第24話 トラウスの街


「開門! 開門!」と言う兵士の声と共に大きい門が開き始めた。


 セシルの目に入って来たのは見たことないような大きな建物と馬車の通路を挟んで道を埋め尽くさんばかりの人、人、人、ごった返す人の群れだった。


「え? なにこれ? なんでこんなに人がいるの?」


「皆、セシルを見に来ているのよ!」


「え”!?」


 声にならない声を出すセシル。


「あなたはあなたが思っている以上に凄いのよ。あの村にいたままじゃ気付かなかったと思うけどね」


 そう言ってイルネがウインクする。

 セシルはそれどころではない。周りにいる人がだんだんセシルに気付いて指を差し見てくるのだ。大勢の人に見られた事なんかない。それどころかこんなに大勢の人がいる事さえ想像した事も無かった。

 100人程度しかいない村で育ったのだ。それも当然である。

 パニックで足が震え、抱っこしていたライムをギュッと抱きしめてしまう。

 苦しそうなライムを助けようとマーモがセシルの足をテシテシと叩く。

 あっと気付いてライムを抱きしめている手を緩めるが、次は喉がカラッカラになってる事に気付く。

 そんなセシルの気持ちは関係ないとばかりに馬車が進み始めた。


「ほら、セシル。手を振ってあげなよ」


 セシルは言われるがまま軽く手を振ってみる。

『うぉー』『賢者様ー』『かわいー』

 色んな声が一気に上がる。

 肌をビリビリと震わせるほどだ。


 セシルはその圧力に耐えきれず気分が悪くなり、馬車にしゃがみこんで吐いてしまった。


 おえっウロロロロ

 げほっげほぇオロロロ


吐き終わったと思ったら、今度は過呼吸になり始める。


 ヒッ ヒッ ヒッ


「えっ!? えっ!? セシル? セシル大丈夫? ダラス様どうすれば?」


「落ち着け、空いている麻袋を口に当ててゆっくり呼吸させろ」


 そう言いながらダラスが馬車を覆う為の大きい布で民衆からセシルを見えないようにする。


「はっはい」

 セシルが慌てて口に袋を当てて背中をさすりながらゆっくり呼吸するように優しく声を掛ける。


「お披露目は終わりだ。スピードを上げて領主館に入れ」


「はい!」


 御者が徒歩ほどの速さで進んでいた馬車のスピードを上げる。


 セシルはしゃがみ込んで人が見えなくなってきたため、だんだん落ち着いてきた。

 落ち着いてくると現実が見えてくる。

 大勢の人が自分を待っていたのに台無しにしてしまった。

 高級な馬車に吐いてしまった。

 新しく着せて貰った高級な服もあっという間に汚してしまった。

 貴族の物を汚すなんて平民ならば極刑が当たり前の世界だ。

 お世話になっていた騎士には流石に慣れたが、領主の物を汚したとなると話が違ってくる事は幼いセシルにも分かる。

 下手せずともセシルのせいで両親も殺されてしまう……言い知れぬ不安が一気に襲ってくる。


「ごっごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」


「セシル! セシル! 落ち着いて!」


 イルネが声を掛けるがセシルに届かない。

 マーモも「ナー! ナー! ナー!」と鳴いてセシルを落ち着かせようとする。


「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい……」


 心の防衛反応が働いたのか、セシルはそのまま気を失ってしまった。


「これは……大人のミスだな。冷静になると小さな村しか見た事無かった子供にこのサプライズは良くなかった。元々気が強いタイプでもないのに……やってしまったな。しっかりケアしなければ」


「学院に入学しても絶対に注目されるぞ。どうしたものか」


 イルネはまだしもダラスやコルトもセシルの事を自分の孫や息子くらいに可愛く思っていただけに、己の失敗が悔やまれる。

 任務に関して即断即決が出来る2人でも気落ちしてしまい思考が鈍くなるほどだった。

 御者による声でようやく我に返ったほどだ。


「もう着くのでそろそろ準備された方がよろしいかと?」


 御者の言い方は立場上ありえないが、ガックリ項垂れる3人に見かねて声を掛けたのだ。


「あぁすまん! すぐ医務室に連れて行けるようにしておこう!」


 領主館の門前に着くとセシルへの興味とサプライズで領主夫妻が待っていたが、それも失敗に終わった。


「何があった?」


 慌ただしい様子に領主のリンドルが近くの騎士に尋ねる。


「ハッ。確かめてまいります」


 騎士が聞きに行こうとしたタイミングでダラスとコルト、イルネが慌てた様子でリンドルの前にやってきて躓く。


「何があった?」


「ハッ。挨拶を後回しにして報告する事をお許しください。セシルをサプライズで大勢の前に出したところ、簡潔に言うと緊張で吐いて気を失ってしまいました」


「あらあら。大丈夫なのですか?」


領主婦人のシャルが訊ねる


「体調的には問題無いかと思いますが、精神的には……分かりません。詳細は後で報告致しますので、まずはセシルを医務室で休ませてやってもよろしいでしょうか?」


 コルトが答える。


「そうね。呼び止めて申し訳無かったわ。サルエル! 聞いていたわね? 医務室への案内とセシルの着替えも用意してあげて。セシル用の服は何着か用意してあったわよね?」


 侍女長のサルエルに頼む。


「はい。用意してございます。すぐご案内いたします」


 サルエル含む数人の侍女とセシルを抱き上げたイルネが足早に移動する。

 2匹も付いて行こうとして、警備に止められそうになるがリンドルが「良い」と同行を認める。


「では。執務室で話を聞こう」


「ハッ」

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