第75話 ライオットの焦り


 寒い冬も過ぎ、セシルは9歳になろうとしていた。


 またライオットがセシルの魔法の進捗を報告する時期がやってきた。

 成果が出ていなければクビだと宣告されているライオットは、半年前の報告時より遥かに焦っている。

 セシルの魔法の出力が、全くと言っていいほど成長していないのだ。


 焦りは授業中にも隠せなくなっていた。


「だからっ! もっと勢いよく出せと言ってるだろう!?」

「はい……申し訳ございません」

「謝罪はいい! 頼む! 頼むからどうにかしてくれよ。……クビになったらどうしたらいいんだよ」

「……申し訳ございません」


 セシルは言われた事を愚直に一生懸命やっている。ライオットが自分のせいでクビになるかも知れないと聞いてからは、家に帰ってからも、少しでも時間があれば魔法の練習をしている。

 でも、結果が出ないのだ。

 セシルはこれ以上どうしようもない。


 ライオットも、八つ当たりだと頭では分かってるが、セシルを見るとどうしてもイライラしてしまうようになっている。



 そして、ついに爆発してしまう日が来てしまった。


「何度言ったらわかるんだ!!」


 パーンッと乾いた音が響いた。

 ライオットがセシルのほっぺを掌で叩いたのだ。


「あっ……ごめん。ごめんよ。そんなつもりじゃなかったんだ」


 ライオットも思わず手が出てしまい。やってしまったと反省してアワアワとしながら謝罪する。

 元来、大人しい性格のライオットは喧嘩どころか暴力も振るった事が無かった。


「いえ、僕が出来ないのが悪いので。……申し訳ございません」


 涙を堪えて頭を下げるセシルを見たライオットは、「どんくさい奴だ」と父や兄にいつもなじられ、ストレス発散の的となりながら幼少期を過ごしていた自分と重なって見えた。


 これでは自分が、あんなにも嫌い、恐れていた家族とやってる事が一緒では無いか?

 その事に気付いてゾッとする。

 もう二度と手を出すものか! と決意するが、一度越えた線は簡単に踏み越えるようになってしまう。


 この日から徐々に手が出るようになっていく。



「……っ!? セシル!! そのほっぺたどうしたの!? 赤くなってるじゃない!! またゴライアスね!! ちょっと出掛けてくる!」

「待って!! 違うよ。あいつらじゃない。これは……僕が悪いから」

「……何があったの?」

「僕が魔法が出来ないから……仕方ないんだ」

「どういう事? もしかしてライオット様? 凄い優しいって言ってなかった?」

「うん。僕の魔法が強くならないからクビになるんだって……」

「そんな……でも叩くのは間違ってるわ!」


 イルネは、セシルが魔法を曲げられる事をライオットは知っていると思っている。魔法を曲げるだけでもとんでもなく凄いはずだ。

 しかし、騎士であるイルネは魔法の評価について詳しい事が分からない、威力が強くないと評価されないのか? と歯噛みする。


 セシルも威力を上げる授業ばかりになっている為、魔法を曲げる事は求められていないと思っていた。

 それが大賢者以来の快挙だと言う事を理解していない。

 魔法が曲げられる事が広く知られれば、魔法の威力が弱くともライオットもセシルもこんなに苦しむことは無かった。


 ライオットはまさかセシルがそんな事が出来るなんて夢にも思っていない為、セシルの本当の能力に気が付かなかった。とりあえず上を納得させる為に威力を上げる事だけに集中してしまう。


 セシルの魔法は威力こそ欠陥があったが、それ以外の魔法の能力はずば抜けていた。たった1つの能力が欠けていただけなのだ。


 それぞれの勘違いで不幸が加速していく。



「でもイルネも学院にいた時は体罰が当たり前だったって」

「そっそれはそうだけど……それは騎士科だったから!」

「騎士科でも魔法科でも同じ年の子供だよ?」

「でもっ!」

「ありがとうイル姉。僕は大丈夫だから」

「……分かった。分かったけど、無理しないでね? 無理だと思ったらすぐっすぐに私に言うのよ? 良いわね?」

「うん。ありがとう」



 イルネはゴライアス達の暴力事件以来、セシルが怪我をしていないか毎日身体を確認していたが、あの事件以降は剣の稽古以外で身体に痣を作る事は無くなっていた。

 しかし、ライオットによる体罰で顔を腫らして帰って来てからというもの、時折痣を作って帰ってくるセシルを見る様になってしまった。

 イルネはどうして良いか分からず、不安な気持ちから度々キリエッタの元に足を運ぶのだが、セシルの言ったように騎士科では体罰のような授業が毎日行われているのだ。教師からの体罰を相談するのは過保護過ぎるのではないか? と思うと相談できなかった。

