第121話 説得


 馬車が止まった。


「2人とも出ておいで。休憩するよ。ここならタバレから離れているし、見られても大丈夫だろう。狭い所で疲れただろう? 身体を伸ばすと良い」


「はい。ありがとうございます」


 馬車から出ると近くには小川が流れていた。

 2人は身体をんーっと伸ばすと、川まで歩き冷たい水で顔を洗うと解放感からか、パシャパシャと水を掛け合って少しだけ楽しむ。


 その間に、サジンがシートを敷いてくれ、簡単な朝ごはんを用意してくれていた。


 サジンはヨトとユーナのお爺さん程の年齢があり、2人を孫のようにとても可愛いと思っている。

 だが、孤児院に預けるため必要以上に関係を持たない様に気を付けていた。

 情が移ってしまうと孤児院に預けるのが辛くなってしまう。


 しかし、後1刻程でナダルに着くという所で、最後くらいしっかりしたお肉を食べさせてやりたいという思いから朝食を共に取る事にしたのだ。

 孤児院では屑肉と呼ばれるような、お肉かどうかも判断が難しいような物しか食べれなくなってしまうだろう。


「ほら、お腹空いただろう? ご飯を用意したからゆっくり食べなさい。お肉もある」


 硬いパンと焼かれたウサギの肉だ。保存の為に塩もみされており、味はかなりしょっぱい。

 ヨトとユーナは「ありがとうございます」とお礼を言うと、もっちゃもっちゃと食べ始める。


 2人は平民としては裕福に育ったため、お肉を食べれる事がどんなに贅沢な事か理解していない。

 コソコソと「パンも肉も硬いね」と不満を口にするほどだ。


 食べ終わると、ユーナがヨトの脇腹を肘で突き例の話を促す。


 ヨトは出来ればもっと後回しにしたいと思っていたが、そろそろナダルに着いてしまう。

 どう話しかけるべきか悩んでいると、ユーナの肘がズシズシと脇腹をとめどなく突いてくる。


 ヨトは勇気を振り絞りサジンに話しかける。


「あの……」

「ん? どうした?」

「えっと……」

「お兄ちゃん、ハッキリ」

「あのっ! 俺達、孤児院に行きたくないですっ!!」


 サジンは少し悲しそうな顔をして答える。


「……私も出来ればそうしたいのだが、そういう訳にもいかん。タバレ領ではいつ見付かってしまうか分からん。我々が預かる事は出来ない」


 次の言葉を探してアワアワしている兄に痺れを切らしたユーナが話す。


「あの、私達を孤児院に預ける時に、キースおじさんのお金寄附するんですよね? そのお金下さい。それで2人で生きていきます」

「……ダメだ。寄付金は確かにあるが、半年分程の食費しかない。寝る所はどうする? 2人が宿に泊まるなら、それこそ2か月も持たないかもしれないぞ?」

「大丈夫です」

「大丈夫じゃないだろう!? 2人は1度でも外に働きに出た事があるのか? 簡単な事じゃないぞ?」

「大丈夫です。やる事決めてます」

「働く伝手があるのか? 決まってるなら教えなさい。騙されてないか私がそこの主人に直接話を聞く」

「言えません」

「何故だ?」

「それも言えません」

「ではダメだ。私は2人を出来る限り安全な所に送り出したいと思っている」

「でも……」

「人身売買って言葉を知ってるか?」

「……分かりません」

「子供が誘拐されて奴隷にされたりするんだ。奴隷になったら酷い生活が待ってるぞ? その働く予定の主人が悪い人で、君達を奴隷として売り出すかもしれない。だから行く先が言えないならダメだ」

「「……」」

「分かってくれたかな?」


 このまま黙っていては孤児院に入れられてしまう。

 そう思ったヨトが考えなしに話を引き継ぐ。


「やりたい事があるんです」

「それはなんだい?」

「……おっ王国に行きます」

「王国? 王国に行ってどうするんだ?」

「えっと……父が王国語喋れたので、えっとそれで王国に伝手があります」

「ヨトは喋れるのか?」

「……喋れません」

「じゃあダメじゃないか」

「大丈夫です。元々王国に行く予定だったのです。それが早まっただけです」

「本当か?」

「はい」

「……いや、しかし」

「大丈夫です」

「どう思う?」


 サジンが従業員の男に訊ねる。


「私には判断しかねますが、孤児院に行っても幸せになれるかと言ったら……正直、疑問が残ります。それだったら2人の思うようにさせてやるのも1つの手かと。せめて、信頼できる王国行きの行商人の手配だけでもしてあげてはどうでしょうか?」


「そう、だな。そうするべきなのだろうか。いやしかし……」


 サジンが思い悩み、先ほどのヨトの言葉を反芻する。


「ん? 行く予定だった? ……どんな名目で出国する予定だったんだ? その王国の伝手とやらの人物の名前は何だ?」

「それは……」

「どうした?」

「えっと……実はえっと、王国に亡命しようとしていたので……」


 もちろん嘘だ。

 綱渡りでその場の出まかせで話していく。


 だが、子供が思いつく嘘としてはかなり上出来だ。


「やはり……そうか。普通の兵士の子供が国から出られるハズがないからな。どうやって出るつもりだったか親から聞いていたか?」

「いえ……」

「んん~どうしたものか」

「帝国から出るのはそんなに難しいのですか?」

「魔物討伐の冒険者や護衛、商人、兵士ならそれほど難しくないが、子供は出る名目がない。かなり難しいと思う」

「荷台の裏に張り付いてでも行きます」

「本気か?」

「見付かれば殺されるぞ?」

「覚悟の上です」

「分かった。そういう事なら行商人の手配は責任もってしよう。だが、本当に良いんだな? 上手く王国に行けたとしても、言葉が通じない場所での生活は想像以上に大変だと思うぞ?」


