第120話 ヨト&ユーナ
ヨトとユーナはサヴィーネの家でお世話になっていたが、村の住人から目撃されないように1日中、家の中で掃除や家事の手伝いをしていた。
といっても、狭い家の中では出来る事は限られている。
井戸に水を汲みに行く事も出来ない。
サヴィーネは持て余した時間を有効活用してもらおうと、草履作りや篭作りを2人にお願いしたが全く出来なかった。
2人はこれまで父が兵士をしていた事で、他の農民に比べ多少余裕がある生活をしていた。
普段、家のちょっとした手伝いの他は、読み書きの勉強や剣の稽古などをやっていたがそれだけだった。
その為、草履作りなど帝国の農民の子なら誰でも出来るような仕事も全く出来ず、役に立つことが出来なかった。
サヴィーネもこれには呆れ果てる。
キースから多少の資金は貰っていたが、狭い家に知らない家の子を預かり続けるのはそれなりに負担がある。しかもほとんど役に立たない。
そんなタダ飯喰らいの子供をいつまでも置いておくわけにはいかず、早い段階で隣の領の孤児院に送られる事になった。
すでにキースはベナスの指示でタバレの街を出発してしまっている。
キースの嫁サッチもヨトとユーナの居場所を探られないように、家を動くことが出来ない。
実際は兵士も子供如きに構ってられないので、特別な捜索はすでに打ち切っているのだが、万が一代官の命に背くような行動がバレでもしたらキース一家も処刑されてしまう。
そんな愚は犯せない。
「良いかい? 可哀想だけど、あんた達を長く預かって置くことは出来ないわ。明後日、ここを出てもらうわね。ここから隣のナダル領に行く手配をしているのだけれど……ナダル領分かる? そこの孤児院に入ってもらうよ」
「……はい」
ユーナはヨトの服の袖をギュッと握って下を向いていた。
サヴィーネが家を出て畑仕事に向かうと、ヨトがユーナに話しかける。
「ユーナ、どうする?」
「どうするって?」
ユーナがヨトの顔を見返して返事をする。
ヨトは久しぶりにユーナが顔を上げたのを見た気がする。
「俺は……俺はセシルに仕返ししたい」
「え? お兄ちゃんどこか行くの?」
「ディビジ大森林に行って父さんと母さんの仇を討つ!」
「えっ!? イヤだよ!! アタシと一緒にいてよ!!」
「ユーナも一緒に行くか?」
「アタシも一緒に行っていいの?」
「ああ。一緒に仇を取ろう」
「どうやって行くの?」
「……」
「何も考えてないの? お兄ちゃんって、前からちょっと思ってたけど、もしかして馬鹿なの? お兄ちゃんが馬鹿って結構ショックなんだけど」
8歳の女の子に馬鹿なのか確認される10歳。
ユーナは家族の悲報が続き、感情のコントロールが出来ていなかったが本来はかなり聡い子である。
幼いゆえに判断力は乏しいが地頭が良く、ヨトに比べると遥かに賢いのだ。
自分達の今後を考える必要に迫られ、ようやくユーナの頭が回転を始めた。
「ばっ!? ちゃんと考えてるよ!! キースおじちゃんがナダルの孤児院に寄付金を渡すって言ってたから、そのお金を盗るんだ。そしてそのお金で行商人に交渉してディビジ大森林に連れて行って貰うんだ!!」
「そんな事していいの?」
「良いんだよ! どうせ孤児院で俺達の生活に使われる為のお金なんだ! 俺達が好きに使っていいだろ?」
「それもそっか。分かった。どこで盗るの?」
「孤児院に向かう途中だ。寄付金を小分けした袋が用意されているはずだからな」
「ちょっとは考えてるんだ?」
「あっ当たり前だろ!」
「盗んでからどうするの? 道分かるの?」
「……」
「やっぱりお兄ちゃん馬鹿なの?」
「じゃあどうすればいいんだよ!! そもそもこの場所も初めて来たのに」
「アタシに聞くの? お兄ちゃんがディビジ大森林に行くって言い出したんじゃなかったっけ?」
「そうだけど……」
「じゃあ、ナダルの孤児院とこの家では、どっちがディビジ大森林に近いの?」
「いや、だから今の場所がいまいちよく分からないんだって。でも多分、同じくらい……だと思う。両方カルダゴの街の隣のはず」
「カルダゴってディビジ大森林に一番近い街?」
「うん、そう……多分」
「それも多分なんだ? サヴィーネさんにそれで合ってるかそれとなく聞いてみてよ」
「分かった」
「それで合ってたら、孤児院に着きそうになった時に盗んで逃げればいいんじゃない? それで定期馬車でカルダゴに行けばいいんでしょ?」
「俺もそう言おうと思ってた!」
「お兄ちゃん……嘘でしょ? アタシお兄ちゃんがこんなんだと恥ずかしいよ。情けない嘘は付かないで欲しいな」
「……うん。ごめん」
☆
そこから2日が経ち、ナダルに移動する事になった。
移動はキースの家から逃げた時のように、サヴィーネの兄サジンが運んでくれる。
もちろん行商の仕事も出来るように荷物はそれなりに積んである。その荷を準備するのに2日必要だったのだ。
ナダルに行く際は、人目に触れないように、日も上がらぬ早朝から出発した。
村なので、特に検問なども無くスムーズに進む。
サジンと従業員の2人で御者をやってくれており、荷台の荷物と一緒にヨトとユーナが乗っている。
ヨトとユーナは荷台に乗ったままコソコソと話していた。
「お金どこにありそう?」
「分かんない」
「ダメじゃん。ナダルってそんなに遠くないんでしょ? ボヤボヤしてると着いちゃうよ?」
「そう言われても……お金はやっぱり身に付けてるのかな?」
「あ~おじさんが背負ってる布袋かな?」
「どうやったら盗れるかな? 後ろからコッソリ布袋に穴を開けるのは?」
「どうやって開けるの?」
「ナイフでこっそり」
「ナイフ持ってるの?」
「荷台にあるはずだよ」
「でもお兄ちゃん、布袋ってそんな簡単に穴開けれる?」
「ん~……背負い袋の肩紐を切るのは?」
「荷物落ちた瞬間にバレるよ?」
「その瞬間に荷物持って走って逃げるさ」
「いや、馬鹿なの? 大人の目の前で見付かったら逃げ切れる訳ないじゃん。祭りの時みたいに人がたくさんいるなら別だけど」
「それは……」
「それに背負ってる荷物全部盗む気? アタシ達の為にここまでやってくれてるのに? それってクズってやつじゃないの?」
「グッ……じゃあどうしたらいいんだよ」
「……寄付金の額分かる? その分だけこの荷台から盗むのは?」
「寄付金の額分からないし、どの商品がどれくらいの価値があるかも分からない。売る場所も分からない」
はぁ~とユーナが溜息を吐く。
「ダメじゃん」
「……どうする?」
「どうするって……もういっその事、おじさんに直接お願いするのは? そのお金下さいって。それで生きていきますって」
「……よし、分かった! ユーナお願い!」
「えっ!? お兄ちゃんが言ってくれないの?」
「えっ!? ユーナが言ってくれないの?」
「ドン引きだよお兄ちゃん……逆に聞くけど、アタシが言っていいのね? 年下のアタシが。本当にいいのね?」
「いや、やっぱり俺が言う」
またユーナが溜息を吐く。
「じゃ、お願いねお兄ちゃん」
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