第119話 帝国の冒険者達2
翌日、早速ワンダ、ワンド兄弟と話し合いの場が設けられた。
前日と同じ個室がある少し高級な飲み屋だ。
「カッツォだ。2人の噂は聞いている。よろしく頼む」
「ワンダとワンドだ。儲け話と聞いて来た。早速話を聞かせてくれ」
兄弟は年子だが双子の様に似ている。目が細く神経質そうな顔をしている。
筋肉はあるが背が高くひょろっとしている印象がある。
「ああ。この話は他にするなよ?」
「もちろんだ」
「――――――と言うわけだ。協力してもらいたい」
チリエグヌに話した内容に行商人の話なども多少付け加えて話す。
実はスライムが起きていたというくだりは、チリエグヌによって却下されている。
「ん? お前はどうやって帰って来たんだ?」
「王国から来た行商人とその護衛、それと元々の護衛依頼人の行商人に連れてきて貰ったんだよ」
「なるほど。裏切った相手とよく一緒に帰ってこれたな。だいたいの話の流れは分かった。少し2人で話し合ってもいいか?」
「ああもちろんだ」
ワンダとワンドは従業員にチップを払い隣の個室を借りると、話合いを始めた。
「どう思う?」
「いや、無いだろ」
「同意見だ。もしこの話に乗るとしても、8割くらいの取り分が妥当だな。見付かるかどうかも分からないのにリスク犯せるかよ。魔物のリスクと皇帝のリスクがある。しかし運が良かったな。あいつらが馬鹿で助かるぜ」
「ハハッ。これを断れば情報タダでゲットだな。ベテランの癖に情報の秘匿に関する契約書も書かせずにべらべら喋るなんてな」
「しかし、細かい場所の情報はあいつ話してないぞ?」
「ああなるほど。それで自分に優位があると思ってこんなザルなのか。そうだな……裏切られた行商人を探せばいい。カッツォが違約金を払ったとはいえ、全額を保証するようなものでは無いから大赤字になってるはずだ。情報料をチラつかせれば喰いついてくるだろうよ」
「そうだな。そもそも、行商人と護衛の冒険者からすでに情報が漏れてる可能性もあるぞ?」
「そこら辺は調べる必要がありそうだな。まずは口止めしているか確認だな。もし口止めしてても金を積めば話すだろうし、口止めしてないならそもそもこの話に価値はない」
ワンダとワンドがカッツォ達がいる部屋に戻る。
「待たせたな」
「ああ大丈夫だ。で、どういう結論になった?」
「その前に聞かせて欲しい事がある」
「なんだ? 卵の場所の情報は協力が確約されないと教えないぞ?」
「そんな事じゃねぇよ。あんたが一緒に帝国に来たって言う、依頼人の商人、王国からの商人、その護衛の冒険者。情報の管理はどうなってる? 口止めしてるんだろうな?」
「いや、その必要はない」
「何故だ? セシルがいた事は知ってるんだろう?」
「ああ、知ってるぞ」
「おい。俺らを揶揄ってるのか?」
ワンダがイライラし始める。
「落ち着け。すまない。そこの情報が抜けていたな。俺の元仲間が卵を誘拐した事になっているんだ」
「いやそれはさっき話してただろ? 誘拐して全滅したんだから」
「いや、まだ俺の元仲間が生きていると思われているんだ。全滅した事はここにいる4人しか知らない。だから、卵はすでに帝国のどこかの貴族に売られたと思っているはずだ」
「なるほど……」
「俺たちの被害にあったディッフィーとか言う行商人は、今頃血眼でどこの貴族が卵を買ったのかという情報を探しているはずだ。皇帝にリークして復讐、そして報奨金を貰う為にな」
「既に死んでいる人間と、存在していない卵を買った貴族を探しているってわけか。……お前とんでもねぇ悪党だな」
「ディッフィーとかいう奴に会った事もねぇが、同情しちまうぜ」
「流石にドン引きだわ」
カッツォに3人がドン引きしている。
「うるせぇ。たまたまそうなっただけだ。俺が意図して仕組んだ訳じゃねぇ。それで? どうするんだ?」
「どうだか。……8割だ」
「ん?」
「取り分は俺らが8割だ」
「馬鹿言うな! 俺が持ってきた情報だぞ!? 俺が最低5割だろ!?」
「いや、普通に疑問なんだが、卵を捕まえたところで安全に捌けるルートがあるのか?」
「……」
「8割で良いんだな?」
「まあ裏への仲介手数料払ってもらう事を考えたらそんなもんか……仕方ねぇ」
「いや、何言ってんだ? 仲介手数料やらポストスクスやらの諸経費を引いた残りの8割って言ってんだよ」
「流石にそれは暴利だろ!?」
「分かった。じゃあ俺らは降りる」
「クッ……チリどう思う?」
「いや卵がいくらで売れるか知らんが、俺らに残るのが2割だったらリスクの割にほとんど儲けがないんじゃないか?」
「クソッ! ……ちなみに卵はいくらで売れるか分かるか?」
「「さあ?」」
ワンダとワンドがニヤニヤと笑う。
「チッ! この話は無しだ!!」
『セシルの荷物にはワイバーンの素材などの高級品がたくさんあった』というカッツォしか知らない事実を利用し、「8割の報酬を払う代わりにセシルの荷物はそのまま自分が貰う」などの交渉をすれば良かったのだが、興奮してしまいその場で思いつく事が出来なかった。
