第39話 祭りとマリー


 朝食を食べ終わってゆっくりしているとイルネが声を掛けて来た。


「セシル様、今日はお祭りがあるそうですよ!」


「お祭り!? 行ってみたい!!」


 セシルはまともなお祭りに行った事が無かった。

 村の祭りと言えば村人が吞んだくれているだけだったのだ。


 本来はセシルのパレードが予定されていたことなど2人は知る由もない。

 セシルのパレードが中止になった代わりに横領の罪を犯して裁判を待つ身だった貴族に『王を騙り勝手にお触れを出した罪』が追加でなすりつけられ、公開処刑となったのだ。


「何のお祭り?」


「さあ? 分からないですが、横領した貴族の公開処刑が行われるそうですよ」


「公開処刑?」


「悪いことした人が皆の前で首を切られて殺されるのですよ」


「えっ怖い」


「見たくないですか?」


「ん~見たくない」


「そうですか~。見たがる人が多いんですけどねぇ。では屋台がたくさん出てるのでそれを見て周りましょ!」


 娯楽が少ない為、処刑も庶民の楽しみの1つなのだ。


「うん! ダラス様とサルエル様も一緒に行こう! あっリビエール様も」


「リビエール様はご学友と処刑を見に行くそうですよ」


「そうなんだ。ダラス様とサルエル様は大丈夫ですか?」


「ああもちろん大丈夫だ。しっかり警護してやる」


「私も問題ありませんわ。お誘いいただいてありがとうございます」


 2人ともニコニコしている。孫と思っているセシルとお祭りに誘って貰えて嬉しいのだ。



 早速、準備して外に出る。

 残念ながらライムとマーモはお留守番だ。

 一応従魔登録は終わらせており、印を首に掛けていれば出歩くことも出来るが、人混みでは問題が起きる可能性がある為、連れて行く事は止めておいた。

 祭りのメインは平民街であるが、貴族街でも人の往来が多くあった。


「セシル様、いちゃもんを付けられないように端を歩きましょう」


 セシルはまだ平民であり、イルネやダラスも準貴族なので問題が起きた場合、対処が難しいのだ。

 隠れるように歩いて貴族街の門を通る。貴族街を出る時は割と簡単に出る事が出来る。


 貴族街を出た瞬間、セシルは人の多さに驚く。

 ここでは誰もセシルに注目していないので、人の多さに怯える事もない。


「凄い! 人が一杯いるよ!」


 興奮するセシルを3人は微笑ましく見ながら通りを歩いて行く。

 迷子にならないようにイルネと手を繋いでいる。

 少し人が少ない通りでは、空いてる方の手でサルエルとも手をつないで歩く。


「幸せ過ぎる」


 サルエルのその呟きを聞いたダラスはぐぬぬと歯噛みするのであった。


「セシル様、何か舞台やってますよ!」


 人混みを訳ながら近くに行くと大賢者の物語が上演されているようだったが、人が多すぎてまともに見る事が出来ず、諦めてトボトボと人混みから離れていく。


 大賢者の物語は、斥力と引力を使いこなした大賢者が、魔物に脅かされる人々を救い、救った人々の中には後の王女様となる女性との出会いもあり、土地を安定させて建国に至った。という誰もが知っている王道な話だ。

 ここトラウデン王国は大賢者が興した国であり、王族は大賢者の末裔である。


 最近、大賢者の再来との噂からこの演目が頻繁に上映されているようだ。


「見れなかった~残念」


「別の日もやってますから、また見に来ましょ!」


「うん! あっあれ食べたい!」


 屋台では色んな魔物の肉が売られており興味がそそられる。

 イノシシの魔物の肉を注文し甘辛いタレに付けられた肉串を食べる。

 串なので食べ歩きも出来るが、誰かにぶつかって問題が起きる可能性もあるし、なによりサルエルが許さないので、屋台の横にあった座る用に用意されている丸太に座って食べた。


話ながら食べていると、声が掛かった。


「あら、あなたはセシルではありませんか?」

赤茶色の髪で色白のとても整った顔はセシルも覚えていた。


「あっ! あの~試験の時の~えーっと。貴族様!」


しかし名前までは憶えていなかった。


「マリーでございますわ!!」


「マリー様! マリー様もお祭りですか?」


マリーは「あなたのせいで大変な目に遭ったのに名前すら憶えていないなんて」とボソボソと言っている。

試験の成績で父親にこっぴどく叱られ「無理やりお前を上のクラスに残してもらったんだぞ? お前は親に恥をかかせたのだ! せめて大賢者の卵と仲良くなれ!!」と言われている為、セシルに文句を言うわけにはいかない。


