第52話 冒険者登録


 初の休日が来た。


「セシル様、今日は冒険者登録に行きますよ!」


「うんっ! 楽しみ!」


 クリスタとマリーは侍女達がみっちり指導してくれたようで、今日の秘密の特訓に参加させろとダダを捏ねてくる事は無かった。

 そもそも秘密の特訓などは無く、冒険者活動なのだ。一緒に参加する! と言って来たら何と断ったらよいかとセシルは頭を悩ませていたので助かった。

 侍女は本来、主に対して立場が下のはずだが、セシルの中で侍女の権力の高さがうなぎ昇りである。

 サルエルを含むキリエッタとカイネが特殊なのだが、たまたまセシルが出会った侍女に強烈な偏りがあったのだ。


 朝ごはんを食べて、イルネは騎士服、セシルは訓練の時に使っているボロ服を着て出発である。今回はライムとマーモも一緒だ。

 学院の平民門から出ていく。


「実は私も冒険者にちょっと憧れがあったのですよ」


「そうなの?」


「私は騎士の家に生まれたので、騎士になるか嫁ぐしか道が無かったのですよ。冒険者は自由なので、羨ましかったのです」


「そっか! 今日夢が叶うの?」


「う~ん。本職が冒険者になるわけではないので、夢が叶うとは言えませんけど楽しみではありますね」


「僕の侍女を辞めればイルネの夢が叶う?」


「いえ、セシル様の侍女を辞めれば、好きでもない人と結婚させられるだけなので、今セシル様の侍女をやっているのは自分の望みですよ。今楽しいですから気にしないでくださいね」


「それならいいんだけど」


「あっほら、見えてきました! あの剣と盾の絵が描かれている看板が掛かっている所が冒険者ギルドですよ!」


「うわぁ~怖そうな人達がいっぱいだ」


 お世辞にも綺麗な格好をしている人は少なく、誰もが武器を持ち、顔に傷がある者も多く、とにかく人相が悪い人ばっかりである。


「あの人達が聞こえる所ではそんな事言っちゃいけないですからね」


「うん。気を付ける」


 セシル達が冒険者ギルドに近づいて行くとザワザワとし始める。

 ライムとマーモがいるので当然だ。


「おい、あれってまさか大賢者の再来とかいう」


「ああ。あのガキがそれか。分かっちゃいたが、やっぱり小せえな。絶対に絡むなよ? 王様の肝いりって噂だぜ」


「分かってんよ。学院の中にわざわざあいつ専用の家を建てたってんだろ? あんな年齢から将来が約束されてるたぁ羨ましい限りだぜ。そんな奴に絡んだりしたら、命がいくつあっても足りねぇよ」


 冒険者は情報が命を左右する為、セシルの事やその従魔の事ももちろん知っている。

 セシルの事に関しては、農民でも噂話を聞いたことがあるくらいなので、知らない方がおかしいくらいではあるが、冒険者は噂話の精度も高い。


 冒険者ギルドは人が多く出入りする建物とその横に大きな倉庫の様な建物、さらにその横にお酒を飲む看板が付いた建物があった。

 真ん中の倉庫から血生臭い臭いが漂ってくる。


 イルネは人が多く出入りしている開き扉を開けて中に入り、それに続くようにセシルと2匹が続く。


 中に入ると大きな掲示板、それといくつかカウンターが並んでおり

『申請・登録・再発行』『受注』『依頼』『支払い・受け取り』などの看板がそれぞれに付いていた。


 また冒険者たちがライムとマーモを見てザワザワし始めるが、特に絡んでくる者はいない。


「おっきい」


「私も王都の冒険者ギルドには初めて入ったのですが大きいですね~」


「トラウスの冒険者ギルドはもっと小さいの?」


「この半分、いやもっと小さいかもですね。では早速登録に行きましょう」


 『申請・登録・再発行』の看板の付いたカウンターに歩いていく。

 カウンターには2人の職員が並んでおり、空いていた為、待たずに順番が来た。

 受付嬢は40代程度だろうか、ふくよかな女性だ。

 クリスタの侍女キリエッタを庶民にした感じだ。


「セシル様ですね。本日はどのようなご用件で?」


「あれ? 何で僕の名前知っているのですか?」


「ふふ。スライムとマーモットの従魔と言えばセシル様だと誰もが知っていますよ」


「えっそうなの!?」


「ええ有名人です」


「えぇ~!? どおりで皆見てくると思った……」


セシルは嫌な顔をする。トラウスの街での事を思い出したのだ。


「トラウスで起きたような事は起きないですよ。本日は冒険者に登録したくて来たのだ」


騎士モードのイルネが応対する。


「はい分かりました。登録はお二人と2匹でよろしいですか?」


「ああ。それで頼む」


「ライムとマーモも冒険者になるの?」


「魔物に冒険者の資格は無いですよ。セシル様の従魔として冒険者カードに記載するのです。ちなみにそちらの2匹は小さいから大丈夫ですが、もしマーモットより大きい従魔を連れてくる様なことがあれば、隣の建物に預けてから入ってきてくださいね」


