酷い事をしてるのは問題があるわ。でも、仕返ししたらあなたも同じ土俵に立つのよ? それでもいいの?」
「マリー様は家族を殺されても同じことが言えるんですか?」
初めて見たセシルの冷たい目にゾッとする。
「……っ。かっ家族ってバーキンの事? でもバーキンはペットじゃない!」
「マリー様にとってペットは家族じゃないんですか? じゃあ、もしライムとマーモを殺されても僕は我慢しないといけないんですか? 2匹とも僕の家族です。イルネも家族です。そしてバーキンも家族です。これ以上家族を傷付けられる前に処理しても何も悪くないでしょ?……僕は何もしてませんけど」
処理と言う言葉にゾクッとするが勇気を振り絞って話を続ける。
「――でも、相手を傷つけることは良くない事だわ!」
「誰が傷付いてるんですか? あの4人は身長が伸びて、僕たちより体力もあり魔力も伸びてるみたいじゃないですか。食べる量も凄いんでしょ? 傷付くどころか、元気じゃないですか?」
「……それは、そうかもしれないけれど」
セシルはニッコリ笑って言う。
「僕は何もしてませんけどね」
「いや、犯人やないか! このタイミングでそれ言っちゃうの完全に犯人やん! 元々、あやしいな? くらいやったけども、もう確信したわ! セシルやわ」
「ぷふふっマリー様、興奮でお言葉がお遊び遊ばされてますよ!」
「遊んでなっ……あれ? でも、遊びが遊ばされた時は何て言えば良いのかしら? 合ってるのかしら? そもそも遊びって何かしら?」
セシルのおちょくりで、マリーが混乱したままこの話は終わってしまった。
セシルの回復魔法や外に出した魔法のコントロールについて誰かが気付く事が出来れば、セシルの有用性に気付く事が出来たかもしれない。
しかし、 回復魔法は教会で特別な資格を持った人物しか使ってはならず、内容は公には秘匿されており、宮廷魔術師でさえ知っている者は魔術師長くらいだ。
さらに回復魔法は魔法を行使し続けなければならず、魔力を多く使う為、複数人で行使する必要があり、実際に使われる事はまず無くほぼ秘術扱いされている。
まさか魔法の威力が平民以下のセシルが、1人で回復魔法を使えるとは誰も想像だにしない。
セシルを疑うものの、結果的にやってる事に気付く者はいなかった。
大賢者の能力に。そして罪も。
☆
辺境領からの手紙が来たとの連絡を受けてセシルとイルネが領主館を訪れると、先に来ていたリビエールが仁王立ちで構えていた。
「リビエール様、こんにちは」
「セシル、そなたの事は聞いている。魔法で結果を残せてないそうじゃないか」
「はい。申し訳ございません」
「分かっているのか? そなたの生活費は領民のお金で賄っているのだぞ?」
「はい……申し訳ございません」
「申し訳ございませんで済まないから言っておるのだ! 領民がどんな思いでお金を稼いでいると思っている!? そなたの両親も大変な思いをして稼いでいるのだ! それを無駄使いしてるのだぞ!?」
「…………」
セシルは何も言えず俯いてしまう。そんな事を言われても、どうしたらいいのか分からない。毎日努力してるのだ。思わず泣きそうになってしまうが、グッと我慢する。
イルネも正論を吐かれて俯いてしまったセシルに、どうフォローして良いか分からずオロオロしてしまう。
「リビエール様、もうその辺で」
「マルト、いやしかしだな。領民のお金を無駄にしてるのを見過ごせないだろう?」
領主館の執事長であるマルトが止めに入ってくれた。
「セシル様も毎日凄い努力をされていると聞いております。そうですよね? イルネ様」
「はっはい。リビエール様、セシル様は誰よりも努力されています。その辺でお許しいただけないでしょうか?」
「……今回はまあ良いだろう。だが、今後もその様な体たらくでは許されんぞ! よいな?」
「……はい」
リビエールは正義の人である。領民を大事に思うあまり、それを裏切る行為は一切許せなくなっていた。
領民の事を第一に考え、セシルの気持ちなど考えもしなかった。税を無駄にするセシルは悪なのだから、悪を正す為には何を言ってもいいのだ。
リビエールは正義に酔っていた。
セシルは両親から手紙を受取ると、俯いたまま1人で部屋に入って行った。
椅子に座ると手紙の封を丁寧に溶かし開ける。
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元気ですか? お父さんとお母さんは元気です。
文字がすらすら書けるようになってきたんだ。
以前よりきれいな字だろう?
剣の訓練も順調で、2人でなら騎士様にも勝てるようになったんだ。
自分達の才能が怖いよ。ガハハッ
若い時からやってたらダラス様並に強くなれたかもな!
セシル、母です。
最近は魔物を狩るのが上手くなって来たので、それを売って調味料を多めに購入出来るようになりました。料理も練習してイルネ様みたいな美味しく作れるようになったのですよ?
いつもセシルに食べさせる事を考えて作ってます。
身体に気を付けて。
セシル、愛しているよ。
ロディ カーナ
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お父さん、お母さん……
手紙の端を強く握ってしまい、手紙がくしゃっとなる。
慌てて端を伸ばすが、一度出来たシワは綺麗にならない。
大事な手紙なのに……必死にシワを伸ばそうと何度も手で抑えつけながら手紙を伸ばしていく。
繰り返すうちにビリッと手紙が破けてしまった。
ひっぐ。
セシルの抑えていた感情が溢れ始めてしまう。
なんで僕、こんなにどんくさいの?
大事な手紙まで破ってしまった。
勉強も出来ない。魔法も出来ない。
僕、どうしたらいいの? 教えてよ。お父さんお母さん。
さらに溢れそうになる気持ちをグッと抑え、服の袖で鼻水と涙をぐじぐじと拭って手紙の返事を書く。
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お手紙ありがとう。
ぼくも元気です。
マリー様とアル様と一緒にしてるれん金じゅつのべんきょう楽しいです。
ま法の先生がライオット様からレイス様という方になりました。
才のうがあるとほめられました。
みんなやさしくて毎日楽しいです。
やくそうを集めてたら、ぼうけん者のランクが鉛ランクから鉄ランクに上がりました。
ライムとマーモがさらに強くなりました。
ゴブリン1匹を1匹だけでかんたんにたおします。
ぼくもライムとマーモに負けないように、お父さんとお母さんのきたいに応えられるようにがんばります。
お父さん、お母さん あいしています。
お元気で
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手紙にはセシルの涙が少し、染みていた。
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