第178話 序列戦


 帝国代官ベナスの配下スマフと冒険者達が川魚を捕っている間、セシル達も川を目指していた。


 セシル達にマーモット27匹が加わり、30前後の大所帯になっている。

 歩くのが多少遅い老体や小さい子供もいるが、動けないような者はいない。

 野生では動けなくなればその時点で終わりなのだ。


 周囲の警戒はマーモ達に任せて歩いて行く。


 いつもはセシルの肩に乗っているライアは元ナンバー2の背中に乗っている。

 草食のライアでもそれなりに大きくなっており、荷物籠も背負うセシルに乗るには少し厳しくなっていたのだ。

 元ナンバー2もライアに惨敗した事で文句も言わず運び役となっている。

 ラインはいつもの様にマーモの上だ。


――――ワオーン ワオーン


「今日はワオーンが多いね。獲物でも見付けたかな? マーモット達もウルフの鳴き声でソワソワしているように見えるね」

「ねぇ、名前決めない? 元ナンバー2とか可哀想でしょ。呼びにくいし」

「マーモット全員に名前つけるの?」

「そもそも角生えてる奴以外は見分け付かねぇぞ? 正直性別すら分かんねぇのに」

「ん~頭に花付けるとか」

「すぐ枯れるだろ」

「じゃリボン?」

「オスもか?」

「とりあえず女の子だけでも見分け付く様になれば良いんじゃない?」

「材料はどうする? 蔓か獣の皮か」

「皮はめんどくさいから蔓かなぁ。結び方の違いとか色を付けるしかないか」

「蔓もすぐボロボロになりそうだけどな。どちらにせよ人数分は無理だぞ」

「とりあえずマーモの嫁とかその辺りの目印と名前は付けたいね。そういえばナンバー2とユーナの戦いはどうするの?」

「あっ忘れてた。河原でやるしかないかな?」

「盾も無いけど大丈夫なのか?」

「ん~石?」

「石で殴ったら大怪我じゃすまないんじゃないの?」

「魔物の序列戦ってのはそもそも命がけだぞ」

「でもお互い大怪我して欲しくないなぁ」

「あたしも攻撃する手段が無かったら角で突かれてしまうだけだよ?」

「じゃあ後で大事にならないようなルールを決めようか。それと攻撃の手段は――――」



 目的の川に近付いた所でマーモ達が急停止をし、静かにナー ナーと鳴き合っている。

 セシル達も異常を感じ小声で話す。


「何かいる?」

「ナー」


 マーモが頷き、短い手で指し示す。


「……まだ見えないけど、川の方だね。遠回りして行こう」


 大木が邪魔をしてセシルからは特定出来なかったが、何がいるか分からない以上安全を優先する。


 そーっと大きく迂回する様に移動していくとマーモが指し示していた方角から煙が見えて来た。


「ねぇあっち見て、煙が出ているよ? 火事?」

「ほんとだ。火事にしては煙が細くないか?」

「もしかして人?」

「こんな所に人間がいる訳ないだろ」


 セシルはヨトとユーナを指さす。


「君ら人間じゃなかったっけ?」

「……まあ例外もあるってこった」

「お兄ちゃん、ゴブリンも火を使う事あるんだっけ?」

「火の魔法を使う個体はいるけど、生活で使う個体は未確認だったと思うぞ」

「じゃあ人間なのかな?」

「街道から逸れてこんな所まで来るのはおかしい気がするけどなぁ」

「何にせよ。関わらなきゃ良いよ。向こうからも見付からない様になるべく離れよう」


 ワオーン ワオーン

「ナー! ナー! ナー!」


 マーモット達が騒ぎ出す。


「ワオーンかなり近くなってるね。とりあえずここから離れよう」


 セシル達は鳴き声から離れる方向に素早く移動していく。


「もしかしてだけど、人間があの煙の所にいるとしたらポストスクスもいるだろ? で、ウルフがあの煙の元に行ったけどポストスクスがいたから、ちょっ無理ってなって移動しようとしたら、俺らに気付いたんじゃね?」

「そうだとしたらとんだとばっちりだね。でもウルフの数次第で仕留めようか。久しぶりにお肉食べたいしね」

「来たぞっ! 構えろ」


 ヨトは剣を構えるとユーナも慌ててセシルに貸してもらった剣鉈を構える。


 凄い勢いでワイルドウルフが大木の合間を縫うように複数走って来た。


 緊張が高まる中……


 ワオーン


 ボスらしき個体が合図を出した瞬間ワイルドウルフ達はザザッと音を出し一斉に停止し、大慌てでUターンして逃げ帰って行った。

 7~8匹くらいの背中が遠のいていく。


「えっ……」


 マーモットの群れが見えた事で涎を垂らしながら近付いたは良いが、思った以上に大所帯、さらにゴブリン(セシル達の事)が居た事で不利を悟り諦めて逃げて行ったのだ。


「なんだったんだ一体」

「お肉……」

「こっちの人数が多いのを見て諦めたのかな?」

「えっ、じゃあ今度から益々お肉食べられなくなるんじゃ!?」

「今後この人数を見ても怯まない魔物の肉しか食べられないかも」

「怯まない魔物って私たちはもう逃げるしか無いやつじゃん」

「お肉食べられる時はお互いがお互いに勝てると思った時だな」

「僕たちが勝てそうになったら逃げていくだろうし。ままならないなぁ」

「魔法の匂いに鈍感で確実に倒せそうなのゴブリンぐらいだもんね」


 今後の肉の確保法を考えながら、ようやく河原に着く。

 煙の元を避けているため、いつもより遠くなってしまっている


 運良く周りに魔物はいないようだ。


「よーし、身体洗う前にユーナの序列戦やっちゃうか」


 元ナンバー2は昨日のダメージはほぼ残って無いようで、すでに準備万端で構えていた。


「はぁ~剣鉈使ったら勝てるんだけどなぁ」

「流石に刃物はちょっとなぁ」

「でも、あいつは角使ってくるの納得出来ない」

「ん~確かに。ティタノボアの鎧来ているけど当たり所によっては危ないか」


 ユーナは大蛇ティタノボアの鱗で作った鎧を着ていた。鎧と言っても鱗に穴を開けてそれを繋げたチョッキみたいな簡易的なものだ。


「じゃ角無し、剣鉈無しルールにしようか。体当たりの時は絶対に角を反らす。それが出来ないなら剣鉈使うぞって。マーモ、聞いてみて」



 マーモとナンバー2がナーナーと話し合いをしている。

 ナンバー2は剣鉈がどういう物か分からないようなので、ユーナが剣鉈で小枝を切って見せる。

するとナンバー2はそれ無し! とすぐさま判断し、角、剣鉈無しその他の物はOKのルールで確定した。石の使用はナンバー2的にも問題無いようだ。



 早速、河原の砂利の上で3mくらいの距離で向き合う1人と1匹。

 川からは2mほど距離があり、足元はゴロゴロとした石が多く転がっている。


 ユーナの左手にはギリギリ持てるくらいの石、右手は開けているが幾つか結び目があるロープを肩にかけている。

 腰には小袋が1つかかっている。

 この小袋はセシルが最近持ち歩き始めていたもので、それを貸してもらったようだ。



「ピーッ!」


 ライアの口笛が合図でユーナの序列戦が始まった。


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