第145話 洞窟とお宝


「ここまでくれば大丈夫だろ」

「良い所に川があって助かった。とりあえず飯にしよう」


 アンキロドラゴンが見えない場所まで逃げる事に成功すると、それぞれが手慣れた様子で飯の準備をする。

 馬とポストスクスにも水をたらふく飲ませる。

 餌は近くの草を勝手に食べてくれるので、わざわざ与える必要はない。


「しかしどうする? アンキロドラゴンを避けようにもディビジ山脈があるせいでそこそこ近くを通らなきゃならんぞ」

「まあ今日の距離で見付からなかったから、回り込めば大丈夫だろうが、あいつの索敵範囲が分からんからな。今日は運よく俺らが風下で見付からなかった可能性もある」

「ちくしょう。めったに現れないはずなのに運が悪い」

「むしろ運が良かったんじゃねぇか? たまたま小僧共を追いかけて森に入ったからあいつに見付からずに済んだんだ」

「確かにそうだな。不幸中の幸いだな。ツキはまだ俺たちにありそうだ」

「そう言えば雨期にも関わらず大森林に突っ込んで行った馬鹿どもが大量にいただろ? あいつらが餌になって縄張りが変わったんじゃねぇか?」

「あぁ~いたなそんな奴ら。無事に王国にたどり着いたか、魔物に喰われたか。まあ雨期に加えポストスクスも連れずに行ったんだ。ほぼ100%全滅しているだろうな」

「そうか、あいつらのせいで縄張りが変わったのか」

「違うかもしれんがね」

「話しを戻すがどうやって帝国に戻る?」

「いやその前に、今ここで帝国に戻る話し合いをする必要があるか?」

「どういうことだ?」

「目的を忘れてないか? 川沿いに卵を探すんじゃなかったのか?」

「……アンキロドラゴンのせいで完全に忘れていたぜ」

「とりあえず今は寝る場所を確保する事が大事だ。アンキロドラゴンのせいで休憩所まで行くのはリスクが高いからな。どこか洞窟でも探したい」

「それもそうだな。ディビジ山脈に行けば良さそうな場所が見つかるかもしれない」



「うわあああっ」

「何だ?」

「あっち!! あっち!! 木の上っ!!」


 ヨトが上空を指さしながら突然叫び始めた。

 指の方向に皆が振り返る。

 そこには人間を丸呑みしそうな程の大蛇が木に巻き付いた状態で舌をチロチロさせながらカッツォ達の様子を見ていた。


「なん、うおわっ!? ティタノボアじゃねぇか! 剣で牽制しながら下がれ! 目を離すなよ! 馬に乗ったら全力で逃げるぞ」


下がるカッツォ達に木から降りたティタノボアがスルスルと近付いてくる。


「チリ! 水魔法打て!!」

「そんな大きなの打てんぞ?」

「いいんだよ! 牽制だ! 早く打て!!」

「わっ分かった」


 チリエグヌが水魔法を放つ。

 4人の中では一番魔法に適正があった為の人選だが、それでも拳大の魔法を2発放てるだけだ。


 チリエグヌが放った魔法はさらりと避けられたが効果はあったようで、ティタノボアは様子見の体勢になる。


「よし、いいぞ。逃げろっ! 山脈方面だ!」


 全員がポストスクスと馬に乗るとそれぞれ走り出す。


 バーモットは大雑把な人間だが、子供2人をきっちりポストスクスに乗せている。

 性欲がそうさせているのだが、ヨトとユーナにはそれが幸いし囮にされる事は無かった。


「クソッ追いかけてくる。魔法打てる奴は小さくてもいい、打て!! この際、火魔法でもいい。ガキも打てるなら打て!」


 それぞれが逃げながら小さい魔法を打つ。

 だが、一般人の魔法など移動中の風で搔き消える程度の威力しかない。

 ヨトとユーナは父親譲りの魔法の才能が少しだけあり、拳大程の火魔法を打ち出す。


 当然、拳大程度の火魔法も直ぐに消えてしまいダメージを与えることなど出来ないが、相次いで放たれた火魔法に蛇特融の熱に反応する器官が反応してしまったようで怯んだ動きをし、追いかけるのを辞めたようだ。


