第217話 一触即発2

 セシルハウスの前で死んだアンキロドラゴンの可食部はほぼほぼ無くなってしまったのか、周囲にいる魔物はゴブリンやスライムくらいで、そのゴブリンやスライムが見えないほどの大量の虫が湧いている。

 虫達はアンキロドラゴンの腐敗臭に集まって来たのだろう。

 いや、スライムの周りだけは瞬間瞬間にスッと虫が消えているのでスライムがついでとばかりに捕食しているのかもしれない。


 スライムと違い虫に上手く対応出来ていないゴブリン達は虫に襲われてアンキロドラゴンを食べるどころか逆に餌にされているまであった。


 その様子を見て震えている集団がいた。

 小川でしっかり休憩しつつも着実に歩を進めていたバッカ軍団はセシルハウスの前まで来ていたのだ。


「なっなんだこれは」

「気持ち悪すぎるだろう」

「襲われているのはなんだ? いやすでに死体か」

「でかい。ポストスクスよりデカいぞ。まさかドラゴンの死体か?」

「ドラゴン!? まさかドラゴンが虫に殺されたのか?」


 虫が集まり過ぎて輪郭がボヤけてしまっている巨大な死体であろうものを見ながら鳥肌が立つ。


「だとしたらここも危険じゃないのか?」


 ポストスクスも心なしか後退る。


「だが、ドラゴンの死体だとしたらとんでもない財宝だぞ」

「虫さえどうにか出来れば素材を取り放題じゃないか?」

「いや、あの虫に襲われているゴブリンらしき魔物を見てみろ。これ以上近付くのは危険だろう?」

「おいおい。ここで引く選択肢は無いだろう。ダンジョンなんかに入るまでもなく俺達の栄光はそこにあるんだぞ」

「虫如き、火を焚けば大丈夫じゃないか?」

「それもそうだな。木を組んで燻せば問題無いか?」

「しかしのんびりしている暇は無いぞ。神殿騎士共が来る前にやらなければ」

「木じゃ時間がかかりすぎる。そこらの草でいい。ある程度集めたら火を付けて次々に追加していけばよいだろう。幸い虫よけの葉も近くに生えているようだ。塗りたくれ。さあ、さっさとやるぞ」


 上級冒険者達が手際よく作業を開始する。


「おいっバッカ、何ぽさっとしてんだ! さっさと動け」


 バッカは状況を把握するために脳みそをぎゅるぎゅると動かしていたが、自分が把握する前に物事が決まっていく事でさらに処理が追い付かずその場で周りを見渡しているだけだった。

 それを見かねたトリーがバッカの肩を叩きながら声を掛ける事でようやく再起動する。


「おっおう……なっ何をすれば」

「まずは虫よけを塗りたくれ」


 バッカはこれまで謎にリーダーの様な立ち位置にいたが、いざと言う時の決断力の速さは上級冒険者達には圧倒的に劣っており、流れに付いていけず思わずトリーにさえ指示を仰ぐ始末だった。


 ――このようにして名ばかりのバッカ軍団は大慌てで行動を開始していく。




☆神殿陣営&帝国人陣営☆


 川に突っ込んで行ってしまった神殿騎士ファンブルや、必死に水を飲む奴隷たちの様子に毒気を抜かれてしまった帝国人達だが、だからといって油断をして仲良く和気藹々とする様な相手では決してない。

 帝国人と教国の人間は相容れない関係である上に、帝国組はセシルの家から盗んだ素材も持ち歩いている。


 だが即時戦闘をする訳にもいかない。

 お互いかなりの大人数なのだ。

 帝国後続組が行商人込みで10名に先行組が7名の計17名にポストスクス3体。

対する神殿組は神殿騎士6名、ロディとカーナ含む奴隷8名の計14名にポストスクス2体。


 パッと見の判断では人数的にも戦闘職の人数を見ても帝国組が優勢。

 だが、この人数がぶつかればお互い無傷とはいかない。

 ディビジ大森林で血の臭いさせるのは非常にまずい。


 今はアンキロドラゴンの死体を貪った近隣の魔物達は腹が膨れて大人しくしているかもしれないが、  それも希望的観測だ。

 それがいつ自分達に牙を剥くか分からない。

 遅れて遠くから魔物がやってくる可能性も充分にある。


 神殿騎士や奴隷達の様子に一度毒気が抜けてしまった帝国組だが、再び剣を持つ手に力が入る。


 ザバッ ザバッ 


 と川の中を全身濡れの身体を引きずりながら歩く神殿騎士ファンブルは、恥ずかしさを誤魔化そうと大きな声で奴隷たちに指示を出す。


「おい! 何をしている。異教徒の前で無様な姿を見せるな! 戦闘準備だ剣を抜け!! 異教徒どもを駆逐するぞ!」


 戦闘準備だと言われても奴隷達はキョロキョロと周りを見渡すだけで、中には疲れのままにペタンと座り込んで動かない者もいる。


 神殿騎士達以外で剣を抜いたのはロディとカーナのみ。


 あまりの体たらくにファンブルは頭がカッとなる。


「何をしてっ……!!」


 そこまで言った所で気が付く。

 反乱防止の為、奴隷達には武器を持たせていないのだ。

 何なら日常生活は問題ないが戦闘となると邪魔になる程度の重さの腕輪までされている始末。


 ただでさえほぼ同程度か、異教徒の方が人数が多いまであるのにこちらは武器無し重りアリのハンデが6人もいる。


――これはまずい。


 指示を出したファンブルに冷や汗が出てくる。

 だが、こちらの言葉はあちらに通じていないはず。今ならまだ穏便に引き返せるはずだ。


 だが、不幸にも帝国側にはほぼ問題なく通訳出来る商人がいた。


『なんて言っていた? まあ奴らの様子を見ると聞くまでも無いが』

『戦闘準備だ。異教徒共を駆逐する。と』

『上等だ』

『やってやる!』


 帝国側のほぼ全員がいきり立つ。


 その帝国組の様子を見て通訳がいる可能性が高いと判断したファンブルは慌てて小声で指示を出し始める。


『ちょっと待て、本当に俺らを駆逐するって言っているのか? 心なしかやつら下がってないか?』

『近付いて威嚇してみるか』


 帝国先行組の冒険者のスルタルが数歩前に出る。


「撤退だ!!」

『ん?』


 スルタルが数歩近付いただけで神殿騎士達と奴隷組は脱兎の如く逃げていったのだった。


『一応聞くが、何て言ってたんだ?』

『撤退だと』

『なんだったんだあいつらは』





______________


更新めちゃくちゃ遅くなってすみません。

1月から頻度上げます。

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マイホームダンジョン ニケ @nike21

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