第40話 手紙
祭りの屋台でちょこちょこ食べていた為、屋敷に帰ると夕食はなくお茶を飲むことになった。
そこではリビエールが処刑について上機嫌に語っていた。
初めて見た処刑に興奮したのか「男なら処刑は見なきゃダメだ」という謎の説教をセシルにしていた。セシルが適当に相槌を打っていると、ふとリビエールが思い出したかのように話題を振った。
「セシル、そなたは両親への手紙は書いたか?」
「手紙? 書いていません」
「ああ。伝え忘れていたか。私は学院にいる間、半年に1回、父上と手紙のやり取りをしているのだ。今回はダラス達が帰るタイミングで手紙を届けて貰うから、書いておくと良い。半年ごとに父上が書いたのを受け取ってから、すぐその返事と状況報告を書いて返すという流れになる。それで1回の手紙のやり取りが終わるので、私達への返信は半年後になってしまうけど」
「書きたいです!」
「うむ。紙が必要なら用意させるので伝えてくれ。自分で送ろうとすると多額のお金が掛かるから半年に1回の送る機会を逃さぬようにな」
「はいありがとうございます。」
「ダラス、トラウスの街からセシルの村へは届けることが可能か?」
「ハッ、月に1度は報告に行き来する予定となっておりますので特に問題無いかと」
「では問題無いな」
「あっあの、僕の両親にも紙をいただけると嬉しい……です……」
「ああそうか。ダラス問題無いか?」
「ハッ伝えておきます」
こうしてセシルは初めての手紙を書くことになった。
――――――
おとうさん、おかあさん
元気ですか?
ぼくは元気です。
ライムとマーモも元気です。
王とはおっきくて人いっぱいですごかったです
王さまにもあいました。
みちでひろった石をぬすまれました。王とはこわいところです。
ぼくのためにおっきいいえをつくってくれました
そこにすみます
みんなのやくに立てるようにがんばります
おとうさんおかあさんげんきでね
――――――
「上手に書けましたね。凄いです!」
恐らくこの手紙だけで全容を理解出来る人はそういないだろうが、子供の手紙はこれで十分だろうと細かい事は気にしない方針のようだ。
最近のイルネはセシルに対して従者として接していた為、村に居た時に比べて若干距離感があった。それをセシルは寂しく感じていたが、今は手紙を書くために2人用の長椅子でくっつくように座っていたので、そのまま甘える事にした。
「父さんと母さんから早く返事が来るといいな」
「返事が来るのは半年後かな? 2人は文字の勉強続けてちゃんと読んでくれるといいね」
両親の事を考えながら手紙を書くことで、会えなくて寂しいという気持ちが大きくなってしまう。
イルネに寄りかかり体温を感じると、幼いなりに慣れない環境で張り詰めていた気持ちが緩んだ。
「ねぇ……イル姉ぇ」
「どうしました?」
「おどうさんと……おがあさんにあいだいよぉ~。こんな魔法のちがら無かったらよがっだのにぃ」
ヒックヒックと泣き出すセシルをイルネはそっと抱きしめて背中をポンポンと叩き、反対の手で頭を撫でてあげる。
(私がセシルの家族になってあげなくちゃ)
結局、この日はセシルが泣きつかれて眠るまでイルネが抱きしめ続けるのであった。
翌朝、夜泣いた事で目を腫らして朝食を食べていたセシルを見たリビエールが気を効かせて声を掛けた。
「私と剣の稽古でもせぬか? スッキリすると思うぞ」
昨日の処刑に興奮が残っていて、身体を動かしたいという気持ちが7割を占めているが、3割はちゃんとセシルを慮っているのだ。
リビエールは正義の男なので、悲しんでいる民をほっておけない。
「それはよろしゅうございますな!」
それを聞いていたダラスも乗り気だ。
「あっはい。よろしくお願いします」
朝食後少し休憩してから、2人は運動できる格好になって中庭に出る。
セシルは村で過ごしていた時のボロの服で、リビエールは運動服に見えないようなオシャンティーな袖にヒラヒラが着いているような運動服を来ている。貴族の運動着らしい。
軽く体操をした後お互い木剣を構えた。
周りには興味津々の使用人達が集まっている。
辺境伯の家は本当の意味でアットホームな家柄の為、少しぐらい仕事を休んで見学に来ていても一々怒られる事は無い。
ついでにライムとマーモも見学に来ている。
剣の稽古のはずが、決闘みたいな雰囲気になっている。
「セシル様、落ち着いて教えた通りにやれば大丈夫ですよ!」
イルネが応援の声を掛ける。
「では、準備はよろしいかな?」
ダラスの声に2人は静かに頷く。
「はじめっ」
リビエールが上段に構えて飛び掛かる。
後輩にカッコイイ所を見せてやろう。くらいの気持ちなので余裕の表情で剣を振り下ろす。
(え? 凄い遅い)
カンッ
ボゴッ
「ぐへぇっ」
「一本」
