第154話 武勇伝
セシルの岩山ハウスから巨大な魔石や牙などを持ち出したカッツォ達3人はポストスクス1頭、馬3頭を引き連れ街道に戻っている所だった。
移動しながらも話し合った結果、危険を承知で街道の休憩所を目指す事になったのだ。
日も落ち始めている状態で寝る場所を一から探すのは非常に危険が伴うが、バーモットが殺された得体の知れない岩山洞窟に戻る事は考えられない。
また森の中で寝る事も考えられない。
どんな魔物の縄張りに入ってしまうか分からず、危険度が測れないからだ。
とは言え、街道にはアンキロドラゴンという分かりやすい死が待っている。
だが、見えない危険よりも見えている危険に対策を立てて対処出来る方がいくらかマシに思われた。
もし襲われれば足を怪我した馬を囮にすれば良いという雑な結論でまとまったのだ。
いくぞ! と、震える気持ちに鞭打ち街道に向かったが、すでにアンキロドラゴンは住処に帰っていたらしく、拍子抜けするほど呆気なく街道に出る事が出来た。
だが、すでに暗闇に包まれ、休憩所までは移動は難しいと判断し、魔物避け等を設置して街道で寝る事になった。
そこでも魔物避けとポストスクスの存在のお蔭で無事夜を過ごす事に成功した。
アンキロドラゴンの影響で周囲に魔物が減っていたのだろう。
豪運が続くカッツォ達は帝国への帰りの道中、すれ違った王国行きの商人に戦利品を少しずつ売り捌いていった。
当然、商人も帝国の名産を買い込んでいるので、手持ちの現金はあまり多くなく、買い取れる量は1行商人に1つの素材を買えるか買えないかと言った所だが、中々手に入らない素材に無理してでも買い取る商人がほとんどであった。
ディビジ大森林で魔物自体は珍しくも何ともないが、基本は魔物避けとポストスクスの存在により戦闘を避けるのが当たり前である。ポストスクスが居ても襲ってくるような魔物との戦闘が始まった場合はほぼ死と同義なので、大物の魔物素材が手に入る事はほぼ無い。
故に高値で売れる事がほぼ確定と言っても良い素材を欲する商人は多かったのだ。
カッツォ達が多少安値になってでも道中で売り捌く理由としては身軽になる事の他に、万が一にも帝国側の検問で見付かってしまうと、高確率で献上させられてしまうような上物の素材が多かったからだ。
帝国と言えどあまりに横暴な強奪は反乱を招くので、献上品の代わりに貴族お抱えの騎士や名ばかりの準貴族の地位を得られる可能性もある。
あるが、その様な立場にはなりたくない。自由でいたいと3人の意見は一致した。
今回の素材を上手く売り捌くことが出来れば、これまでのように危険を冒さずに細々と働くだけでそれなりに生きていけるだけの資産を得、のんびり田舎で暮らす事も可能だ。
その様な理由で素材を売り捌き、隠しやすく持ち運びしやすい現金や宝石を増やして帝国に帰って行くのであった。
また素材を売る際、カッツォは調子に乗って盛大に話を盛って一大スペクタクル冒険活劇を披露していた。
帝国内であまり調子に乗って吹聴すると貴族に目を付けられ、面倒に巻き込まれる可能性が高い。
3人ともこの仕事を最後に、貴族にバレない程度に贅沢をしつつも表面的には慎ましい生活をする予定なのだ。慎重に行動することが重要視される。
もちろん帝国でも一部では情報を売る予定なので全く話をしないわけではないが、話を盛る事は出来ない。
淡々と必要最低限の情報のみを報告する形になる。
それは作業と言って良い。
だがしかし、自慢話はしたい
こんな幸運を黙ってひっそり生きるなんて無理だ。
この状況を誰かに話したい。
自尊心を満たしたい。
はみ出し者・乱暴者と揶揄される冒険者に身を窶し、見下すような視線にさらされ生きて来た。
そんな日々を過ごした者としては、今まで見下して来た連中を見返してやりたい気持ちが無いはずがない。
この感情を抑えるのは難しい。
その為、王国向けの商人に対しその鬱憤を晴らすように盛大に武勇伝を語ったのだ。
普段あまり喋らず、何を考えているか分からないケリングでさえ饒舌に語っていた。
これにはカッツォ達も驚いていた。
「お前、そんな喋るんだな」
