第122話 シルラ領(ロディとカーナ)
ロディとカーナはトラウス領を出て、ようやくシルラの街に辿り着いた。
魔物除けなど高級品(2人にとって)を持っていないので、2人で見張りを交代しながら眠り、心身ともにボロボロになっている。
セシルのように魔法で穴掘りをして簡易宿を作れればもう少しマシだったかもしれないが、通常の野宿で2人はかなりキツイ。
「やっと着いたか」
「流石に徒歩はしんどかったわね」
「ますますセシルの事が心配になってしまう。どうやって移動しているのだろうか」
「ほんとね。ライムとマーモだけで……もしかして私たちの知らない協力者なんかもいるのかしら?」
「ん~どうだろうか。協力者がいたとしても、親の俺たちに連絡も寄こさないなんて碌なやつじゃないだろう」
「そうね。全く連絡しないなんて許せないわ。いや、でも助けてくれてるならお礼を言った方がいいのかしら?」
「ぬぬ。状況によるな。ただ連絡をよこさない事については許さないぞ!」
「そうね。そうよ。私たちのセシルを勝手に連れ出すなんて許されないわ」
そんな会話をしながら鉄級の冒険者プレートを見せてシルラの街に入る。
シルラはディビジ大森林の玄関口に位置しており、魔物の襲撃から守るための立派な城壁に囲まれていた。
しかしその城壁も金銭的な問題で、農業をする様な広大な土地までを囲う事は出来ない。
その為、魔物の数が多いこの土地では農業は盛んではなく、穀物は輸入に頼り冒険者が狩ってくる魔物の肉や素材で成り立つ街だ。
街の中はボロボロのお店や宿がギッチギチに詰まっていて全体的に汚い。
道の端には地面に寝転がってる人間も少なくなく、汚物や汗、血の臭いが充満している。
道も補修がされておらず凸凹だ。
「これは……中々強烈ね」
「ああ、あまり長居したい場所じゃないな。特に母さんを見る目が気に喰わん」
「ほんとジロジロ見て来て不快だわ」
冒険者の街と言っていいこの街は、娼館も多く立ち並んでいるが、逆に一般の女性が比較的少なく、冒険者ギルドがある地域では初顔の女性はどうしても目立ってしまう。
清潔感の無い男たちがカーナにジロジロとイヤらしい目線を送ってくる。
ロディとカーナは視線から逃げる様に冒険者ギルドに移動すると、拠点移動の登録をする。
シルラ冒険者ギルドは、王国の冒険者ギルドで多い『何でも屋』の様な引っ越しのお手伝いやら掃除の依頼の割合が少ない。
ディビジ大森林の強力な魔物退治を基本としているため、冒険者のレベルが高く、ルーキーが来るような街ではない。いたとしてもこの街で育った孤児上がりだ。
鉄級冒険者のプレートを首から下げているロディとカーナは、ここでも注目を集めてしまう。
「おい、そこの女、見慣れないやつだな。今日は俺の相手してくれねぇか? 少し薹が立ってるが、俺は気にしねぇぞ。可愛がってやるからよ」
カーナは無視をするが、ロディは抑えられなかった。
「横に俺がいるのが見えないのか?」
「はっ、こりゃ傑作だ! 鉄級冒険者が何か言ってるぜ? その歳で鉄級なんて才能無さ過ぎだろ」
声を掛けて来た男が周りにアピールするように喋り、周囲の冒険者もドッと笑い出す。
ロディとカーナの鉄級は8段階の下から2番目である。
その下の鉛級は子供でも登録するだけでなれるので、鉄級が最低と言っても過言ではない。
このギルドにいる冒険者達は、ロディとカーナの2ランク上の銀級か3ランク上の金級がほとんどであった。
ロディはすでに27歳、カーナは26歳。
成人してから働き始めたとするとすでに10年以上冒険者をやっているはずである。この年齢で鉄級は他の領でもあまり見ないレベルだ。
今までは猛者として有名なダラスが一緒にいた事により、馬鹿にされる事は無かったが、シルラ領にダラスはいない。
「あなた。そんなの相手にする必要はないわよ」
「母さん……」
「おいおい。そんなのってのは酷いなぁ。俺のイチモツを見たら、そんなのなんて言葉は言えなくなるぜぇ」
「がっはっはっ口説き方が下品すぎるぜ。俺がお手本見せてやるぜ」
そう言って他の男が歩み寄ってくる。
「姉さん、俺と一晩どうだい? 俺の声を聴くだけで濡れる様な身体にしてやるぜ」
「貴様っ!!」
「あなたっ!! ダメよっ」
「ぎゃあっはっはっはっ。俺と変わんねぇぐらい下品じゃねぇか」
男はそのままカーナの手を取ろうとするが、ロディがその手をバシッと払いのけた。
ギルド職員の目にも入っているはずだが、何も言わない。日常茶飯事なのだろう。
「イテッ。てめぇ何しやがるんだ?」
「それはこっちのセリフだ。 お前の小汚い手が嫁に触れない様に防いだだけだろうが」
「はっはっはっ。言ったな? その通りだ。俺はこの女に触れていない。先に手を出したのはお前だ。なぁ? そうだろお前ら?」
「あぁ! 俺はしっかり見たぜ。女に触れる前にその鉄級が先に手を出したんだ」
「俺も見た! 間違いねぇ」
「なっなんだお前らは! こいつが妻に手を出してきたから……」
「出してきたから? なんだってんだ? 触れてないぞ? 俺は触れるつもりも無かった。だが、お前は手を出した。冒険者同士の暴力行為は違反だ。さらにこの街の法律にも俺は守られている。意味が分かるな?」
「なっ!?」
ロディは確認の為に近くの受付嬢を見る。その受付嬢は首を横に振った。
