第117話 魔物除けとゴブリン
背後の木と2匹のゴブリンに囲まれる形となったセシルが決断する
(とりあえず逃げる!!)
マーモ達の方に逃げようと思うが、武器も手にしてない状態でゴブリンの間をすり抜けるのは難しそうだ。背中の痛みで魔法も怪しい。
さらに、マーモ達は魔物除け除けの外に出られず、近寄る事が出来ない。
魔法で援護しようにも万が一斥力や火魔法がセシルに当たると大怪我してしまうため、使う事を戸惑っているようだ。
ギャッギャッギャッ
ゴブリンは、恐怖と痛みを我慢している顔のセシルを見て楽しんでいる。
「顔に水魔法!!」
マーモ達に水魔法を使う指示をして、間髪を入れず走り出す。
セシルは殴られ囲まれた事で冷静さを欠いており、指示を出してから間を置かず走り出してしまったのだ。
無手のゴブリンの方からマーモ達の方に向かうが、まだゴブリンに水魔法が届いておらず、飛び掛かって来たゴブリンに足首を掴まれてしまい、セシルは思わず転倒する。
ギェッギエッ
もう一匹が木の棒で殴ろうと近づいてくる。
ギャギャッ!?
そこで3匹の水魔法がセシルを掴んでいたゴブリンの顔に当たったようだ。
突然、視界を奪われ呼吸も出来なくなったゴブリンは、驚き掴んでいた足から手を放し顔を拭う。
その隙に逃げようとするが、振り下ろされた木の棒がセシルの左肩を痛打する。
ドゴッ
「ぐうっ」
木の棒を持ったゴブリンに、1つでも水魔法を当てていれば良かったかもしれないが、特に指示も出していなかったため、コンビネーションが上手く行かず、3匹ともが無手のゴブリンを狙ってしまっていたのだ。
ギャッ ギャッ
セシルは地面に倒れ込むが、このままではマズいと慌てて4つんばいの状態でその場から離れようとバタバタと動き出す。
叩かれた左肩がズキッと痛み体勢が崩れそうになるが、右手に体重をかけて無理やり立ち上がると、足が絡まりそうになりながらも走る。
マーモ達の内の2匹が、水魔法の目標を木の棒を持ったゴブリンに変えたようで、パシャパシャと当たる水を拭おうとして、セシルを再度殴ろうとしていた手が止まる。
水魔法が小さい事からライライの二匹の魔法だろう。
その間にセシルはマーモ達の場所まで来ることが出来た。
「はぁっはぁっ、ありがと、水魔法続けてて」
セシルはゴブリン達の方を向いて座り込むと、両手でそれぞれ斥力魔法を使おうとするが、痛みで左手が上がらない。
「イッ」
思わず顔を顰めてしまう。
顔にブワッと冷汗が流れる。
しかし、攻撃しない訳にはいかない。深呼吸をし、右手だけで魔法を放とうとする。
すでに木の棒を持っていたゴブリンは、2つの水魔法が絶え間なく襲ってくる事で溺れかけていた。
ゲヒュッ ゲボッ ゲヒュッ
ライライの水玉1つ1つは1.5センチほどしかないが、それが絶えず鼻と口を襲ってくると、自分のタイミングで呼吸出来ずかなり苦しいようだ。
手に持った木の棒を意地でも手放さない事で、片手でしか防げないのも影響しているようだ。
先程セシルに2度も大きなダメージを与える事が出来た木の棒に固執し、手放すことが出来ず振り回している。
セシルは苦しそうにもがく様子を見て、何も持っていないゴブリンから攻撃する事にする。
こちらのゴブリンはまだ余裕があるが水に視界を遮られたり、呼吸の邪魔をされて鬱陶しそうにしている。
セシルを襲う事より、水の方に気が取られているようだ。
右手を無手のゴブリンの方に向ける――。
「……出ない」
ズキズキする左肩と背中のせいで集中出来ずに魔法が出せない。
何度となく試したが、出せる気がしない。
セシルは魔法を諦めて、痛みを我慢しながら背負い籠の中にしまっていた雷鎖を取り出す。
手に取るとゴブリンに近づき、鎖の中ごろを持って回し始める。
殴られた左肩の方は柄を持つだけで良いので、痛みは少ない。
ビュン ビュン ビュン
勢いが付いた所で無手のゴブリンに向けて鎖を放る。ビキッ「グゥゥ痛ったぁ~」
ドゴッ
投げた反動で背中の痛みが出てしまい、顔を狙った分銅は狙いがズレ、ゴブリンのお腹に直撃する。
ゴポッ
ゲヒョーグフッ ゲフッ ゲヒョー ゴポッ
顔に当たらなかったとは言え、勢いがついた鉄の塊がお腹に当たったのだ、とてつもないダメージが与えられたと思われる。
さらに、大きく息を吸おうとした所で、水魔法が気管に入ってしまい。まともに息が出来ないようだ。
邪魔な水を呑み込んでも、呼吸をしたくて口を開くと、また水魔法が口内の水を集めてしまう。
永久機関のようにゴブリンを苦しめる。
もうコイツは水魔法で死ぬな。と思ったセシルは、木の棒を持ったゴブリンに近付く。
