第216話 一触即発
帝国人から離れたセシル達は洞窟内の水場に戻って来た。
「うー相変わらず寒い」
「寒いねぇ。おっ? 鼻水で分かりにくいけど、だいぶ嫌なニオイは無くなっている感じだね」
「ほんとだ……えっ!? おかしくない?」
「何が?」
「いや、私達死体そのままにしていったよね!?」
「あっ、たしかに。死体はどこに行ったんだ?」
「川の中のにいた奴は川下で殺したから下流に流れているとして、地面に大量にあった死体は?」
「え、こっわ。あんな大量の死体を短時間で食べるようなやつが近くにいるって事だよね。あの大蛇みたいなやつじゃない?」
「ティタノボアな。まじかよ」
ヨトとユーナが戦々恐々としている中、セシルは目を輝かせていた。
「これは……家政婦を雇っていると言っても過言ではないのでは!?」
「いやいや、前から思ってたけどセシルさん頭おかしいんじゃないの? 前向きすぎない? ちょっと考えてみてよ。あれだけ大量にあった死体を短時間で跡形も無く消す事が出来る魔物がいるかもしれないってめちゃくちゃ危険って事だよ」
「いやいや、逆にちょっと考えなよ。今まで何を見て来たの? 普通に考えてスライムでしょ?」
「「あっ……」」
2人はライライを見る。
「いやでも、ライアとラインが特別なんじゃないのか?」
「そっ、そうだよ! こんな何でもできるスライムがたくさんいる訳ないじゃない!」
「消化ぐらいならどのスライムでも出来るでしょ。それにここはディビジ大森林だよ」
「うむむ」
「魔法は流石に難しくても基礎能力はライライより高い可能性の方が高いよ」
「ライライちゃん達よりってのは流石に無いんじゃない?」
「いやそんな事ないよ。剣も持てるほどに強くなったのはご飯の影響か僕の魔力の影響か分からないけど、ライライも元は何の変哲もない普通のスライムだったからね。ディビジ大森林の魔物なら生まれついての能力はライライより高いと思うんだよね」
「それは恐ろしいな」
「でも、洞窟の中ではスライム見掛けてないよね」
「じゃやっぱりティタノボアじゃねぇか?」
「もしティタノボアだとしたら消化するのにしばらく同じ場所に留まるはずだし。スライムだと思うな。多分普段は隠れてて、死体が出た時にわらわら出て来るんじゃない?」
「普通のスライムって生きているとか死んでいるとか分かるの? ただ目の前の物を溶かすだけしか能が無いと思っていたけど。ライライは置いといて」
「魔物に詳しい俺もそう思っていたぞ。ライライは置いといて」
「まあその辺りは僕も良く分かんないけど、それこそライライはどうやって判断しているか分かんないけど、目が無いはずなのに見えている様に動くし、実は頭も良いし何か見分ける力もあるんじゃないかな?」
「ほーん。そーなんだー」
「あっユーナ飽きたな」
「どうせホントの事なんて分かんないし」
「ユーナは浪漫が分かって無いな~」
「そんな事より水補充したらもう戻ろうよ。寒いよ」
「そうだね。帝国の兵士達も撒けたし戻るか」
「ぷぷ。この暗い洞窟で迷子になったら大変だろーね」
「大人があんなにいっぱいいてもわたし達には敵わないって事だね」
帝国兵達はセシル達のお宝を盗んでとっくに洞窟を脱出しているのだが、そんな事は知らないセシル達は帝国兵達を馬鹿にして笑うのだった。
「ユーナさんや、ユーナさんや」
「ん? どうしたの?」
「ところでさっき、僕の事以前から頭おかしいと思ってたって言った?」
「……言ってない」
☆帝国兵陣営☆
少し時は遡り、
セシル達の魔物素材を盗んだ帝国兵のトルバル達は、アンキロドラゴンに群がる魔物達の視線に入らない様にコソコソ移動する事で誰一人欠ける事無くポストスクスの元に辿り着く事が出来ていた。
「とりあえず最低限の素材は手に入った。あまり量が多いとは言えないが……」
「この量で代官様が満足していただけるのでしょうか?」
「ちょっと厳しいかもしれないな」
セシルが敷布団として使っているワイバーンの翼や魔石などは持ち出す事が出来たが、ミツビオアルマジロの甲羅などはセシル達が持ち歩いていた為、盗る事は出来ていなかった
