第179話 序列戦2
「ピーッ」
ライアの口笛が合図となりユーナの序列戦が始まる。
合図と同時に突っ込んでくるナンバー2に対して、ユーナは川に移動しながら牽制の意味を込めて石を軽く下投げで放り投げる。
ユーナの運動神経は至って普通だ。
9歳の自分が思いっきり投げても狙い通りに飛んで行かないし、ふんわりしか投げられない事が分かっているので欲張らずに下投げを選択していた。9歳にして自分の力を把握しているユーナはやはり才女と言って差し支えないだろう。
石にスピードは無いが、そこそこの大きさの石はそれなりに危険だと判断したナンバー2は走るままサッと横に避けたが、避けた先に飛んできた直径20センチほどの水魔法が顔に直撃した。
ユーナが右手で魔法を行使していたのだ。河原なので水を集めるのに時間はかかっていない。
直撃した。直撃したが、たかが水だ。
ナンバー2は思わず立ち止まってしまったが、頭をぶるっとふるって再度ユーナに突っ込んでいく。
ユーナはその間に川の中に移動していた。
現時点で脛辺りまで水に浸かっている。
川の中は丸い石がゴロゴロしている上に苔や水流があり、ユーナは多少バランスを崩しつつも追加で石を放り投げ、さらに水深が深いところに移動していく。
水深が膝小僧の下まで来たところで、ナンバー2がジャバジャバと全身で水を乗り越えながら直前まで迫って来る。
ユーナは移動を止めナンバー2の正面に立つと左手を腰に下げた小袋に突っ込み、右手で肩にかけていたロープを投げつける。
ロープの輪っかがナンバー2に上手く掛かったが、ナンバー2はお構いなしにユーナに飛び掛かった。
ぶつかる直前、小袋から手を抜くと何かをナンバー2の顔目掛けて投げつける。
その何かはナンバー2の目と口に入るが勢いのままユーナにのしかかってきた。
「ナー!」
「きゃっ」
2人は絡む様に水に倒れ込む。
「いだっっ」
ユーナが川底にお尻を打ち付け思わず声を出してしまう。
「大丈夫かっ!?」
ヨトの心配を余所に、胸を足で抑えられたユーナは水に顔を沈められゴボゴボと息が漏れる。
しかし優位な状態であるはずのナンバー2が突然「ナーッ!!」と悲痛な声を上げると目をギュッと閉じ、顔を上下左右に振り始めた。
下になって溺れそうなユーナはナンバー2の身体に掛かったロープを横に引っ張る。
ナンバー2が横に転がると、今度はその上にユーナが乗っかりつつ水中から顔を出すとぶはっと呼吸をする。
ユーナは右手はロープを掴んだまま馬乗りの状態で顔に付いた水をシャパシャパと左手で拭き取った。
ヨトは上になったユーナをみてホッと息を吐くが「ぎゃああああああ」今度はユーナが悲痛な声を上げ始めた。
「なっなんだなんだ!? 何で上になった方が叫ぶんだよ!?」
これから争いが激しくなるのかと思いきや、ユーナもナンバー2も相手の事をそっちのけで、その場に立ち上がって叫び始めた。
「ナーーーーーー!」
「ぎゃあああああ!」
「ナーーーーーー!」
「ぎゃあああああ!」
「……何やってんだあいつら」
「あっちゃー」
「おい、何でこんな事になってんだ?」
「多分、唐辛子だよ」
「トウガラシ?」
「家の前に緑色の細長いやつあったでしょ?」
「あっお前が育てていたやつか!」
「そう。あれ辛いやつなんだよ」
「あーそういうやつだったのか。帝国にも似たようなのあるが、色と形がちょっと違うな」
「魔物に襲われた時に備えていつも持ち歩いていたんだけど、その小袋をユーナに貸したんだよ。ナンバー2に投げつけたまでは良かったけど、唐辛子をしっかり握りしめた手で顔を拭いちゃったから自分の目にも入っちゃったんじゃないかな?」
「水で洗い流されたんじゃないのか?」
