第72話 雷鎖の実践2


「イル姉……これ長さ足りなくない?」


 セシルの身長に合わせて武器屋のガンツに比べ短めにしてあるが、そういう問題ではない。

 そもそも鎖鎌は、気付かれない所から行うような狩りには圧倒的に向いていないのだ。

 鎖は長くないし、擦れる音がする。

 セシルが使うのは2.5メートル。これでもセシルにはかなり長く、じゃらじゃらしてかなり邪魔くさい。


 野生動物相手にそこまで近くに移動するのは至難の業だ。

 しかも鎖を回すとブオンブオンと音が出る。

 至難の業どころではない。無理である。


 イルネもそこまで考えたが至ってなかったようで、にへらと笑って誤魔化そうとしている。


「いや、イル姉、これ長さ足りなくない?」

「ん~完全に想定外ですね。向かって来た相手か動きが遅い獲物にしか使えなさそうですね」

「とりあえず次行ってみよう。マーモよろしく」


 またマーモの後ろを着いて行く。

 するとマーモがナーと鳴いたので周りを見渡すとスライムが居た。


「今度は大丈夫そうね。と言うか、スライムってこんな小さかったっけ?」


 振りむいてライムと見比べると、かなり大きさが違う。


「ライムいつの間にか大きくなってたのかな? でもマーモとの差が変わってない気がするからマーモも大きくなってる?」

「そうかもしれないわね。ずっと一緒だから気が付かなかったわ」

「ほえ~。いつの間にか大きくなってたんだねぇ」


 そう言って2匹を撫でる。


「セシルも一緒に大きくなってると思うわよ」


 イルネがにこやかに1人と2匹を眺め、穏やかな時間が流れる。


「――ハッ!? 狩りよ! 何のんびりしちゃってるのよ! セシルやっちゃいなさい!」

「そうだったそうだった!」


 スライムがゆっくり植物を消化しているので、セシルが近付いて普通にグルグルと鎖を巻き付ける。

 イルネはこれでいいのか? と思うが、効果の確認には良いかと思い直す。


 少し離れて「じゃいくよ」と声をかけ雷魔法を使う。


 ビリッビリッ


 雷が流れると飛び跳ねて逃げようとするが、鎖が巻かれており、身動きが取れない。身体を液状にして通り抜けようとするが、雷の魔法が体に流れて上手く動けないようだ。

 次第に体内から空気の様な泡がボコボコ出始め、さらに少し時間が経つとただの水の様に身体が崩れて地面に流れ込み小さな魔石だけ残った。


「なっなかなか衝撃的な情景だったわね」

「ちょっと可愛そうだったかな?」

「ライムの前で言うのもあれだけど、スライムは畑を荒らす事もあって駆除対象になってるから仕方ないわ」


「よーし! 次行こう!!」

「切り替え早いわね」


 しばらくマーモに着いて行くと、河原に2匹のゴブリンがいた。

 1匹は木の棒を持っており、もう1匹は錆びた剣を持って魚を追いかけているようだった。 

 錆びた剣は恐らく死んだ冒険者の物であろう。

 視界を遮る物がほとんど無く、近付くとほぼ間違いなく気付かれてしまう。


「私がゴブリンの向こう側に移動するわ。音を立てて注意を引き付けるから、後ろから回り込んで、後ろにいる個体に雷鎖を使って。ライムとマーモは鎖が当たらない位置でセシルの護衛ね」


 セシル達が頷くのを見てイルネが移動する。



 イルネの準備が整ったようで、飛び出してくる。


「こっちだ!!」


 突然の声にビックリしたゴブリンは剣を取り落としそうになるが、しっかり掴み直して慌てて川から上がり、イルネに向かっていく。


 ギャアギャア!!


 その隙に後ろから雷鎖を回しながらセシルが近付く。


 ゴブリンが飛び跳ねるようにイルネに飛び掛かる。

 乱暴に振られた剣を受け止め、正面に跳ね返す。受け流してしまうとゴブリンの身体の向きが変わり、セシルの方に気付いてしまう可能性が高いからだ。


 2匹をバランスよく引き付けつつ、セシルの方にも注意を払う。

 倒すことに集中すれば、イルネであればゴブリン2匹程度はあっと言う間に倒せる。

 しかし、今回は雷鎖の練習である為、倒さないように視線のコントロールをしなければならない。

 1匹を殺してしまうと、もう1匹が逃げに徹してしまう可能性があるのでそれも出来ない。


 ギャッギャ!