 実際はもう誰も魔法を放てなくなっており、そのまま追いかけられたらほぼ確実に誰かが犠牲になっていただろう。


「おめぇらやるじゃねぇか」

「まあね」


 ヨトもユーナも得意げだ。


「まだ打てるか?」

「んーん。もう無理。あの大きさなら2人とも良くて3~4発ずつだけ」

「そんなもんか。だが、この年齢でそれだけ打てたら一般人にしては十分だな」

「当然だよ。父さんなんて顔くらいの大きさの魔法が打てたんだからね」

「そりゃすげぇな。高給取りだったんじゃねぇか?」

「それはよく分からないけど、俺とユーナは働かなくて良かったから裕福だったのかも」

「それは相当裕福だな。平民でそんな生活めったにできないぞ?」

「そうなんだ? アッちょっ! またチンチン当たってない!? もっと離れてよ!」

「離れて落ちたら困るだろう。それに命の危機を感じた時は本能的にこうなるんだ。お前も大人になったら分かる」

「えっそうなの!?」


 ヨトはその話が本当なのか周りの大人たちを見渡し答えを欲しがる。


「お前ら静かにしろ。ちなみに絶賛逃走中に勃起するやつはバーモットだけだ。信じるな」

「ひぃっ!? やっぱりおじさん離れてよっ」

「お兄ちゃん静かにしろって言われたでしょ」


 ユーナはヨトの前に抱かれているので、バーモットへの恐怖感が無い。


「ぐぬっ……」


 そうしている内にあっという間にディビジ山脈の麓に辿り着く。


「よし、ここまでくれば洞穴の1つや2つ見付かるだろう」


 山脈をアンキロドラゴンから離れる方面に進んでいくが、すぐにシャグモンキーの群れに出くわし攻撃を受けてしまう。


 キーーッ

 キーッキーーーーーッ


「あっクソッ! シャグモンキーの巣じゃねぇか。道戻るぞ」


 次々と石や木の実などを放り投げてくる。


 ヒヒーン


 馬に投石が当たり暴れ出す。


「ちくしょぉ! 馬を守れ!! ポストスクスを殿に付けろ!」


 ポストスクスを後ろに下げ壁にする事で凌ぐ。

 木の実や小石が当たった程度では微動だにしない。


 ヨトがユーナを守るように抱きしめ、そのヨトをバーモットが片手で引き寄せグッと抱きしめる。


「ひぃぅ」


 ヨトは鳥肌が止まらないが、非常時の今騒ぎ立てる訳にはいかずグッと我慢する。



 どうにかその場を凌ぎシャグモンキーの縄張りから逃げる事が出来たが、ヒコヒコと歩き方がおかしくなっている馬もいる。

 投石で足を痛めたのだろう。


「すまねぇ。俺の馬が怪我したみたいだ。歩いて移動したい」


 チリエグヌの馬だったようだ。


「分かった」


 馬組が馬から降りて歩く。

 バーモット達は乗ったままだ。


「おっ俺も降りて歩く」

「お前の足じゃすぐ歩けなくなるだろう。我儘を言うな」

「でも……」


 まだバーモットが片手でヨトを抱き寄せている


「お兄ちゃん! わがまま言わない!」

「グッ……」


 バーモットがさらにぐっとヨトを引き寄せる。


「ひぃぃぃ」


 しかし、他の面子は興味がないのか他の話を始めてしまった。


「しかし、中々良さそうな洞窟が無いな。薄暗くなってきたしそろそろ見付けないとまずいぞ」

「そもそもこの人数が入れる洞窟なぞ、滅多にないだろう」

「それは確かにそうだが贅沢は言ってられん。数人だけでも入る事が出来れば十分利用価値はある」


「あっ!? 何かある!」


 ユーナが何かを発見したようだ?