「知らず連れて来てしまい申し訳ない」


「スライムとマーモットの2種類ならおそらく大丈夫ですが、魔物に身内を殺された者や一生治らない怪我をした者も多くいますので、諍いの原因にもなりかねません。従魔の取り扱いには十分注意してください」


「うむ。覚えておこう」


「隣の倉庫は魔物を預ける所ですか?」


「主な用途は魔物の素材の鑑定や、解体などを行う場所です。中が広いので従魔も一時的に預けることが出来ます。ついでに言うと、倉庫を挟んで反対側は冒険者ギルドが運営している居酒屋となっています。倉庫が血生臭いので、近くに誰もお店を開きたがらないんですよ。その点冒険者は魔物の臭いに慣れているので飲み屋にしても入ってくれますからね。話が逸れました。では、登録の続きをしますね。お二人とも初めての登録でよろしいですか?」


「ああ。2人とも初めてだ。従魔登録はしてある」


「ふふ。従魔登録してないと王都内を歩けないので分かっておりますよ」


「それもそうか。お恥ずかしい」


「それと二人分の登録料として5000ギル必要ですがよろしいでしょうか?」


「大丈夫だ」


「ではお名前、年齢、出身地などこちらに記載をお願いします。字は書けますか?」


「問題ない」


セシルとイルネは必要事項を書いていく。


「ではこれで大丈夫です。プレートは少しお待ちいただければお渡し出来ます。作成している間、冒険者の説明は致しますか?」


「頼む」


「冒険者にはオリハルコン、ミスリル、白金,金,銀,銅,鉄,鉛の8つのランクに分かれています。冒険者に成りたては誰であっても鉛ランクスタートです。あちらの看板をご覧ください。ランク別に依頼が掛けてあります。自分のランクの前後1ランクまで受けることが出来ます。受けたい内容の依頼を見つけたら、受注のカウンターで受けてください。受けたい方が複数いる場合は基本的には早い者勝ちです。いくつかの依頼をこなし、依頼の評価、回数が規定の数を超え、面接や試験を受け合格すればランクを上げることが出来ます。ここまでよろしいですか?」


「ああ。セシル様も大丈夫ですか?」


「うん。大丈夫」


「続けます。もし依頼主からの評価が悪い事が続いたり問題を起こしたりすると、規定に則りランクダウンもあります。それと冒険者のネームプレートが階級ごとに色が分かれていますが、鉄ランクから身分証として使えます。鉛ランクはお金さえ払えば誰でもなれるので身分証としての効力はありません。その為、最低『鉄』ランクを目指す事をお勧めします」


「了解した」


「依頼完了に必要な素材や売却する素材はすべて隣の建物に持っていってください。そこで札が貰えるので、それを持って支払いのカウンターに行くと査定が終わり次第、報酬が支払われます。素材以外の仕事の場合は依頼主に完了の印を貰ってきてください。最初の説明はこれくらいですね。その他規約等はあちらに置いてありますので必ず読んで理解しておいてください。読まずに問題を起こして資格はく奪にならないようにお気をつけて」


「ああ分かった。素材や地理に関する本などはあるか?」


「それはあちらの部屋に御座います。持ち出しは出来ませんので、必ず室内で見ていただくようお願いします。プレートが出来たようですね。再発行にはまたお金が掛かりますのでご注意ください。また分からないことがありましたらいつでもお声がけください」


「ああ。ありがとう。世話になったな」


冒険者プレートを受け取ると首から掛けるタイプで、薄い楕円形の金属には名前が彫られていた。セシルのプレートにはライムとマーモの名前も彫られている。


セシルは親からもらったネックレスと二つ掛けることになる為、元から掛けているネックレスのチェーンに冒険者プレートを移し、一つにまとめた。

 親からもらったネックレスは骨で来ているが、二つが当たる音は然程気にならない。


「セシル様、似合っていますよ! では依頼を受ける前に冒険者規約を一通り読んでからセシル様の装備を整えに行きましょう」



 セシル達が冒険者の規約を読み終わり防具屋に行きましょう。と話していた時だった、少し離れた所から若い男たちの会話の内容がうっすら聞こえてくる。


「やめとけ!」


「お前はバカだな~。何も分かってねぇよ。大賢者が新人の頃に仲良くなってダチになっておくと、将来安泰だろうがよ。目先だけの事だけ考えてるだけじゃダメなんだ。そんなんじゃこの先、生き残れねぇぜ? まあ俺に任せとけ」

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