「ん? ああ、まあな。急にビックリするよな。俺も小さい頃はお喋りで陽気だったんだ。……だが、何をするにしても要領が悪くてよ。しかも農家の3男だ。そんな奴に飯を食べさせる余裕なんて当然ない。厄介者だ。親、兄弟だけじゃなくて親戚にもいつしかキツく当たられる様になっていた」
「おぉ? 唐突の自分語りか?」
「まあ、聞けよ。俺も溜まってたんだ」
「特別だぞ? 俺も気分がいいからな」
「気分が良くないとダメなのかよ――それで、いつも怒られていてよ。だが、それはまあ、俺が悪いんだ。怒られるのは仕方ないと諦めていた。でもよ。仕事じゃない時は楽しく過ごしたいじゃないか。それで俺がめげずにぺちゃくちゃ喋るからよ。その内、声を聴くだけでイライラが募るようになったんだろうな。1人が俺を仕事の失敗とは関係なく俺を攻め始めたんだ。するとどうだ? 私もコイツは嫌いだったんだ。私も。俺もだ。と皆が同調していく。そうなったら終わりだ。負の感情ってのは伝染するんだろうな。あっという間に小さい村で1人ぼっちになったよ。遂には俺が話しかけようとしただけで「煩い! 喋るな!」と怒鳴られるようになった。内容を聞く前にだぜ? そこからだな。だんだんと喋るのが減ってきて声を出すのも怖くなったんだ」
「無口にも理由があったんだな」
「それから1人で村を出て街に着くと、他人とほとんど会話をしなくて良いような、どぶさらいみたいな仕事を続け、生きているのか死んでいるのか分からない様な日々を過ごしていた。そんな俺の心の壁を取り除いたのはバーモットだった」
「話の流れが急展開だな」
「ああ。実際、俺にも急展開だったよ。いつものようにどぶさらいの仕事を終えて帰る時だった。たまたま俺が目に入ったんだろうな『おい、お前俺の仕事手伝え。人が足りてねぇんだ』とさ。今まで一度も話したことも無かったのにだぜ? 何も返事してないのにあれよとあれよと強引に仕事を手伝わされた。終わってから知ったが違法薬物の運搬だったよ。『お前はもう同罪だ。ガハハハッ』ってよ。勝手に犯罪者にされちまった――笑っちまうよな」
「いや、笑えねぇだろ」
「あいつ性欲こそ確かに暴走モンスターだったが、それ以外はまともで豪快で良いやつだったんだ」
「いや、違法薬物運搬に巻き込まれいるじゃねぇか。行商人も襲った事ありそうな事言っていたよな? どこがまともだよ」
「まあ、その辺りは誤差だ」
「誤差の範囲が広いんだよ」
「その仕事以降も俺が人付き合いを避けようとしていても、お前の悩みなんか知った事か! とばかりに気ままに話しかけて来る。そのお陰で俺も少しずつ話せるようになってきた。お前らとも少しは話していただろ? あれもバーモットのお蔭だ。犯罪の片棒を担がされようと何だろうとあいつのお陰で俺は救われたんだ。バーモットが死んだのも実はこれでもショック受けているんだぜ?」
「そうだったのか。それは辛かったな……いや、急にお喋りになった理由いつ出てくるんだよ」
「まああれだ、要するにバーモットがいなくなっても『俺は1人でやっていけるぞ!』って見せたいのかもしれねぇ……」
「……そうだったのか」
カッツォとチリエグヌも少ししんみりする。
「なぁんて気持ちにでもなれば俺もまともな人間なんだろうけどよ。普通に金が入って浮かれているだけだ。俺を馬鹿にしていた奴らより幸せになれるんだってな。ぎゃあーはっはっはっ」
「さっきの話の流れはなんだったんだ!! しんみりした気持ちを返せ!」
「バーモットの話も嘘なのか?」
「いやいや、それはほんとだ。ほんとに助けられたんだ。悲しい気持ちもある。だが、ありゃ完全に自業自得だろう。チンポ起てて命を絶ってんだからよ。笑っちまうよな。ぷぷ」
「うーん。これは笑っていいのか?」
「いやダメだろ。やっぱり頭おかしいやつらと組んでたんだな俺たちは」
「まったくだ。上手く行った事が奇跡だぜ」
こうして突如お喋りになったケリングを含むカッツォ達の盛られた武勇伝は後に国を動かす大きなうねりとなっていく事はまだ誰も知らない。
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