第211話 冒険者組と神殿組

☆バラックもといバッカ率いる冒険者組。


 バッカ軍団は神殿組に対し1日先行して出発していたが、その分慎重に進んでいる為歩みが遅くなり目と鼻の先まで追い付かれてしまっていた。


「クソッあいつら追い付いて来たってぇのに抜くこともせず一定の距離を保って俺らに露払いさせてやがる」

「だがここで追い抜かれるのも業腹だぞ。もうダンジョンは目の前だ」

「もう岩山は近い。あそこの麓だろう? あいつらより早く到着するために斜めに突っ切るか?」

「いや……森林の中を通る距離は少しでも短い方が良いんじゃないか?」


 冒険者達は一応、このチームの発起人のバッカを見る。

 実力も経験も全てがバッカより上の冒険者達ではあるが、今回は普段別々に活動している男達がチームとなっている。

 意見が分かれそうな時は、発起人の男(決してリーダーとは認めていない)に決めて貰った方が後腐れがない。

 特に大きく揉めるほどでもない内容なら軽い気持ちで責任を押し付ける事が出来る。

 長旅のストレスによる揉め事や不和を馬鹿にしてはいけない事を知っている冒険者達は、いざという時の怒りの矛先を予め仕込んでいるのだ。


「んあ?」

「んあじゃねぇよ。聞いてただろ? 斜めに突っ切るのか、岩山の真横までこの道を真っすぐいってから岩山に曲がるかどっちにするかって話してんだよ。斜めの方が距離は短くて済むが森を通る距離が長くなってしまう。お前はどう思うよ?」

「あー。森の中って草の背も高いしウルフとか見にくいんじゃないのか?」

「そりゃそうだな」

「そんな所通るのは少しでも短い方が良いだろ。綺麗な道を真っ直ぐ通った方が結果的に早ぇって相場が決まってんだろ。【急がば真っすぐ】だ」


「おっおお、そうだな。まともな事言う事もあるんだな。あと【急がば回れ】な」

「回れ? 聞いていたのか? 真っすぐ行くって言っているだろ。急がば真っすぐだろうが」

「あぁ~……いや、そうだな。急がば真っすぐだな」


 バラックがまともな事を言った事に驚いたが、やはりバラックはバッカでバカだったかと幼馴染であるトリーは謎の安堵をする。が、


「まったく、学がねぇやつはこれだから」


 バッカの馬鹿にしたような発言に温厚なトリーも疲れも相まって思わず頭に血が昇る。


「てめっ!」

「おいやめろやめろ。こんな所で体力消耗させるな」


 ベテラン冒険者達が止める。

 普段ならイケイケ!ヤレヤレ! と囃し立てる所であるが、今は目的地が見えている。

 こんな所で怪我なんかされたら面倒なだけだ。


「お前ぇも文字もほとんど読めねぇほど学がねぇだろうが、煽るな。」

「へーへー了解しましたよっと」

「クッ」


 バッカの言い草に冒険者も苛立つがグッと我慢する。


「……コイツがまともな意見を言ったのが信じられないぜ。真っ直ぐの方が結果的に早いなんて言葉、ほんとにコイツの口から出たのか?」

「ついさっきの会話だったはずだが、俺も記憶が怪しく思ってるぜ」


 先ほどバッカからまともな意見が出て来た事には皆いまだに戸惑いが隠せないままでいた。


 ただバッカが真っ直ぐ進むと判断をしたのには理由があった。


 単純明快。


 ビビっていたのだ。


 バッカがトラウデン王国で何度も倒していた魔物と同じ名前の、同じ見た目の魔物でも、明らかにディビジ大森林の魔物は強力だった。

 シルラ領の近くに生息する魔物のみでディビジ大森林を知った気になっていたが、全然違っていた。

 同じウルフであっても迫力が違う。何というか気合が違うのだ。


 ポストスクスを連れている事で近寄って来ない魔物も多いが、当然そんな事は気にしないと襲ってくる魔物もいるので気を抜く事が出来ないし、遠目で見えた草食だという安全なはずの魔物でもとんでもないデカさと迫力だった。

 言ってしまうなら身内のはずのポストスクスも正直怖い。


 出来るなら今からでもシルラ領に帰りたいと思っている。


「金が手に入っても死んだら意味ねぇからな」

「……お前ほんとにバッカか?」

「……バラックだ」

「…………(((そう言えばそんな名前だった)))」

「……バラックって誰だ」

「俺だ」

「?」


 バッカと呼びすぎてバラックと言う名前の事を本気で忘れていた冒険者もいれば、バラックが本名だと知らない冒険者も複数いたようだ。




☆神殿組


「ようやく見えてきましたね」


 女騎士リマが疲れた顔で声を掛ける。

 それ以上に疲弊しているセシルの父ロディと母カーナが乾いた声で答える。


「ようやくですね……」

「あそこにセシルはいるのかしら」

「こんだけ苦労してここまで来たんだ。きっと会えるに決まっている。アポレ神様が合わせてくれるさ」


 リマは頬がこけたロディとカーナを見、バレない様に溜息を付く。


 ロディとカーナは信者であり奴隷ではない。

 しかし手伝いをすると言う形で神殿騎士団に同行させてもらっている身。

 積極的に野草の採集や野営の準備等々を行っていたが、本来その仕事を請け負っているはずのサボりがちな奴隷達が目に余り注意していた所、いつの間にか神殿騎士達から奴隷たちのまとめ役の様な立場として指示をされるようになり、時には作業の遅れを理不尽に譴責されるようにもなってしまっていた。


 神殿騎士は通常時は穏やかで優しい人が多いのだが、それでも慣れない過酷な環境で苛立ちを隠せなくなっている者も多くなっていた。

 その矛先がロディとカーナに向かっていたのだ。


 ロディとカーナは役に立たなければいけないという気持ちと、それに反比例するかのように非協力的な奴隷に挟まれ精神的にも肉体的にも疲れが重なっている。

 さらに、野草の知識などで食料調達の役に立つはずだったのだが、ディビジ大森林の奥地に進むにつれ植生が大きく変わってしまい、元の知識があまり生かせなくなっていた。

 前を行くバラック組が休憩場所付近の食べられる野草をそれなりに取りつくしてしまっている事もまた追い打ちになっている。


 そんな様子の夫婦を神殿騎士の中では位の低いリマは、奴隷の仕事を奪ってはならないという上からの謎指導もあり、多少手伝う事があってもほとんど眺めるしか出来なかった。


 必死に頑張っている夫婦。

 セシルが見付かると信じている夫婦。


(あぁ、あぁ、憐れでならない……)


 大人がしっかり準備した上でここまで来るのにかなり苦労したのだ、セシルという10歳前後であろう子供がこんな所まで来る事が出来るとは到底思えない。

 もしディビジ大森林に踏み入れたのであれば死んでいるに決まっている。

 信仰心でどうにもならない事もあるのだ。



 追い詰められるほどに神に縋る夫婦を見て不安が募る。


(もし、もしもセシルという子が見付からなかった場合、この高い信仰心が憎悪に変わってしまうのではないか。そうなったら何をしでかすか……念のため隊長に報告しておくか)

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