ロディが助けらないと言う事だ。
「俺がギルドにお前の暴力行為を訴えなければ、大丈夫だ」
「ならっ」
「ああいいぜ。その代わりその女を一晩抱かせてくれたらな」
「ふざけるなっ! そんな事が許されるかっ!!」
「あなた……」
カーナがロディの服をギュッと握る。
「ははっじゃあ仕方ねぇな。お前はまた鉛級に逆戻りだろうな。ふっふ、はははっ」
「ぎゃーはっはっはっ! おめぇひでぇやつだな。この街で鉛級なんてリスクしかねぇぜ」
ギルド内はまた爆笑に包まれる。
鉛級の仕事は薬草採集や、道の掃除程度しか受けることが出来ない。
この街での薬草採集は依頼数は多いが、魔物の数が多い為危険度が高く割に合わない。
領主からの依頼である街中の掃除は給料は安い上に汚物が多く、さらには2日酔いで道端で吐きながら寝転がる小汚いオッサン達をどかしながら掃除をしなければならない。
もちろん高確率で喧嘩になる。
リスクしかないとはそういう事だ。
「クソッ……こんな所で立ち止まってる場合じゃ無いのに……」
「ガハハハッ。鉄級がこの街に来るなんて訳アリなんだろう? だ・か・ら、その女を一晩抱かせるだけで良いって言ってるだろう? お前には何の損もない。自分の女が気持ちよくなって悦ぶだけだ。悦ばせるのは俺だけどな。ハハッ」
「ふざけるなっ!! そんな事させるかっ!! ……ギルドに報告するといい!」
「チッ……つまんねぇやつだな」
男は暴力行為をギルドの受付に報告し、書類に一筆書くと引き下がってロディが降格処分になるのをニヤニヤしながら眺めている。
問題児達だが自分が処罰を受ける様な事はしない。でなければ、銀級や金級まで上がる事は出来ない。
引き際を知っているのだ。
悪趣味な問題児達ではあるが、誰かの目がある所では一線を越える事もない為、冒険者ギルドも罰する事が出来ない。
実際、実力は確かで、彼らのお陰でこの街は魔物に怯える事無く生活が出来るのだ。
「あなた。私のせいでごめんなさい」
「いや、母さんは止めていたのに俺が手を出してしまったんだ。母さんごめんな。処理をしてくるから待っててくれ」
ロディは先程の受付嬢の所に呼ばれると、ギルドカードを要求され素直に渡す。
「罰はどうなりますか?」
「確かに手を出したのはロディさんですが、情状酌量の余地があるので1階級降格のみで罰金はありません。ただ、鉛級になりますと身分証としての効果が無くなりますので、外壁を通るたびに通行量が発生してしまいます。ご了承ください」
同じような事が頻繁にあるのか、処罰内容をスラスラと答える受付嬢。
本来、処分は会議に掛けられ、必要な手順に沿って行われるが、あっという間に処理がなされた。
もう上に報告するまでもない決まりきった処置なのだろう。
トラウデン王国として大まかな法は決まっているが、領により多少の特色がある。
地域ごとに問題となる事が違うので、ある程度の裁量権が認められているのだ。
シルラ領はディビジ大森林の入口と言う事もあり、気性の荒い者が多く毎日の様にトラブルが絶えなかった。
細かい法を作ろうにも識字率の低さや、事件数が多いのに対し判例が頓挫で処理が追い付かない。
また孤児も多い事から周知させる事も難しい。
試行錯誤の末、単純な法が出来た。
『先に手を出した方が罪が重い』
単純明解。
冒険者にも理解させやすく覚えやすい。
しかし、銀、金級ともなる冒険者達はそれなりに賢い。
この穴だらけの法を上手い事利用し、嫌がらせや慰謝料を取る者も後を絶たない。
ギルドの職員はこの街で見慣れない顔のロディとカーナがこうなる事を予見しておきながら、あえて放置し見守っていた。
ここで小さな失敗をさせて、この街の習わし、雰囲気、警戒心を学ばせるためだ。
冒険者同士の小さないざこざであれば、ギルド内の処罰で終わらせることが多い。
「……分かりました」
シルラの街への平民の通行料は半銅貨一枚(250ギル)だが、往復で銅貨1枚。
雑魚寝の宿で1泊3銅貨(1500ギル)と考えると、かなり懐を圧迫する事になってしまう。
さらにカーナの安全を考えると、雑魚寝の宿など危険すぎて泊まる事が出来ない。
セシルの情報が入り次第、移動などの資金が突如必要になってくるかもしれない。少しでも早く、少しでも多くお金を用意しておきたいのに上手くいかない。
ロディは現状に歯噛みし、ニヤニヤと小馬鹿にするように見てきている男達を睨み付ける。
「おぉ~こわ。鉛級冒険者の睨みは恐ろしいぜ」
ぎゃあっはっはっはっとギルド内が今日一番の笑いで揺れる。
釣られて笑うギルド職員もいるくらいだ。
「あなた。行きましょう」
「ああ。母さんごめん。ごめんな。今まではダラス様の威光で絡まれなかったのかもな」
「ほんとね。ダラス様のありがたみがよく分かるわ。感謝してもしきれない」
「俺たちだけでしっかりやらないと笑われてしまうな」
「ええ。しっかり頑張りましょう。2人で薬草採集すればきっとすぐ鉄級に戻れるわ」
2人はただでさえ疲れた体だったが、さらに精神的にも疲れる事になり、ボロボロの個室がある安い宿を取ると泥の様に眠るのだった。
苦難は続く。
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