「なんか知らないけど、唐辛子って水で洗っても中々取れないんだよね」
「目に入るとそんなに痛いのか?」
「そりゃもう。目が燃えたと思えるくらいには」
「流石にそれはないだろ。大袈裟なやつだな。ていうか、そんな役に立つものなら普段から俺らにも渡しとけよ」
ユーナは右手で目を一生懸命洗い流していたが、対戦中と言う事を思い出したのか目が痛いのを我慢し、鳴き声がする方にパンチを繰り出した。
ベチッと当たるが、毛皮に守られたナンバー2にダメージはなさそうだ。
目をギュッと閉じているユーナにはダメージのあるなしは分からない。
聞こえて来るナンバー2の叫び声からそれなりにダメージを与えていると判断し、ポコポコと殴り続ける。
ナンバー2は目の痛みに叫んでいるだけだ。
決して殴られた影響ではない。
直接唐辛子を目に投げつけられたナンバー2の方が目のダメージが大きいようだが、自分の手が目に届かず拭くことも出来ず、その場で頭を振って苦しんでいるだけだ。
非力なユーナでも石を拾い殴りつければダメージが与えられるはずだが、パンチでダメージを与えられていると思っているユーナにはその選択肢は思い浮かばず弱いパンチを繰り返す。
圧倒的泥仕合。
ユーナはそろそろ勝利したのではないかと痛みを我慢し薄目で見た所、パンチが全くダメージを与えていない事に気付くと、すぐさまナンバー2に飛び掛かった。
ユーナがのしかかり沈めようとするがナンバー2は身体を跳ね、腰が浮いたユーナをひっくり返す。
その勢いを利用してユーナがロープを引っ張りまた上になる。
不毛な泥仕合から1人と1匹で水の中で上下が入れ替わっているだけに変わった。
沈め合いの消耗戦かと思われたが、ナンバー2は下になっても鼻先は水から出ている。
顔を完全に水の中に顔を沈めるにはユーナの力と体重が足りていないようだ。
このままいけば完全に顔が沈んでしまうユーナの方が不利かと思われたが、そのままゴロゴロとやり合っている内に少し水深が深いところまで意図せず移動してしまう。
これでナンバー2も呼吸が出来なくなってしまった。
もうこうなってはお互い相手を沈めると言うよりは、自分が呼吸するためだけに上を取る戦いに移行してしまっていた。
ぶはっ
げほーっ
明らかに2人の必死さが変わって来る。
ごひゅー
ぜーっぜーっ
んぐっ
ごぽっ
「おっおい、やばいんじゃないか!?」
「そっそこまで!!」
終わりが分からず皆ハラハラしながらも見入ってしまったが、これ以上は危険だと判断したセシルが慌てて走り寄る。
ヨトも追従するように川に入りユーナとナンバー2を引き離し河原に連れていく。
『ユーナッ! 大丈夫かっ!?』
げぇーほ げぇーほっ
げひゅー ごひゅー
1人と1匹は寝転がって呼吸を整えているが目はまだ痛みがあるようで、ギュッと閉じて涙が流れている。
目だけ力が入っているが全身ぐったりのようだ。
ユーナは荒い呼吸をしながら首を上下に動かし、気怠そうに片手を上げ無事を伝える。
「あ、焦った。無事で良かった」
ヨトは力が抜けたようにその場にへたり込む。
セシルやヨトもまだ子供で、判断力が乏しい。
水中での戦闘の危険度がいまいち分かっていなかった。
「おいっ、もうユーナに危険な事やらせないからな」
ヨトがセシルを睨む。
ヨトもユーナも不安ながらもあまり危険視せず反対もしなかったので同罪ではあるのだが、それでもやはり身内が危険になると誰かを責めたくなる。
「うん、わかった。ユーナもごめんね」
ヨトとユーナに対して自分が指示する立場になっているのも自覚していたセシルは素直に反省していた。
