第73話 ライオットの苦悩


 やばい。やばい。やばい。

 どうしたらいい? どうしたら……


 ライオットは悩んでいた。


 もうすぐセシルを指導して半年が経とうとしていた。

 そう。セシルの魔法の進捗を聞かれるのだ。


 魔力のコントロールの練習をさせて、火力が1.5倍程度にはなった。

 だが、その後変化が無いのだ。

 蝋燭の火に、そよ風が吹いてちょっとだけ火が大きくなりましたよ。程度の火しか出せていない。

 火力だけで言うと未だに平民以下だ。



 非常にマズい。


(セシルがもっと!! いや……セシルは悪くない。授業時間外でも魔力コントロールの練習をしているようであるし、真面目にやっている。くそっ! 今更どうしたら……)


 ライオットは親指の爪を嚙みながら自室をウロウロする。なにより怒られる事が苦手なライオットは、全てを捨てて逃げ出したくなる。

 そろそろタント魔術長に呼び出されている時間になる。考えが纏まらないまま部屋を出て歩き出すと、いつの間にか魔術長の部屋の前まで来てしまった。


 扉をノックしようとするが幾度となく手が止まる。

 しかし、顔を出さない訳にはいかない。さらに数度ノックを躊躇った後に勇気を出して扉を叩いた。


「ライオットです」

「入りなさい」


 ライオットが入ると、魔術長の侍女がお茶の準備を始める。


「席に着きなさい」


 魔術長が向かいの席に座る様に促し、それに答えるようにぎこちない動きで座る。


「大賢者の師匠よ。ご機嫌は如何かね?」


 ――あなたに呼ばれて吐くほど気分が悪いです。――なんて言えるわけもなく、ほどほどです。と無難に逃げる。

 そうしている内にお茶が前に出されたので侍女に頭を下げ、さっそく喉を潤す。挨拶程度しかしていないが、すでに喉はカラカラになっている。

 空になったカップにすぐお茶を入れて貰う。


「で、大賢者の卵はどうかね? 報告書でも良いが、やはり彼の事は師匠の生の声を聞きたくてな」

「……はい。魔力は無尽蔵にあるように思えます。魔力コントロールも上手いようで、視力強化の魔法も両目使えます」

「ほぉ~それは凄い。お主の指導の賜物だな」

「いえ、そんな事は……」


 歯切れの悪い顔をするライオットを見て、魔術長は不思議に思う。

 魔力量が無尽蔵。そしてコントロールも上手く出来る。視力強化も両目。8歳であり得ない能力だ。問題があるようには思えない。


「どうした? 何か問題があるのかね?」

「魔法の威力ですが……」

「ああ。入学前に魔法を指導していなかったから、威力が弱いとの話だったな。今は強すぎて困っているのか? 魔力コントロールが上手いなら、その内キッチリ威力も調整出来るだろう? 気にする事は無い」

「いえ、逆です」

「逆とは?」

「威力は上がりました。上がったのですが、当初の1.5倍程です」

「1.5倍? 凄いでは無いか? いや、蝋燭程の火しか使えないという話だったか……まさか、今だ蝋燭の1.5倍程度だと!?」

「……はい。申し訳ございません」

「どういう事だ? 魔力コントロールが上手く、魔力量も無尽蔵。なぜそのような事になる?」

「分かりません。まず魔力コントロールの練習を繰り返しやらせて、問題なく出来るようになったので、思いっきり魔法を出させたところ1.5倍程にはなりました。その後、威力を上げる練習をしているのですが、今の所効果が出ていません」

「分かりませんだと? 半年も付きっきりで指導させてるんだぞ? 何かしらの結論が出せなくてどうする? そなたはいったい何をしていたんだ!?」

「申し訳ございません」


 ライオットは頭を下げる。


「謝罪などいらん。結果を出せ。お前が失敗したら任命責任は儂になるのだぞ? 分かっているのか?」

「……申し訳ございません」

「分かってるのかと聞いたんだ!! 謝罪はいらんと言ってるだろうが!」


 段々と小さい声になっていくライオットに反比例するかのように、タント魔術長の声は荒々しくなっていく。


「……申し訳、ございません」

「だからっ!! 謝罪はっ……もうよい。次は最低倍以上にせよ! それ以下の結果は認めんぞ。いいな?」

「はぃ」

「いいなっ!?」

「はいっ!!」

「全く。引力と斥力を使えるとは言え、その程度の威力なら平民2人連れて来たようなもんではないか。瞬間的な威力を考えると、平民より役に立たんではないか……」


 魔術長は魔術長で王様に報告をせねばならない為、プレッシャーを感じている。


「あの……もう帰っても?」

「さっさと出て行けっ!!」

「はっはい! 失礼しました!!」


 大慌てで頭を下げて部屋を出てくる。

 直近の山場を越えたとは言え、セシルの魔法の威力が伸びない限り、何度もこれが繰り返される可能性がある。むしろ、宮廷魔術師をクビになる可能性もある。そうなると他の職業で生きていける気もしない。宮廷魔術師をクビになったと言う醜聞があると、面子を気にする貴族はまず雇ってくれないだろう。

 考えれば考える程絶望的で、胃がシクシクと痛くなるのであった。



 セシルの魔法の威力が伸びていない件は、タント魔術長により王様に報告された。


「平民以下だと!? お主は問題ないと言うておったであろう? 結果が出なかったら、分かっているのか?」

「はいっ。もちろんでございます」


 タント魔術長は冷汗がダラダラと流れている。

(くそっあの無能め! せっかく大賢者の師匠と言うポジションを与えてやったと言うのに)


「半年後、結果が出ていなければ――ライオットと言ったか? クビにしろ」

「ハッ!! 承知致しました。」

「分かっておるな? 大賢者の才を持つ者は他に居ないのだ。失敗は許されぬぞ?」

「……ハッ」


 王が不機嫌な様子を隠そうともせず、手で払いのけるように部屋を出る様に促す。

 魔術長は冷汗を流したまま頭を垂れ、退出するのだった。


 次の日、ライオットに『半年後結果が出なかったらクビだ』との話が伝わる。

 この日を皮切りにライオットのセシルに対する態度が、本人も気付かない内に少しずつ少しずつキツくなっていく。

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