第22話 旅立ちの時


 あっという間に時は経ち、出発の時が近付いてきた。


 ダラスはセシルを騎士生活最後の弟子として面倒を見ようと思ってこの村に来たが、思いの外ロディとカーナの成長著しく、また積極的であった為、2人が弟子のような状態になってしまったがダラスは非常に満足していた。


 セシル出発2日前。最後の訓練が終わった。


「これで儂も現役引退だな。領主のお膝元トラウスの街にいるから、何かあったら頼りなさい」


「「はい! 師匠! ありがとうございました!!」」


 ロディとカーナはいつの間にかダラスの事を師匠と呼ぶようになっており、今生の別れであるかのように抱き合っていた。

 ダラスも最後の大仕事の終わりに涙がちょちょぎれている。


 セシルに関してはイルネが独占してしまい、勉強から格闘、剣術まで全てにおいて専属と言う形に自然と落ち着いた。

実際はイルネの無言の圧により明らかに不自然に専属となったのだが、皆そこに触れず自然と落ち着いたという事になった。

結局、セシルは格闘術はそこそこ、剣術はそこそこまあまあ、勉強は短期間の割に良く出来ました。と言う評価に落ち着いた。

まあ要するに運動は2匹に比べて微妙だった。7歳に1年に満たない時間で剣術を身に付けさせようと言う方が無謀だったわけだが。

 魔物討伐はあの接待ゴブリン1匹のみだ。


 マーモとライムの剣術は1匹で素人の大人の男性と戦えるくらいになっていた。剣の嗜みがある人には一蹴されるレベルではあるが、そもそも剣を扱えないであろう魔物がここまで出来たのは驚異的と言って良いだろう。


 マーモの格闘術についてはは手足の短さから関節技も身に付けることが難しく、マーモットの特徴である『噛みつき』と『引っ掻き』を除けばあまり大したことが出来なかった。たまに体当たりでセシルを吹っ飛ばしていたが、割といい勝負だった。手足の短さから関節技も身に付けることが難しかった。


 ライムの関節技は成長し、技をかけたまま口と鼻を閉じる技は驚異的だったが、そもそもの移動速度がそこまで早くない為、正面で見据えられると消化液を飛ばす技を除き、たいした事が出来なかった。

 ちなみに4歳児くらいのパンチは放てるようにはなっている。


 魔法に関してはセシルと2匹は学院に行ってから本格的に学ぶとの事だったので、ほとんど成長していない。

 蝋燭の火程度の火魔法やそよ風、一口程度の水を便利に利用しているくらいだ。


 ちなみにおちゃらけ騎士であるテッドはイルネに事あるごとにアピールしていたが、後輩であるはずのイルネにどんどん雑に扱われるようになり、最終的には『セシルとの時間の邪魔なので』と冷え冷えとした声で言われて意気消沈していたが、落ち着こんでいた所を慰めてくれた村娘と良い感じになっており、心配していた他の騎士にふざけるな!と石を投げられていた。



 セシルと両親との別れが近付く。

 ロディとカーナは、セシルに学院での一人暮らしの話をしなくてはいけないと思っていたが、セシルが悲しむのを想像すると辛く、話をするのがギリギリになってしまった。


「セシル。聞いて欲しい事があるの」


「なーに?」


「セシルはこれから王都の学院という所に通う事になります。1人で寮に住む事になるわ。ライムとマーモは一緒に行けるけど、大丈夫かしら?」


「1人? え? お父さんとお母さんは?」


「私たちは行けないの。ごめんね」


カーナは涙ぐみ、声は震えている。


「え? え?」


 ここでようやくセシルは自分だけ遠くに行くのだと理解出来た。


「え? 何で? 何で? 僕が上手に剣出来なかったから? いらない子なの? がっ……がんばるから! これから剣がんばるからっ! ゆるっして。ゆるじて。おねがい。おかあざぁん、おどうざぁん」


 カーナはセシルにしっかり抱き付く。ロディも2人を抱き込むように抱き付く。


「いらない訳ないじゃない! お父さんもお母さんもセシルの事を愛しているわ。あなたは私たち夫婦の特別だけど、トラウデン王国の特別でもあるの。勉強しなくちゃいけないのよ。最初は私達も自分達の子供の特別な力に喜んだけれど、離れるのがこんなに辛いなんて……セシルに特別な力なんて無くて良かったのに」


「僕もこんなぢがらいらながった。おどうざんとおがあざんと一緒にいだいっ!」


「セシル、セシルを天才に生んでしまってごめん! ごめんなっ! 愛しているぞ!」


 その日、3人は泣きに泣いて抱き合い、次の日も3人べったりで過ごした。



 出発の日、


「では、ご子息はキッチリ王都まで連れて行くのでご安心を」


「はい。何卒、何卒よろしくお願いいたします」


 ロディとカーナは頭をしっかり下げ、頭を上げるとセシルにお別れの挨拶をする。


「じゃ、セシル元気でね。手紙書いてね。愛しているわ」


「セシル、元気で。今度会う時は立派な男になっているんだろうな。私たちの子供だからな」


 そう言うとロディはセシルの首にネックレスを掛けた。

魔物の骨で作られたシンプルなリングが通されたネックレスだ。

 紐部分は魔物の皮で出来ている。


「これは?」


「父さんと母さんが2人で作ったネックレスだ。リングは2人で狩った狼の魔物の骨で出来ている。内側に父さんと母さん、セシル、そしてライムとマーモの私達家族のイニシャルが彫ってある」


 セシルが指輪の内側を確認するとイニシャルが彫ってあった。


「ほんとだ!」


「お金が無くて大した物が渡せなくて申し訳ない。その指輪は特別な効果も無いただの指輪だが、父さんと母さんの愛が詰まっている。それは保証する。大事にして欲しい」


「ありがとう。大事にするね」

セシルは首にぶら下がった指輪をギュッと握りしめる。


 2人とも『辛かったらいつ戻って来ても良いよ』と言いたかったが、言う事が出来なかった。

 何故なら国がそれを許さないからだ。セシルの特別な力はロディとカーナの気持ちでどうこう出来るレベルを超えている。


 『辛かったらいつ戻って来ても良いよ』

 この一言。

 たった一言が言えていたら……セシルの人生は大きく変わっていたかもしれない。

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