第54話 初めての冒険者のお仕事1

 去って行くバッカを眺めていたセシルがイルネに訊ねる。


「あの人、何だったの?」


「何なのでしょうね。世の中には理解出来ない人種と言うのが存在するのです。セシル様もあんなバカにはなるべく関わらないように注意してくださいね。あのバカの仲間はまともそうだったのが救いですけど。さあ、あんなの忘れて防具と武器を買いに行きましょう!」


 イルネの案内で迷うことなく防具屋に向かう。

 セシルが授業に行っている間に食糧の買い出し等をしているので、主要な通りの道はすでに把握しているようだ。

 街の中は防衛の観点から詳しい地図作成が禁止されている為、自分で歩いて覚えるしかない。

 一応、門の位置など必要最低限な地図は街中に立て看板として存在する。

 その他、街の外の地図は作成が認められている。


「こちらが防具屋です」


 防具屋は洋服屋とは違い、脂や革の独特な匂いが漂っていた。服の形をして陳列されている物もあれば、まだ素材だけの状態で積み重ねられてる物もある。


「ゴツゴツした鎧が、もっとたくさん並んでると思ってた」


「鎧ももちろんありますけど、王都近辺ではあまり大物が出ませんからね。身軽に動ける革鎧か私が着ているような軽鎧の方が多いのです。それにゴツゴツしたのは身体に合わせる必要があるので、オーダーメイドが多いですね」


「オーダーメイド?」


「注文者に合わせて特別に作るのです。かなり高くつきますね。今回、セシル様の防具はブラックベアーの革で作った革服にします。軽くて丈夫で安い。そして鎧として加工してないので、多少サイズが大きくても紐で縛って調整すれば着れます。成長期ですからね」


 そう言いながらイルネが手に取ったブラックベア―の革をセシルに渡す。

 革の真ん中に頭を通す穴が空いており、お腹の辺りに紐が通してあるだけの簡単な作りの貫頭衣だ。

 セシルはその場で、服の上から試着する。


「上だけ買うの? これちょっと臭いね」


「おー似合ってますよ! 下は脛当て位は欲しいですが、まだセシル様には重たいと思います。森を歩き慣れてから購入しましょうか。魔物を狩りに行くわけではないのでとりあえず上だけで大丈夫です。臭いはその内慣れますよ」


「魔物狩りに行くと思ってた」


「魔物を狩るのはまだ早いです。冒険者ランクも一番下なので、その様な危ない依頼も無いですし。薬草を採りに行くんですよ」


「よかった~! 魔物狩るの怖いもん」


「ふふ。安心してください。武器も護身用の短いやつしか買わないです」


 イルネが防具屋に置いてあった剣鉈を取って、剣をぶら下げる帯と先程のブラックベア―の革服を一緒に購入する。

 革服はセシルが着たままだ。

 費用は申請すればトラウス領から出して貰えるようだ。


「武器屋で買わないの? それに剣じゃないんだ?」


「武器屋で買ってもいいですが、剣鉈だと武器屋に行っても数打ち品でそんなに違いが無いのですよ。それと採集作業とかだと剣鉈の方が邪魔な木を切ったり小動物を解体するのが短剣に比べて使いやすいですからね」


「ふ~ん。そうなんだ」


「使ってみると分かりますよ。はいどうぞ」


 セシルは渡された帯を腰に巻いて剣鉈をぶら下げる。


「おお~カッコイイ」


「セシル様カッコいいです!」


「今なら魔物倒せそう」


「絶対だめですからね!」


「冗談だよ。ライムとマーモには何か買わないの?」


「人目に付く所で剣を持たせる訳にはいかないですし、マーモの服は特注になるしライムはどう着せたらいいかも分からないですからね」


「そっか~。何か持たせたいな~」


「ふふ。何か面白いの思い付いたら教えてくださいね」


「うん! 凄いの思いつくから楽しみにしといて!」


「次は道具屋で背負い籠を買いましょう」


 道具屋でも買い物を終えると、食事をしてから冒険者ギルドに戻る。


「先に冒険者ギルドで依頼を受けなかったのは何で?」


「朝は依頼を受注する所が混んでるんですよ。私達は慌てて受注する必要がないので、ゆっくり見ようと思いまして」


「そっか! イルネは頭いーねー」


「それほどでもありますね」


 2人でデヘヘヘと笑いながら冒険者ギルドの中に入ると、朝ギルドに来た時と雰囲気が違いざわざわ感がある。薄っすら「どうてい」とか聞こえて来るが、2人には何が起きてるか分からなかった。