 どうやら交渉は悪くない方向に進んでいるようだ。

 ヨトのまさかの活躍に、ユーナは評論家の様な顔で「ほぅ。馬鹿な兄もたまにはやるじゃないか」と顎に手をやっている。

 ちなみにユーナは亡命の意味すら分かっていない。


「はい。大丈夫です」


 ナダルの街に着くと、孤児院には住む場所が別に決まったと話を通しに行く。

 孤児院の院長は孤児が減る事は良い事だと笑顔で了承した。


 サジンは院長の人柄を見て、ここに預けた方が幸せなんじゃないだろうか? と頭を過るが、結局は子供達の意見を尊重する事にし、ディビジ大森林の窓口となるカルダゴの街に向かう。



 ヨトとユーナが住んでいた街タバレ、孤児院があるナダル、そしてカルダゴは3角形のように位置している為、ナダルからカルダゴへの移動はそれほど時間が掛からない。


 道中の村で一泊した次の日の夕方には、玄関口であるカルダゴの街に着いた。


 街に着くと、サジンは商人としての仕事をしながら、帝国王国間を往復している行商人を探した。


 だが、ディビジ大森林を通るハイリスク・ミドルリターンの商売を『メイン』とする行商人は、ほぼ存在しないと言っていい。


 新人の商人や独立資金を溜めたい商人が、2~3回ほど往復する事で目標の資金を溜め、ディビジ大森林から足を洗う事が多い。

 多くても5往復程度だ。


 そういう理由もあって、人物像を深く知るような人は中々おらず信頼出来る行商人を探すのは非常に難しい。

 その為、護衛にあたる冒険者の方が判断の基準としては重要と言ってもいい。行商人と違いディビジ大森林の護衛をメインとする冒険者はそれなりに多いので評判も集めやすい。


 情報を集めサジンが決めた行商人は、クルーエルだった。ディッフィーとカッツォを拾ってぼろ儲けした行商人だ。


 次が往復の復路で同じ護衛を雇っている事、その護衛は何度もディビジ大森林を往復するベテランで評判が良い事、そして行商人が儲けており、ヨト達を人身売買する可能性も低いと判断したのだ。


 クルーエル達が帝国に入ってからそれなりに時間が経っている。

 雨季の時期を避けて待機する意味もあるが、ディッフィーを助けた事で、思いがけず大金が入り、帝国の情報収集と観光を兼ねて近くの街を周遊していたのだ。

 護衛には雇った冒険者がそのままついていた。

 いつもなら雨季の待機期間は帝国で細かい依頼を受けて過ごし、また王国に戻る時に護衛任務に戻ることがこの時期の過ごし方の通例となっているが、今回は予定外に帝国内のいくつかの街を周る事になり護衛の仕事が延長されていた。

 王国の冒険者は細々とした依頼をこなす必要が無くなった為、渡りに船だと護衛の延長を引き受けていた。


 それ以外にも帝国の兵士が2人、護衛として付けられていた。

 兵士は護衛と称しているが、実際は監視である。

 重要拠点などの情報を秘匿するためだ。世界広しと言えどここまで徹底している国は帝国くらいである。

  その兵士もカルダゴの街に戻ると去っていく。カルダゴの街はどこを見られてもよいと判断されている。




「この子達をよろしく頼む」


 サジンがクルーエルと冒険者それぞれに2人の交通費を渡す。


 儲かっているクルーエルは、亡命に手を貸して捕まる可能性を考えると、わざわざリスクを背負いたくないと、中々オーケーを出さなかった。


 しかし、荷台の下にへばりついて関所を通る事、もし見付かっても、いつの間にか子供が張り付いていたと言い訳をして逃れる事。交通費は相場の2倍。の条件で渋々了承した。


 関所さえ抜ける事ができれば、子供達は荷台の隙間に入れれるほどの身体の大きさなので、然程負担にならないはずだ。


「分かりました。確認ですが、シルラの関所手前までで良いんですよね?」


シルラはトラウデン王国のディビジ大森林の玄関口となる街だ。


「ヨト、それで良いんだな? それと交通費でお前たちの資金も全て使い切る事になった。ほんとに大丈夫か?」


 そもそもヨト達はディビジ大森林の途中でセシルを探す旅に出る為、その辺りはどうでも良かった。


「はい。大丈夫です。ヨトと妹のユーナです。えーっと」

「クルーエルだ」

「クルーエルさんと護衛の方達もよろしくお願いします」

「ああ。よろしく」

「クルーエルさん達の言う事をちゃんと聞くようにな」

「「はい!」」


 サジンは最後まで不安そうに2人を見ていたが、世間知らずな2人はディビジ大森林がどれほど危険なのか知らずにワクワクすらしていた。


 ディビジ大森林の雨期を避けるためカルダゴで過ごしている間にクルーエルの荷台の下を改造していく。ヨトとユーナが掴まりやすい場所を作るためだ。


 いくら子供が勝手にしがみついていたと言い訳出来るとは言え、見付からない方が余計な問題も起きずに済む。その為には多少の改造も仕方がない。

 もちろん安価に済ませるため簡易的な改造で終わらせている。




 カルダゴでの待機が終わり遂に帝国を出発することになった。


「ドキドキするね」

「ユーナ、絶対に荷台から落ちるなよ」

「分かってるよ」


 密出国はかなり厳しくチェックされ、荷台に隠し板がないかも叩いて空洞チェックまでされる。


 しかし、まさか下にしがみついているとは思われ無かったようで、2人は無事気付かれる事なく関所を通る事に成功した。


 こうしてヨトとユーナの冒険が始まる。

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