 セシルを助けてやれない事に胸が押し潰れそうになり、部屋で1人泣くようになってしまう。



 セシルにもイルネにも辛い日々が続いたにも関わらず、努力が報われる事は無くセシルは魔法の威力を上げる事は出来なかった。




 コンコンッ


「――入れ」

「失礼します」

「座りなさい。――早速だが要件は分かっているな?」

「……はい。セシルの魔法についてですね」

「途中経過も確認していたからある程度分かっているが、聞かせてくれ」

「すみません。威力は強くなりませんでした」


 ライオットはもう諦め、達観した顔になっている。

 それに比べ、タント魔術長はまだ縋るような気持ちで訊ねる。


「それでも多少は変化しているだろう?」

「いえ、全く変化しませんでした」

「全くだと?」

「はい。全くです」

「あぁ~クソッ!! もういい。お前はクビだ。今日より宮廷魔術師の任を解く。明日から給料が振り込まれる事も無い。好きにしたまえ」

「はい。失礼しました」


 終始、無表情で対応していたライオットに疑問を感じた魔術長だったが、次は王様に説明にあがらなければならない自分の事で、頭がいっぱいいっぱいになり、思考の外に追いやった。



 部屋を出たライオットは、暴力を振るってまで自分の立場を守ろうとした自分の卑しさにほとほと嫌気が差していた。

 何より自分が一番嫌悪していた父親と兄と同じ事をしてしまった事に絶望していた。




 おそよ2週間後、自室で首を吊っているライオットが見付かる事になる。





 ライオットの代わりにセシルの指導員となったのは、平民生まれの出世欲の強い女だった。

 タント魔術長もこの女を指導員にするのは出来れば避けたかったが、王様に『次失敗すればお前も降格だ』と言われ、性格と生まれに問題があるが実力は折り紙付きのこの女をセシルに当てざるを得なかった。



「お前の指導をする事になった。レイスだ。ライオットみたいに甘くないから覚悟しな」


 切れ長の目で黒髪ぱっつんで冷たい印象を与える。女性にしては背が高く、セシルを見下ろしている。そして何より口が悪い。


「セシル=トルカです。よろしくお願いします」

「気絶するまで魔法使わせてやるから覚悟しな」


 ドSの雰囲気を醸し出している。

 『覚悟しな』を短時間で2度も使っている。『覚悟しな』という言葉がカッコいいと思っているのだろう。


 それから数週間、レイスの授業が続いた。

 しかし、魔力を枯渇させ、追い込み、能力の限界を超えさせようとしていたレイスの思惑は外れる。

 出力が小さいセシルは、魔力が尽きる事が無いのだ。


「くそっ何なんだよおめぇは!! こんなのどうしろってんだ!? ライオットの野郎が無駄死にじゃねえか」

「無駄死に?」

「あん? 知らねぇのかよ。あいつクビになって自殺したんだよ」


「……えっ? 自殺? ライオット様が?――――僕の……せい?」

「まあ、そうなるだろうな。あいつもおめえに関わったせいでとんだ不幸だよ。ハハッ」


 セシルは、ズンッと心に鉛のような重みを感じ、考えがまとまらない。

 ここ最近こそ、暴力を振るわれるようになってしまっていたが、元々はとても優しくライオットの授業は楽しみでもあった。


(また僕のせいだ。バーキンもライオット様も僕と関わったせいで死んじゃったんだ)


「ライオット様の……お葬式は?」

「とっくに終わってるよ。簡素に終えたらしいぜ」

「お墓はどこですか?」

「なんだおめぇ? おめえのせいで死んだのにどのツラ下げて墓参り行くんだよ。ハハッ傑作だな」

「……それでも教えて欲しいです」

「なんだよめんどくせぇ奴だな。分かったよ。調べといてやるよ。あいつ、友達1人もいなかったし、家族からも疎まれてたらしいから、自殺の原因であるお前くらいお参りしてやるのもいいかもしれねぇなぁ」


「――レイス様も僕がダメなままだったらクビになってしまいますか?」

「あん? 一丁前に心配してやがんのか? アタシは問題ねぇだろ。アタシがダメなら誰も出来ねぇって事だからな。何を隠そう実力だけで言えば大魔術師と呼ばれてるタント魔術長と並ぶほどだぞ! それより、自分の心配をしとけ」

「僕ですか?」

「おめえ以外に誰がいんだよ。半年後か1年後には見切り付けられんじゃねぇか?」

「見切り……ですか?」

「ああ。役立たずと判断されるってこったよ。学院も追い出されるんじゃねぇか? 知らねぇけど」

「そんなっ!? そしたらお父さんとお母さんを裕福に出来ないよ!」

「ハハッ。そんな事アタシが知ったこっちゃねーよ。1年間頑張るんだな。あーあ。平民生まれのアタシがようやく掴めた出世の道だったてのに、ハズレじゃねぇか。せいぜいアタシの出世の為にどうにか頑張ってくれよ」

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