 バッカが『イルネに童貞を捧げる』発言をした事でざわざわしていたとイルネが知るのは2週間後の事である。



 2人と2匹は鉛級の依頼掲示板を見に行く。

 掲示板には木の札がいくつも掛けられていた。紙は高価な為、木の札に依頼を書き、完了すると文字を削り取り、次の依頼を書くようだ。

 鉛級の依頼のほとんどが掃除や運搬など、身体が健康な大人なら誰でも出来るような物だった。

 そんな中、定常依頼と言うものがある。

 年中依頼が出ており、全ランクの冒険者が受けれるが、なるべく低位冒険者に回しましょうという依頼だ。

 薬草採集もその1つで、これは受注申請をしなくても現物を持ってくれば依頼完了となる。

 イルネも冒険者は初めてなので、薬草採集が定常依頼という事は知らなかった。

 とは言え、定常依頼の内容は土地によって変わってくるので、知らなくても当然ではある。


「薬草採集は定常依頼であるんですね。どの辺で採集出来るか資料を見てから行きましょう」


 資料による情報収集はセシルに任せる。

 自分で考える癖を付ける為だ。


「あっこれ知ってる! 怪我した所に塗る奴だ!」


 セシルは森に近づくなと言われていたが、それでも辺境育ちだけあってそれなりに詳しい。

 ダラスの指導があったのも大きい。


「そうそう。それが薬草ですよ。色んな種類があるから分布図と魔物の生息地を見比べて、魔物からなるべく離れた所を探して採りに行きましょう。あと、今日はそんなに時間ないので近場で探しましょう。見に行くだけになっちゃうかもですね」


「じゃーここにする!」


「良いですね。近そうですし早速行きましょう」


 目的地に近い門から出ていく。

 出ていくときは問題が起きない限り一々身分証を確認されない。

 入る時はイルネは騎士証、セシルは学生証があるし、2匹も従魔証をかけているので問題ない。


 門から半刻ほど歩くと、細い川のほとりに薬草が群生していた。

 街から近く、尚且つ定常依頼なのに薬草が群生している理由は、単純に稼げないからである。

 1日頑張っても宿代と食事代が出るのがギリギリだ。

 知らない人と同じ部屋に入れられる雑魚寝の宿で1泊1500ギルはかかる。

 薬草採集で1日4~5000ギル程度の稼ぎとなるが、食事などの事を考えるとかなり厳しい。


 日銭に苦しむ低ランクの冒険者は安定した日給(6~7000ギル)が貰える土木作業をする事が多い。それでも雑魚寝宿より少しでも高い宿に泊まると厳しいのが現状だ。

 冒険者ランクが上がると魔物討伐などに移行していく為、薬草採集は冒険者初級の人達が薬草の種類の勉強の為か、討伐の帰り際に余裕があったら行う程度である。


「おお~たくさん生えてるね!」

「定常依頼の薬草は5束単位で買い取りみたいですね」


「せっかくだから少しだけ採って行ってもいい?」


「そうですね。せっかくなので少しだけ採って行きましょ。完了処理までの流れもやってみたいですし」


 マーモが薬草の周りの土を掘って採りやすくしてくれる為、思ったより楽に採集が出来る。

 今回は昼過ぎから冒険者ギルトを出たため、20束を採っただけですぐ切り上げる。


「マーモが居たらけっこうたくさん集まるかも」

「そうですね。意外と稼げるかもですね」


 冒険者の活動はお金を稼ぐ大変さを知る事、万が一の時1人でも生きていける知識を身に付ける事など様々な理由で行う。

 辺境伯の指示などではなく、イルネの発案だ。イルネ自身が冒険者をやってみたかったのも多分にある。

 稼ぐ大変さを知る事も大切だが、楽に稼ぐ方法を考えるのも大事である為、マーモに手伝って貰うのもセシルの工夫の1つであるとし、許容している。


「暗くなる前に帰りましょう」


 2人と2匹で帰っていると鳥がセシルの頭に乗って来た。


「あっこの鳥!」


「知ってる鳥ですか?」


「うん。魔法の授業中に僕の頭に乗ってくるんだ。あっ魔法の授業にエサ持って行くの忘れてた」


 ライムがセシルをよじ登り、頭に止まっている鳥に触手を伸ばしてきた。


「あっダメ! ライムこの鳥食べちゃダメだよ!」


 鳥が森に飛んでいくと、ライムはしょぼんとした雰囲気でマーモの背中に戻って行った。


「今日の夜ご飯は初めて稼いだお金でお肉を買って帰りましょ!」


 ライムはポヨンポヨンと身体を振るわせて喜んだ。

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