 全員がユーナの指した先を凝視する。


「なんだありゃ?」


 誰が指示したわけでもなく自然と小走りになり近寄っていく。


「なんだ、これは」

「遺跡……か?」

「こんな所に人の手が入っているのか?」


 そこには自然に出来たとは到底思えない綺麗にカットされた岩が整然と積まれ、壁の様になっていた。


「おい、壁の裏、木で隠されているが洞窟じゃないか!?」

「洞窟にしてはあまりに綺麗すぎるぞ? やはり人の手が入った遺跡か?」

「いや、木が古くない。今も人が住んでいる可能性が高い」

「こんな所に!?」

「もしかしたら知能の高い魔物の可能性もある。とりあえずポストスクス達を繋いで、中を覗くぞ」

「あぁ分かった」


 ヨトもようやくバーモットから解放されたが、全身の鳥肌はしばらく消えそうにない。


 カッツォが剣を片手に慎重に洞窟を塞ぐ木を退け中の様子を見る。


「なんだここは? 綺麗すぎる」


「おい、奥があまり見えねぇぞ。ランタンあるか?」

「ある訳ないだろう。ディビジ大森林を通る時にランタンは使わねぇからな」

「朝方だったら奥まで見えただろうが」

「誰か火魔法使えるか?」

「もう魔力残ってねぇよ。使えても一瞬だ」

「仕方ねぇ。もったいねぇが安全確認のためだ蝋燭使おう」


 手頃な木に切れ目を入れるとそこに蝋燭を挟み、手で持てるようにすると残りわずかな魔力で蝋燭に火を付ける。


「よし、行くぞ」


 慎重に洞窟の中に入っていく。

 天井は大人の身長には少し低いので中腰だ。


「背が低い魔物か? ゴブリン?」

「あいつらにここまでの知能があるとは思えんが……」


「なっなんだぁ!?」

「おい、何が出てくるか分かんねぇんだ、大きな声を出すな!」

「そんな事いいから壁をよく見て見ろ!!」

「あん? だから暗くて……おいおいまじか……」

「なんだこのデカさの魔石は……魔石……だよな? ただの石か?」

「暗くてなんとも言えん。明るいところに持って行くぞ」


 それぞれが足元に気を付けながら壁に飾られていた魔石や爪らしき物を取り洞窟を出る。


「うっそだろ。なんだこのデカさの魔石は……」

「こっちの魔石もデケえが、まだ見た事があるレベルだ。ポストスクスの魔石と同じくらいだろう。だが、こっちは……」

「それ以上となるとドラゴン種レベルか?」

「分からん。流石にお目にかかった事が無いからな。だが、アンキロドラゴンと出会ったばかりだ。ドラゴン種の魔石でもおかしくねぇ」

「この爪やら牙はアンキロドラゴンより小さいんじゃねぇか?」

「こっちはサーベルタイガーの牙だろう? 一度見た事がある。てことはこっちの小さい方の魔石もサーベルタイガーか? いや決っして小さくはねぇが」

「爪はサーベルタイガーじゃないな……ドラゴン種としては少し小さい気がするが、ワイバーンか?」

「まあそれは帝国に持ち帰って調べればわかるだろう。なんにせよ高値で売れることは間違いねぇ」

「もう卵(セシル)を探すのはやめるか?」

「あぁ、もう必要ないだろ。これ以上大森林で危険を犯す必要はない。交渉次第では卵の方が高値かもしれねぇが、これは冒険者として真っ当に手に入れた素材だ。悪事に手を染める事無くクリーンな金が手に入る。最高じゃないか。これだけあれば一財産になるぞ。洞窟の中はまだまだあるかもしれないしな」


「おい、じゃあこいつらは好きにしていいのか?」

「おん? ああ、すっかり忘れていたぜ。もうそいつらを連れていくメリットは少ない。荷物が増えるからな。ここで捨てて行く。お前の好きにしていい」

「えっ? ちょっ……どういう」


 ヨトは理解が追い付いていないが、危機が迫っていると感じ取る。


「その言葉を待っていたぜ。おい、お前ら俺と気持ちよくなろうぜ」

「えっ……いやっ! ちょ……むりむりむり」


 バーモットがヨトの腕を取る。


「放せっ!」

「お兄ちゃんを放してよ!!」

「お前も一緒だぞ?」

「えっ!?」


 バーモットがユーナの手首も掴む。


「いやっ放して!」

「静かにしろ。大人しくしてれば優しくしてやる。おい。蝋燭渡せ」

「両手塞がってんじゃねぇか」

「口で咥える」

「そこまでするかね」


 カッツォが蝋燭を挟んだ木をバーモットの口に咥えさせると、満足したようにバーモットがノシノシと2人を洞窟の中に連れて行く。


「ぎゃあああああ。放して! 放して!!」


「洞窟の中は何があるかまだ分かんねぇんだ、気を付けろよ」

「分かっているよ」

「ありゃダメだな。下半身に脳みそがいってやがる」

「おいっ! そんな事言ってないで助けろよっ! 助けて! 助けてください!! このおっさん、お前らの仲間だろ? どうにかしろよ! お願いだよ!」

「放して! 放してっ!!」


「俺らは素材が傷付かないように包んでおくか」

「しかし、よくあんなガキに欲情出来るな」

「まったくだ。……ケリングはよくあいつと手を組めるな」

「大人の男には欲情しないからな」

「自分には被害が無いなら何でもいいってやつか」

「そんな感じだ」


 うわぁあああ 放してぇええええ 助けてぇええええええええ


 と、バーモットに引きずられていくヨトとユーナの声が洞窟から響いて来るが3人は素知らぬ顔で作業を始めた。

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