第53話 冒険者 バッカ

 セシル達が冒険者ギルドを出ようとした所で、10代後半であろう青年が声を掛けて来た。


「なあ、大賢者様だろ?」


 後から青年の仲間らしき男が「おい! やめとけって」と声を掛けているが無視しているようだ。


「違いますけど?」


「いや、スライムとマーモット連れてるなんて大賢者様しかいねぇだろ?」


「そうなんですか? でも違いますけど?」


「おい! こっちが下手に出てりゃいい気になりやがって!」


「いい加減にしないか? 大賢者はとうの昔に亡くなっているぞ? 勉強してから出直して来い」


「あ? 騎士だろうが俺らと同い年くらいじゃねぇか。同じ冒険者なら鉄級の俺らの方が上だからな。言葉使いに気を付けろよ」


「それは大変失礼しました。鉄級冒険者様」


 イルネが高位の者に対するように、慇懃に礼をするとギルド内で大きい笑いが起こった。

 周りの冒険者達は、馬鹿が何と話しかけるのか注視していたのだ。

 まさか王様に目を掛けられている様な人に対して、気軽に話しかける様な馬鹿な奴はいないだろうと思われていたのだが、そのまさかがいたのでお喋りを辞めて静かに見守っていた。


「おいおい! あいつ鉄級で威張ってやがるぞ! しかも、よりにもよって騎士と王様の肝いりである大賢者の『素質を持つ』少年に対してだ」


「あいつ終わったな。今日は酒が美味そうだ」


 ガッハッハッハとギルド内が大盛り上がりだ。


「おい! だから辞めとけって言っただろ!? 大変申し訳ございません!! どうかこのバカの無礼をお許し下さい」


 話しかけて来た少年の仲間が頭を下げる。


「何でお前が謝るんだよ!? このガキが俺に嘘を付いたのが悪いんだろうが! 俺は嘘は良くない。って婆ちゃんに言われて育てられたんだ!」


「バカが!! 大賢者の素質を持っているが、今はまだ大賢者じゃないだろうが! だから、『大賢者ですか?』と聞かれて『違います』と答えるのは当然だろ!! お前もさっさと謝罪しろ!」


「だが、俺らの方がランクが上だろうが!」


「お前は本当にバカか! 冒険者ギルドのランクは資格と能力の証明であって、爵位じゃねぇんだよ! オリハルコンの冒険者であろうが、もし叙勲を受けていないなら平民だ! 騎士様より身分が低いんだよ!」


「え? そうなの?」


「そうだって言ってるだろうが! さっさと謝罪しろ!!」


自分のやった事にようやく気付いた青年の顔はみるみる青くなる。


「ももっ申し訳ございませんでしたーーー!!!」


「いえ、鉄級冒険者様に大変無礼な口の聞き方をして申し訳ございませんでした」


「……あれ? おい。騎士様が俺の方が上だって言ってるぞ?」


「だからお前はバカなんだよ! 嫌味も分かんねぇのか!」


「では我々は用事があるので失礼してもよろしいでしょうか?」


「はっはい! このバカにちゃんと言い聞かせておきますので!」


「ああ。そうでした。鉄級冒険者様のお名前を伺ってませんでしたね。教えていただいても?」


「おっお許しを!」


「あ? 何で許しを請うんだ? 俺はバラックだ」


「覚えておきます。バラック様。では、失礼」


何が起きているのか不思議な顔をしているセシルの手を引いてイルネはギルドを出て行った。


イルネ達が出ていくのを見ていたバラックの仲間トリーは「終わった」と言いながら膝から崩れ落ちた。


「おい。さっきから何なんだ?」


トリーは膝と手を付いたまま動かなくなった。

動かなくなったトリーの代わりに近くにいたベテラン冒険者が教える。


「お前が死刑になる事を悲しんでんだよ」


「は? 誰が死刑だって?」


「お前の名前、バッカって言ったっけ?」


「ちげぇよ! バラックだ! 将来オリハルコン冒険者になるんだ! 覚えておけ!」


「ああ、すまない。バッカじゃなくてバラックか。死刑になるのはバカ、お前だよ」


「は? 何で俺が死刑になるんだよ。バカじゃねぇよバッカだ」


 自分でバッカと認めてしまった。


「騎士様に喧嘩売って名前覚えられたんだろ? 後で憲兵が来るんじゃねぇの? ここにいる全員がおめぇの暴言の数々の証人だ。オリハルコン冒険者になれなくて残念だったな」


「え? 死刑になるの……ですか?」


 バッカはベテランと話してる事を思い出し今更敬語を使う。


「逆に聞くが、お貴族様に喧嘩売って頭を下げさせたんだぞ? 無事で済むと思ってるのか? さらにだ。あの少年に騎士様が敬語使ってたって事は、騎士より身分が上なんだろ? しかもあの少年は王様の肝いりって人物だぞ?」


 騎士は準貴族とは言え、平民から見れば貴族は貴族だ。

 セシルは平民出身だと言う事は王都中に伝わっているが、騎士が敬語使ってるという事は、すでにそういう地位である事の証左である。


「えええええええええええ。やっべぇじゃん。どうしたらいいですか? トリー、俺どうしらいい!?」


「知らねぇよ!! 散々止めただろうが! お前の親にお前が死んだ理由を何て説明するか考えてるから黙っててもらえる?」


「ちょっ! なあ、おっさん! いや、おじ様! どうしたらいいですか?」


「はっはっはっ誰がおじ様だ! どんまいっ」


「死にたくねぇよ! 俺童貞なんだよ! 死にたくねぇよ」


さらにギルド内が大爆笑に包まれる。


「ちょっ! 俺、謝ってくる!」


バッカはイルネ達を追いかけて、ギルドから出て行った。

イルネ達が装備を整えると言ってたのは聞こえていたらしく、道に迷うことなくすぐ追い付くことが出来た。


「騎士様!!」


「おや? 鉄級冒険者様のバッカ様ではないですか。どうされました?」


「バラックだ……です! あの、申し訳ございませんでした! お願いです。死にたくないんです。俺はまだ事を成しておらぬのです! 事を成すまでまだ死ねません!」


「何を成したいのです?」


 イルネは何か大きな野望や感動の話が聞けるかとワクワクして聞く。


「俺……まだ童貞なんですよ!! 童貞のまま死ぬなんて……」


 ワクワクしていたイルネの目が一気に冷める。


「別に無礼を働いたくらいでどうこうするつもりも無かったのですが、今殺したくなりました」


「何故だ!? ですか!? お願います! 死にたくないんです!」


「はいはい。分かったから。今度セシル様に変な絡みしたら本当に殺しますよ?」


「ありがとうございます。ありがとうございます。感謝します! この童貞、あなたに捧げます!」


「今、殺そうか?」


「ひっぃ。しっ失礼しましたー!」


 こうして無事に生き延びたバッカは、ギルドに戻るなり騎士様の寛大な心で死を免れた事と童貞をあの騎士様に捧げると喧伝した。

 その事をまだイルネは知らない。


 余談だが、仲間を含めバラックの事を『バラック』と呼ぶ者は居なくなり、『バッカ』として浸透する事になった。

 ギルドにも問題行動を起こす人物と判断され鉛級に降格、さらに書類から何から全てバラックからバッカに書き換えられ、新しく発行された冒険者プレートにもバッカと記載された。字が読めないバッカは、身分証になりえるプレートまで『バッカ』と改名されている事に気付くのに長い時間を要したのであった。

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