 セシルのビュンビュンと回転する音が聞こえてきてゴブリンがそちらを振りむいてしまう。

しまった!! と思うが、その時にはセシルが投げた鎖が、木の棒を持ったゴブリンに巻き付く。


 グギェッ


 セシルはすかさず雷魔法を使う。


 バチバチバチッ


 魚取りで身体が濡れていたようで、鎖が振れている所だけでなく全身がビクビクとする。


 剣を持ったゴブリンがセシルの方に向かおうとするが、イルネが後を追い、肩から背中を撫で切りし、ドダッと倒れ込んだところを踏みつけて心臓を一突きにした。


「セシル、どう?」


 バチバチッ ギャアアア! バチバチッ ギャアアア!!


「良い感じ!! ……あれ? これどうやって仕留めたらいいの!?」

「剣鉈使えば良いじゃない」

「それもそうか! いくよっ」


 セシルが剣鉈を鎖に当たらないように胸に突き刺す


 バチッッ


「痛ったっ! えっ!? 剣鉈も雷流れてくるの!?」


 思わず剣鉈を手放すが、胸に剣鉈が刺さったままのゴブリンは徐々に息絶えて行く。


「ぶふふっ大丈夫?」

「ちょっと笑わないでよ! 予想してないタイミングで雷流れたら結構痛いんだよ!?」

「ごめんごめん。剣鉈の持ち手の部分も金属で出来てるのかしら?」

「多分。金属に皮を巻いてるだけみたい」

「なるほど。それは調整しないと自爆しちゃうね。自爆て。ぶふふっ。ガンツさんに持って行って剣鉈の持ち手も替えてもらいましょ」


 セシルはライムとマーモに魔石の取り出しをお願いし、ゴブリンから鎖を外すと、おもむろにイルネに近づき、サッとイルネの腕にギュッと鎖を巻き付けた。


「えっ!? ちょっ!! 待って!! 待って!! ごめん! 笑ってごめんって!!」


 セシルはニタニタ顔で腕から鎖を外してあげる。


「イル姉のそんな慌てた姿久しぶりに見た」

「そりゃ慌てるわよ。なんて恐ろしい事するのよ。鳥肌立ったわ」


「雷鎖、1匹相手じゃないと使えなさそうだね」

「そうね。分銅を頭とかに当てれるようになると、複数相手の武器として使えそうだけどまだ難しそうね」

「あっそうだ! なんか今日、鎖巻いた所だけじゃなくて全身ビックビクなってたよ!」

「いつもと何か違うのかしら? 水?」

「どうやって確かめたら良いかな?」


 セシルはイルネの方を見る。


「わっ私は絶対いやよ!」

「じゃ乾いた木の端に雷を流したのと、水を掛けてから雷を流したので比べるよ」

「どうやって?」

「反対側を僕が触るよ」

「大丈夫なの?」

「来るって分かってれば、大丈夫」

「考えられないわ」


 セシルは乾いた木を拾ってきてさっそく試す。


 バチッ


「感じないね」


 その木を川に浸してからまた試す。


 バチッ


「痛っ!! やっぱり水だ!」

「ふふっ人のを見るのは何度見ても面白いわね。水で効果上がるなら、ライムとマーモに水魔法で魔物を濡らす係をやってもらったら効果的じゃない?」

「それいいね! あっ!! 川に雷魔法流したら、遠くで川に入ってる人もビリッってなるんじゃない?」

「……想像したら面白いわね。でもそんなに遠くまで流れるものかしら?」

「やってみていい?」

「ん~ちょっとくらい大丈夫……なのかな?」

「やってみるね!」

「でも、誰か水に入ってないと結果が分からないんじゃ……」


 イルネの話を聞き終わる前にセシルは雷鎖を水に入れて雷魔法を使う。

 バチイィ

 しばらくすると複数の魚がぷか~っと浮いてきた。


「「……」」


「イル姉、どうしよう? 僕やっちゃったかも?」

「もしかして――川全部の魚が死んじゃった?」


 イルネとセシルの足がカタカタと震える。


「ほっほんとに死んだか確かめましょう! 生きてるかもしれないし! 私は川下の魚の様子見てくるわ!」


「そうだよ! 死んでないよ!!」


 慌ててセシルが川の中に入り魚を触ると、ビクビクッとなって動き出した。

 他の魚もしばらく時間が経つと動き出す。


「あっ焦ったぁあああああ」

「離れた所の魚には影響なかったみたい。川全部の魚を殺したかと思うと、冷汗が止まらなかったわ。今日は疲れたからもう帰りましょう」

「うん。でも、遠くまで影響ないなら魚捕り放題だね」

「それもそうね。でも何が起こるか分からないわ。安易に使わないようにね」

「分かった」


 こうして身体より精神的に疲れて帰るのだった。


 冒険者ギルドでイルネを待ち構えていたバッカは、今朝、腹パンされた事も忘れ意気揚々と話しかけるが『働けよクズ』と一蹴されて項垂れるのであった。

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