立ったまま溺れかけていたが、学習したのか木の棒を振り回しながら体を踊る様に動かして、どうにか水魔法から逃がれていたようだ。
走って逃げれば水魔法から簡単に逃れられたハズだが、弱ったセシル(食糧)が近くにいる事で、逃げる選択肢が取れずにいた。
セシルは木の棒を警戒し、少し距離を置いて雷鎖を回し始める。
ビュン ビュン ビュン
先程思いっきり投げて背中が痛くなったので、今度は巻き付けるつもりで肘から先だけ動かし斜め上に放り投げるように手放す。
ガッ ぼとっ
タイミング悪く振り回されている木の棒で弾かれてしまう。
もう一度鎖を手繰り寄せ雷鎖を回し投げる。
ギャッ ギャーギャー
2度目で肩口から胴に回る様にぐるっと巻き付ける事が出来た。
雷鎖に雷魔法を流そうとした所で、さっき魔法を出せなかった事を思い出す。
(雷魔法出なかったらどうしよう)
不安ながらも、ダメもとで雷魔法を流す。
バチバチッ
「出来た。良かったぁ」
手元で魔法を使うのは集中力が少なくて済むようだ。
ギャアアアアア バチバチッ
ギャアアアアアアアア バチバチッ
水から逃げ惑っている内にゴブリンはびしょびしょになっており、全身に雷魔法が流れる。
身体がビクビクとなり、絶対離すまいとしていた木の棒も遂に手放してしまう。
流石に逃げる選択肢を選ぼうとするが、全身を駆け巡る雷魔法で倒れてしまう。
身体を大きく動かす事で避けれていた水も避けれなくなり、顔を襲ってくる。
手で防ぎたいが、ビリビリが身体に流れ、手が思う様に動かない。
地面に倒れたまま暴れるが、ゴブリンにとって何も好転する事は無かった。そのまま水魔法で溺れる。
もう一匹のゴブリンの様子を見ると、顔色が紫の様になって全身が脱力していた。
すでに死んでいるのだろう。
「あぁ~助かったあぁ~。皆ありがとね」
「ナー」ぴょんぴょん
「――でも、なんでゴブリン達は魔物除けの中に入って来れたんだろう? マーモ達は魔物除け除けの中から出れそうもないのに」
セシルはイテテテと言いながら、マーモ達の側に座り思考していく。
「えっと。マーモ達がまだここから出れないって事は、魔物除けの魔力が切れたわけじゃない。設置する前に魔力入れたしね。でもゴブリンは入って来た。ん~そもそも人間も出入り出来るんだよね。ゴブリンは魔物じゃない? いや、体内に魔石あるし……魔石無いと魔法使えない……あれ? 人間も魔石あるって事は人間も魔物なの?」
ますますセシルの頭は混乱する。
ちなみにアポレ教の教えでは人間と魔物は明確に上下が存在し、『人間も魔物である』という思想は絶対に許されない考えである。
また死後、人間の身体から魔石を取り出す行為は、死者さらには人間を作り出した神を冒涜する行為とされている為、火葬で一緒に燃やしてしまう。
人間は神に愛された種族であり、魔物は神の教えに逆らった者の成れの果て。とされ、魔物の魔石を取り出す行為はむしろ推奨されている。
さらに、従魔として魔物を使う事は、人間の下に魔物を置いていると考えられるので教義には反していないが、そのような魔物を下に見る考えでは懐く魔物がおらず、アポレ教国では従魔師が万年不足している。
「人間が通れる。ゴブリンも通れる。ライライとマーモは通れない。ワイルドウルフも通れない……これ、あれかな? 魔法の臭いが分かる魔物は通れないのかも? 人間もゴブリンも斥力魔法に気付かないもんね。うわぁ~ゴブリン入ってくるなら全然安心できないよ。行商人の人とかもゴブリンから襲われる事あるのかな?」
たしかにゴブリンは魔物除けをすり抜けてくるが、ポストスクスを連れているとゴブリンは怯えて襲って来ないのだ。
しかし、ゴブリンにとってセシルやマーモは美味しいエサにしか見えないので襲ってくる。
「ダラス様達は使ってなかったよな~? あっ、あの人たちはワイルドウルフが襲ってきたら、新鮮な肉が食べられるって喜んでたから、わざと魔物除け使ってなかったのか」
「――それよりゴブリン片付けないとね。血の臭いで魔物が来ちゃう……あっ今日、血を出さずに倒せてる! これは初めてかも! 水魔法意外と使えるかもしれないね。水魔法から逃げない馬鹿にしか使えなさそうだけど」
「ナー」ぴょんぴょん
「血出てないなら今日1日くらいほっておいても魔物寄ってこないでしょ。魔物除けの中だし……魔物除けの中で襲われたばっかりだけどね。へへっ。とりあえず背中と肩が痛いから、今日はもう寝たい」
「ナー」ぴょんぴょん
こうして満身創痍の身体で借宿を木などで隠すと、背中を付けない様に右腕を下にして寝るのであった。
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