ユーナの呼吸が少しだけ落ち着いてきて無事だと分かってはいるが、もしかしたら死の危険に晒してしまったのでは? という恐怖がじわじわとセシルの脳内を支配し、足が少し震える。
ディビジ大森林ではいつでも死と隣り合わせというのは当たり前ではあるが、今回は自分達が自ら起こした危険だった。
自らが招いた危険にセシルは思いの外、ショックを受けていた。
いつの間にか、外からの危険に対し敏感でありながら内の危険に鈍感になっていた。
セシルが考え事をしていると、ようやくユーナとナンバー2は喋れる程に呼吸も落ち着き、しょぼしょぼと目を開けられる様になってきたようだ。
「あー死ぬかと思った。トウガラシってあんなに目痛くなるの? 目に火が着いたかと思ったよ。まだヒリヒリする」
「ほんとに火が着いた様に痛いんだな。セシルの冗談だと思った」
「トウガラシ危険だってちゃんと言っておけば良かった。ごめんね。川での沈め合いも、もっと早く止めれば良かったよ」
セシルは下を向き泣きそうな顔をする。
ユーナは珍しく弱気なセシルに慌ててフォローをする。
「セシルさん……セシルさん、大丈夫だよ。ほら、生きているし。ねっ?」
「そうだよね。気にする必要ないよね! 生きているしね! 良かった良かった! ハハッ」
「切り替え早すぎだろ! よくねぇだろ! 気にしろよ!」
「僕も反省しているみたいだよ?」
「誰目線だよ」
「結局、どっちが勝ったの? 私?」
「ん~引き分け? じゃないかな?」
「そうだな。てことはユーナもナンバー2だ」
「いやそれはおかしいでしょ。ナンバー2はすでにナンバー5くらいになっているんだから」
「ナンバー2とかナンバー5とかややこしいよ。やっぱり名前すぐ決めようよ」
「じゃあこいつの名前、ナンバーね」
「それいいな。おい、お前今からナンバーな」
「ナァ~?」
「適当すぎてかわいそう」
「ところで、いつでも偉そうなヨトは序列戦やってなくない? ヨトの名前今日からナンバー最下位ね」
「なげーよ。ヨトの方が短くて呼びやすいだろが。いや、俺も序列戦やるべきかと思ったんだが、どうも俺とはやる気無さそうに見えるんだよな。セシルより体大きいから強く見えるんじゃねぇか?」
「そっか~。見た目は強そうに見えるのか。 実は雑魚なのにね」
「はっ!? 雑魚じゃねぇし! やるか? おっ?」
「もうやめなよ。何回負けたらセシルさんには勝てないって事を覚えるのよ」
ユーナがヨトの腕を引き止めようとする。
「いや、そろそろ勝てると俺は踏んでいるね」
「じゃあ魔法ありで本気出すけど良い?」
「魔法はズルいだろ! 正々堂々と剣で勝負しろよ!」
「その剣、僕が手に入れた物だから僕が使うよ? 剣鉈も僕のだから使っちゃダメだよ」
「なっ……いやそれはあまりにひどくねぇか」
「つい、運悪く、避けられない事故で、殺しちゃうかも」
「なっ!? 何とんでもねぇ事言ってんだよ! それはもう事故じゃないだろ!」
「お兄ちゃん口でも負けてるじゃん」
「王国語だからだっ! 帝国語なら口で負けねぇわ!」
イルネの指導と実践経験により鍛えられたセシルは、ヨトとユーナが岩山に来た当時は圧倒的にヨトより強かった。
だが元々セシルには剣の才能があったわけではないので、最近は剣の才能があるっぽいヨトに負けてしまうのでは?と不安に思うくらいには追い付かれていた。
と言うか、今までは投げ、寝技、関節技などトリッキーな技で圧倒していたが最近は対応されつつあるし、なんなら剣だけの勝負なら負ける自信があったので正直あまりやりたくなかった。
口で誤魔化してヨトとの対戦を逃れたセシルは内心ホッとしていた。
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