「少し待機してアンキロドラゴンとティタノボアが食べ尽くされた後に、そいつらの素材を剝ぎ取りに行けば良いでしょう?」
「それが良いかもですね」
「しばらく待機か。ふむ。どこかで時間を過ごさなければならないな。スマフ達は我々と出会う前はどこで安全に過ごしていた?」
「河原で拠点を構えてましたが、壁や洞窟もなく安全とは到底言えない場所ですね」
「なるほど。今は合流した事でポストスクスが3体もいるんだ。よっぽどの事が無い限り安全だろう。早速そこに案内してくれ」
「ハッ」
☆神殿陣営☆
「喉が渇いた。まだ日が高いがそろそろ野営地を見付けなければな。ポストスクスや馬にも水を飲ませねば。そろそろ限界の様だ」
「そうですね。ポストスクスが頻りにあちらを意識しているので恐らく川か水溜まりがあるのかもしれません」
「分かった。ではそちらに行くぞ。奴隷共の足が遅くなっている。急がせろ」
「……はい」
ポストスクスに任せるようにしばらく移動する。
「水の音が聞こえるな。川の様だ」
「ええ、助かりました」
「ん? 何かいるぞ。人か!? 停止しろ。……ちょっと待て」
川を見付けホッとしたところで異変を察知した神殿騎士が静止の声を掛け、自身が乗るポストスクスにも停止の合図を送る。
しかし喉が渇き、すぐにでも喉を潤したいポストスクスと馬が静止を振り切りそのまま走り続けてしまう。
「おい、止まれ。おいっ、誰か止めろっ」
このままでは謎の集団と勢いのまま接敵してしまう。
「チッくそっ、戦闘準備」
多くの奴隷達は状況も読めないまま武器らしい武器も持たず疲労困憊の身体で小走りで着いて行く。
☆☆☆☆☆☆
神殿組のポストスクスが向かった先の川に居たのは帝国兵達だった。
『おいっ何か来るぞ!』
その言葉に帝国人達は武器に手を当てながら視線を向ける。
『人だぞ』
『王国人か?』
『いやポストスクスに乗っている奴、教国関係者じゃないか?』
『なぜこんな所に教国の人間が?』
流石に神殿騎士の特徴的な重たい鎧は纏っていないが、教国関係者と分かるような白ーー汚れて白とは到底言えない色になっているがーーのキャソックに、局所に防具をまとっていた。
『くそっ厄介な奴らがきた。戦闘準備だ。抜け』
当然ながら皇帝を現人神とする帝国とアポレ神を崇める教国の人間は相容れない関係なのである。
帝国の全ての人間が皇帝を神として崇拝している。
と言われると一概にそうではないが、教育の行き届いていない育ちであっても幼いころから皇帝の偉大さを街中の至る所で喧伝されていると、自分の気付かない所で皇帝に畏怖を覚え信仰に近い気持ちが植え付けられている。
教国の人間は他の神を認めていない上に、人間如きが神を名乗る皇帝など認めようもなく、それを敬う帝国人に対しても生理的嫌悪感を覚えるほどに敵視しており、非常に攻撃的になる事が多い。
通常、神殿騎士はトラウデン王国に在中する事は少なく帝国―王国間を行き来する帝国人の行商人や冒険者と出会う事は滅多にないので問題が起きる事は少ないが、今ここで。国の法が及ばない場所で。
思想の相容れない複数の神殿騎士と複数の帝国人が出会ったしまった。
お互いピリッとした雰囲気を醸しつつ剣を構えるが、神殿騎士を乗せていたポストスクスはそんな事は知らぬとばかりに駆け抜け、勢いのまま川に顔を突っ込んだ。
急停止したポストスクスに、上に乗っていた神殿騎士は慣性で投げ出され川に飛んで行ってしまう。
後方を付いて来ていた馬車を引く馬も次々と川に顔を突っ込み喉を潤していく。
幸い馬に乗っていた神殿騎士達は落ちずに止まる事が出来たようだ。
さらに遅れて木の陰から現れたロディとカーナを含む奴隷達もヨロヨロと言った方が適切であろう小走りで川に向かい川に顔を突っ込み飲み水をがぶ飲みしていく。
その様子に帝国人達の殺気立った空気が霧散していく。
『なんだこいつら』
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