第71話 雷鎖の実践

 毎日少しずつ家の運動場で案山子に向かって雷鎖の練習をしていたので、実戦で使ってみようとイルネが提案した。


 セシルもグレートボア戦を経て、少し自信がついていた為、了承する。

 何より、魔物に効果があるのかセシルも知りたかった。流石にライムとマーモに使う訳にはいかない。



「この辺りがホーンラビットやゴブリンが出やすいみたいですね」


 冒険者ギルドで王都周辺地図と最新の目撃情報を見ている。

 ギルド内なので敬語だ。

 相手は野生の魔物なので情報通りとはいかないが、おおよその傾向が分かる。

 以前戦ったグレートボアは、完全に想定外の遭遇であった。


「ゴブリンがたくさんいたらどうするの?」

「3匹までなら私1人だと問題なく対処出来ます。ただ、セシル様の方に向かって行かれると、守る余裕が無い可能性があります。ライムとマーモと協力して自分の身を守れますか?」

「1匹なら大丈夫だと思う」

「分かりました。では、3匹までなら戦いましょう。セシル様の方には絶対に1匹しか行かせません」

「イルネは女の子なのに凄いね」

「ふふ。久しぶりに女の子って言われましたよ。学院の騎士科で5年間頑張りましたからね。これでも男の生徒を入れても上位だったのですよ?」

「男の人より強いんだ? 凄い!」

「今はどうか分からないですけどね。話を戻しますが、4匹以上だと逃げます。良いですか?」

「うん。分かった!」

「3匹も出来るなら避けます。2匹ならやります。その他、適宜判断して声をかけるので言う事を聞いてくださいね」

「うん。分かった!」

「この前みたいに私の言う事を破って戻ってきちゃだめですからね! 絶対ですよ?」

「うん。分かった!」

「どうも返事が怪しいんですよね……出来るだけホーンラビットを狙っていきましょう。それと、スライムも出るかもしれませんが……」


 イルネはライムの方を見る。

 自分達がライムの同族を殺すのは問題無いのか疑問に思ったのだ。

「倒して大丈夫みたいだよ! 仲間とか無いみたい。マーモも縄張り争いとかで同族と戦う事もあるみたいだし」

「そんなに詳しく気持ちが分かるんですか?」

「いや、何度かそういう質問した事あるから、今まで伝わって来た感情を合わせるとそんな感じ」

「なるほど~。情報を繋ぎ合わせる感じですかねぇ」

「そうそう」

「よし! じゃあ大丈夫ですね! さっそく行きましょう!」

「おー!」「ナー!」ぴょんぴょん



 冒険者ギルドを出る時、バッカがイルネの護衛として着いてくると煩かったが、イルネがボディーを思いっきり殴り「自分のボディーもガード出来ない奴が、ボディーガードを名乗るな」と言って黙らせた。


 ちなみに雷鎖の件は、バッカとその仲間のトリーに口止め料としてそれぞれ銀貨2枚を支払っている。

 バッカに雷魔法を試した時にトリーは居なかったのだが、あれ以来バッカが鎖鎧の音にビクビクするようになってしまった為、不審に思ったトリーが問いただしたようだ。

 それ以外の人には話してないと言う事で、お金を払って黙らせることにした。


 トリーはお金を貰わなくても黙っているので大丈夫です。と銀貨の受け取りを拒否したが、「受取る事で責任が発生するのだ」とイルネが無理やり渡した。

 トリーは、バッカからうっかり情報が洩れた場合、お金を受け取った自分も責を負わされる可能性を考え、受け取りを拒否したかったのだが、それが適わなかった為、青い顔をしていた。

 バッカはそんな気持ちも知らず、鼻をほじりながら「くれるって言ってんだから貰っておけばいいだろ? トリーは馬鹿だなぁ」と暢気に言っていたので、「誰のせいでこんな思いを」とトリーの手は怒りで震えていた。