セシルがリビエールの剣を横に躱しながら軽く弾き、バランスを崩したリビエールの脇腹に木剣を軽ーく叩きこんだのだ。
リビエールは脇腹を抑えて倒れ込んでいる。
皆、唖然としている。
年上のリビエールの弱さと年下のセシルの強さに。
ダラスやイルネもセシルの成長を見守っていたので、ある程度強くなっている事は把握しているが、いつもライムやマーモにボコボコにされていたので、同年代の子と比べてここまで強くなっているとは思わなかったのだ。
ただ、リビエールも魔術師である為、学院で魔術の訓練をし始めると身体を動かす事がほとんど無くなり、身体が衰えている事も要因の一つではある。
「けっ稽古の時はもっと弱く打ち込むものだぞ!」
脇腹を抑えて地面に横たわったままリビエールが指摘する。
偉そうな態度にオシャンティーな服が映える。
だが、横たわったままだ。
使用人たちは皆が同様の事を思った。
(((リビエール様カッコ悪い)))
「えっ。あの……軽く当てただけですけど」
外から見てもセシルは明らかに手を抜いて木剣を打ち込んでいたのだ。
「リビエール様、セシルはかなり力を抜いておりましたぞ。これ以上弱くするのは稽古になりませぬ」
「ぐぬぬ。もう一度だ!」
立ち上がったリビエールが構える。
「あの……僕はどうしたら?」
かるーくやったのにクレームが入ったのだ。しかも相手は貴族である。不安に思ってダラスを見る。
「ぬぅ……リビエール様、先程と同じ程度の力で良いですな?」
「いやそれは、もうちょっとだな……」
「相手は年下ですぞ? しかも魔術師。どうにもなりませぬ。ではセシルは先程と同じ程度の力で良い」
「結局ダラスが決めるなら、私に力加減を確認した意味よ?」
「始めっ」
慌ててリビエールが飛び掛かる。
(え? やっちゃていいの?)
カンッ
ボゴッ
「ぐほぉっ」
さっきと全く同じ動きでリビエールはヤラレて横たわっている。
「リビエール様、さっきと同じ動きしてどうするんですか……」
ダラスが呆れた顔で諭す。
「さっきより痛い……」
「そりゃ全く同じ動きで同じ場所を叩かれてますからね」
セシルは勝ち慣れていないからどうして良いか分からず立ち尽くしている。
リビエールが痛みに顔を歪めながら立ち上がると、セシルに声を掛けた。
「貴殿の様な強い騎士が将来トラウス領を支えてくれると思うと安心だ」
セシルが強いのは騎士だからと言う事にし始めたようだ。
「えっぼっ僕は……」
「リビエール様、セシルは魔術師だって言ってるでしょうが。リビエール様は入学してから全く運動されてないようですね。魔術師と言っても朝は魔力も回復して、軽く走るくらいは出来るでしょう」
ダラスは周りを見渡して執事長のマルトに話しかける。
「マルト」
「はい」
「毎朝リビエール様に軽くで良いから運動する事を義務付ける。良いな」
「畏まりましてございます」
「えっ……」
早起きが苦手なリビエールは絶望している。
「リビエール様、新学期が始まっても続けるように」
「……はい」
「次はセシル」
「はっはい!」
「よくやった! もしかしたら同年代ではかなり強いかもしれんな。セシルも魔法の練習で疲れ切っていなければ運動はなるべく続けなさい」
まさか剣で褒められると思ってなかったセシルは華が咲いたように笑顔で答える
「はいっ!! ありがとうございます!!」
リビエールはこの笑顔を引き出すのが目的だったのさ。という雰囲気でウンウンと頷いている。完全に勝つつもりであったのに。
そんな様子のリビエールを見たセシルは感激したようにリビエールに話しかける。
「僕の為にわざとあんなに遅く動いてくれていたのですね! ありがとうございます!」
「えっあっうっうん。まあな……(あんなに遅く……?)」
本気だったリビエールは密かに傷付いていた。
「いや、セシルお前が強いのだ」
ダラスがセシルの間違いを指摘する。リビエールがワザと負けたとなるとセシルは本当は強くないと言う事になってしまう。
でもセシルはどっちでも良かった。
どういう形であれ練習の成果が見えて嬉しかったし、何より認められた事が嬉しかったのだ。
「リビエール様! もっとお願いします! もう遅く動く必要はないです!」
もう部屋に戻ろうとしていたリビエールは、無邪気に誘ってくるセシルにボコボコにされるのであった。
リビエールが先輩風を吹かせようとして失敗した結果ではあるのだが、基本的に優しい為、しっかり付き合う羽目になってしまった。
流石に途中からリビエールの実力を察したセシルだが、気分がハイになってしまっていたのでそのまま何度もリビエールにお願いするのであった。
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