ふっとそれを思い付いたのは夜、布団に入り何も考えずボーっとしていた時だった。
(やっちまったぁあああ)
その日は眠れぬ夜を過ごし、翌朝もう一度交渉をしようとワンダとワンドを探しに行ったが、見付ける事が出来なかった。
ワンダとワンドはカッツォ達と別れた後、すぐさまディッフィーを探し出す事に成功していた。
ディッフィーはセシルが既に売られたものだと思っている為、出会った場所の情報など重要視しておらず、酒代程度の金額で情報を売ってしまった。
その後、兄弟は裏ルートに話を持って行き、情報だけで小金を手にいれる事に成功する。
皇帝の命で動いている兵士達や独自に兵士を動かしている貴族達は、トラウデン王国内やディビジ大森林の王国側寄りを探しているので『ディビジ大森林を1/4ほど帝国側まで来ている』という情報は有用であったのだ。
そこから徒歩で進んでいるとすると、王国と帝国の半ばくらいは進んでいる事が推測できる。
セシルの目的地は分からなかったが、無駄に王国近くを調べる必要がないという情報は価値が高い。それだけでも多くの捜索者を出し抜けるのだから。
ワンダとワンドは小金を手に入れると、帝国で皇帝に逆らった行動をするのはリスクが大きすぎると判断し、すぐさまカルダゴを離れ別の街に移った。賢い兄弟だった。
こうして、カッツォが流した情報が一部の貴族に広まり、ディビジ大森林にさらに人が集まって行く事になる。
カッツォは泣く泣く、裏の伝手の無い普通の冒険者を誘って捜索に向かう事になったが、ディビジ大森林は特有の雨期の時期に入る為、焦れる心のままカルダゴで冒険者の依頼をこなし小銭を稼いで待機していた。
ある時、日雇いで大工の仕事のしていると、次々とディビジ大森林の壮絶な雨期を知らない行商人に扮した男たちがディビジ大森林に出発して行ったのを目撃する。
「あいつら馬鹿なのかな? 雨期を知らねぇなんてここら辺の人間じゃねぇな」
ディビジ大森林近くに住む者であれば雨期の話くらいは誰でも聞いた事があるのだが、少し離れた地域に住む者達にはあまり知られていないようだ。
さらにポストスクスという従魔を連れて行く事が一般的であったが、馬のみ行商人に扮した所属不明の集団が大森林に入って行く。
「あっちには俺がセコセコと働いてるってのに昼間から奴隷にも酒を吞ませてる見慣れない奴もいるな。畜生め」
後に、この時期に森に入って行った行商人に扮した兵士達は豪雨と魔物によってほぼ全滅する事になる。
結果的にカッツォの情報が流れた事でライバルが減る事に成功したのだった。
☆
代官ベナスに3日後にはセシルの捜索に向かえと言われてたキースも、カルダゴの街で待機していた。
言われたとおりにタバレの街は出発したので命令に逆らった訳ではない。
キースを隊長とし、王国語が話せる奴隷2人と兵士3人が同行している。
この兵士3人はキースがセシルの説得に失敗した場合、セシルに誠意を見せる為にキースの首を切り落とす密命を受けている。
監視役も兼ねている兵士達だが、カルダゴで待機するキースを咎める事はしない。
ベナスが無知で馬鹿な指示に従い仕方無くタバレを出発したが、この中に雨期のディビジ大森林に入ろうとする馬鹿はいなかった。
キース達は昼間から酒屋のテラス席で酒を呑みながら、次々とディビジ大森林に出発して行く人間を見ていた。
街の近くは雨期はないので近隣の魔物の排除に向かう冒険者は多くいるが、先ほどから森に向かう男達は馬車などを引いて明らかにディビジ大森林を渡ろうとしているように見える。
「おーおー。こんな時期にディビジ大森林を渡ろうとするなんて、あいつら馬鹿だなぁ」
ベナスから資金を多く貰っている事で気が大きくなっているキースは、奴隷にも酒を呑ませて上機嫌だ。
「そうですね。何を考えているのでしょう?」
「俺らの雇い主みたいに雨期を知らない貴族の指示じゃないか? 俺らは知識があったからここで留まっているが、知らなきゃ言われるがまま行っただろう」
「それは災難ですね。しかもポストスクスも使わずに行くなんて」
「あっそうだ。今ポストスクスの需要がデカくてほとんど手に入らないらしいから、予約しといてくれ。1頭でいい。他は……そうだな、馬を5頭頼む。2頭だけ早めに借りてお前らは馬に乗る練習しとけ。馬に乗る時は酒抜いとけよ」
「分かりました。ポストスクスは1頭でよろしいので?」
「ああ。どんどん値上がりしてるらしいからな。それと1頭でもいれば雑魚の魔物は寄ってこないから大丈夫だ」
帝国ではポストスクスを飼育・繁殖し、数を増やしているが、従魔師の能力があるものはそう簡単に増やせず、今のセシル捜索特需で圧倒的に不足しているのだ。
「なるほど。では行ってまいります」
「ああよろしく頼む」
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