 街門を出て一刻ほど行った所に今回の目的地がある。

 目的地と言っても明確な目印があるわけではないので、おおよそこの辺りだという感じだ。


「この辺りね。お試しで雷鎖をあそこの大きい木に向かって投げてみて」

「分かった。ライム、マーモ離れててね」


 セシルはいつもの感覚で雷鎖を回す。

 ビュンビュンと音がし始める。少しずつ回す鎖の長さを長くしていく。


 するとバサッバサッと音が鳴り始め、最終的にはガサササと小枝に絡まって止まってしまった。


「ええーっ」


 セシルが、まじかよ。と、下唇を出して渋い顔をするが、イルネはこうなる事が予想通りだったようで、ふふっと小さく笑っている。


「ちょっ! これ届かないよぉ~」


 セシルは自分の背より高い位置で引っかかった鎖を取ろうとするが、背伸びしても手が届かない。その為、鎖をびゃんびゃん引っ張って無理やり取ろうとする。


 その後もイルネは鎖を取るのを手伝わない為、セシルはびゃんびゃん枝を揺らし続ける。

 イルネは手伝わない理由があった。多少危ないが、これもセシルの経験の為だ。

 経験させるためとは言え、分銅が目に当たったりしたら失明の危険がある為、セシルの引っ張る方向が危なければ止めるつもりだ。


 びゃんびゃん揺らしても取れない為、背中を向けて思いっきり鎖を引っ張る。


「ん~っ!」


 すると、バキッと折れる音と共に、文鎮と枝がセシルの背中にドッと音を当てて当たった。

「ぐふぇっっ!!」


 セシルは痛みに思わず蹲る。


「大丈夫?」

「……だっ大丈夫じゃない」


 イルネは思わずグフッと笑ってしまう。

 枝が分銅と身体の間のクッションになっていたのが見えていたので、そこまで痛くないはずだ。


「イル姉、笑うなんて……ひどい…」」

「ぐふっ、これで、分かった? ぐひひ、引っ掛かった鎖や紐を思いっきり引っ張ると、ぐふふふ、さっきのように、ぐふっ、勢いがついて危ないのよ。ふひひ」

「そんな、ふふっ、笑わないでよ。ふふふ」

「だって『ぐふぇっっ!!』って、思い出したら、ぶっふぉ」


 イルネが笑うので釣られて笑ってしまい、2人で一頻り笑い合うのであった。

 

 落ち着いてからセシルがふと疑問に思った事を問いかける。


「引っ張るのはダメならどうしたらいいの?」

「剣鉈使えばギリギリ届いたでしょ?」


 セシルが剣鉈を持って先程の枝の折れた所に伸ばしてみる。


「あっ届いた」

「ね? 届かない時も周りの何かを使って工夫すると大抵はどうにかなるよ。どうしようもなくて引っ張る場合も、近くの木に鎖を回すように掛けて引っ張ると、自分の身体には飛んで来ないから比較的安全に引っ張れるわ」

「なるほど~」

「絶対に自分の方に飛んでくるように引っ張らない事。それと引っ張る時は自分で雷鎖を使う時よりコントロールが効かないから、絶対周りの安全を確認してからやるように」

「分かった! じゃ獲物探しに行こう! マーモ、魔物の臭いあったらよろしく」

「ナー!」


 マーモが鼻をひくひくさせながら歩くのを着いて行く。

 しばらく歩くとマーモが止まって静かに鳴いた。


 その先を見ると、ホーンラビットが1匹草を食んでいた。


 セシルは雷鎖がイルネ達に当たらないように少し離れた所に移動する。

 先程の反省を生かして小さく鎖を回す。


 ひゅんひゅんと音がし始めた所で、ホーンラビットが音に気付いて逃げる。

 慌ててセシルが分銅を投げるが、枝に当たり狙いが逸れた上に全く届いてなかった。


「イル姉……これ、長さ足りなくない?」

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