「あの?」


「あぁ……ええ。そうですわよ。庶民の生活を見に来るのも貴族の務めですわ」


 ただ祭りに来たかっただけである。

 マリーは普段から度々平民街に遊びに来ており、露天などのお店の人との面識も意外とある。


「そう言えば、セシルは処刑の見学には行かないのですか? 席を取っておかないと混み合って見れませんわよ。私は高位貴族ですからもちろん席は抑えてありますけれども。もし、どうしてもと言うなら席を『僕は別に見たくないので』」


セシルが遮るように断る。


「まだ話の途中でしょうがっ! もう良いわっ! 後で見たくなったって知りませんわ!」


マリーはぷんぷんと怒りながらお供を連れて去って行った。


「セシル様、せっかく可愛い女の子が誘ってくれたのに」


「でも処刑見たくないもん」


「見たくないのは良いですが、お話を遮るのはよろしくありませんよ。特にあの方は上級貴族でいらしゃるのでしょう?」


サルエルがもっともな事を注意する。


「あっ……」


上級貴族の話を遮ってしまい、さらに怒らせてしまった事にセシルは焦る。


「謝った方がいい?」


「そうですね。出来るならば」


追いかけて謝った方がいいか……と身体を動かしかけてセシルは止まる。


「学院で謝れば良いや」


と、先延ばしにする事にした。


一方その頃、マリーは


「カイネ、どう? そろそろ走って追いかけてきてるのではなくて?」


マリーは振り返らずに従者のカイネに確認をさせている。

マリー自身が振り返ってセシルが追いかけてきているか確認してしまっては、セシルを待ってたように思われてしまう。という謎のプライドだ。


「いえ、走っている者は見当たらないです」


「あっ歩いては?」


「いえ、走ってるセシル様も歩いているセシル様も見当たりません」


「もうっ! 何なのっ!? 上級貴族の私が怒っているのよ? 普通、大慌てで謝罪に来るものでは無くて? セシルの従者も一言注意するべきじゃないのかしら?」


「セシル様の従者の方からは先に謝罪をしていただきましたので、この件は穏便に済ませる事と致しました」


 実は裏でサルエルが謝罪し、上級貴族に対する態度では無い事は重々承知の上で子供の成長の為に、自分で考えさせてあげたいので見逃していただけないかと打診していたのである。

 本来サルエルのお願いはかなり無礼であるが、長年の勘からこの人達なら大丈夫だと判断したのだ。サルエルの判断に間違いは無かったようで、カイネは「何の問題もございません」と、悩む素振りもなく了承したのであった。


「えっ? 謝罪を受けるのは私ではなくて? それに穏便に済ませるかどうかは当事者の私が決めるのでしょう!?……えっ? 違うのかしら!?」


カイネの反応が無い為、マリーは混乱している。


「マリーお嬢様の事は私共で決めますのでご安心下さいませ」


「そうなのね。分かったわ……」


マリーは納得する。


「いや、分かってたまるか! おかしいでしょ!!? なぜ私の気持ちをカイネ達が決めるのっ!? 私の感情はどこにっ!?」


マリーは納得しなかった。


「マリーお嬢様――もしかして、あの殿方にドラマティックに追いかけて来て欲しかった……と?」


「ドラマティックって何よ! そんな訳ないじゃない!」


「あら? 追いかけて欲しかった訳では無いと……と言う事は『セシル様は追いかけてくる必要が無かった』と言う事ですね?」


「そうね。そうなるわね」


 マリーは騙された。


「そんな事よりお嬢様、そろそろ処刑が行われる闘技場に向かった方が良いのではないのでしょうか?」


「そうよ! こんな所で立ち止まってる場合ではないわ!」


 処刑は闘技場で行われる。

 そこには大勢の観客が集っていた。

 その一角の予約席にマリーは来ていた。マリーは罪人が入場してくると処刑を見るのが怖くて手で目を覆い隠したまま処刑執行を待っていた。

 しばらく待っていると大歓声が起きたので、カイネに「終わった?」と確認し「終わった」と返事があったので、死体も見ずに闘技場を出て行った。

闘技場の外でマリーは感慨深げに言う。


「凄かったわね」


 マリーは何も見ていない


「ええ凄かったです。特に首が切られる瞬間に『ああああああああ』」


 マリーは大声で誤魔化す。怖いのだ。

 マリーに詳細は必要無い。処刑の場に行ったという事実さえあれば良いのだ。



 セシルはそんなマリーの大冒険? を知らずにのほほんと祭りを楽しむ。

 全てが新鮮で何もかもが楽しいのだ。


 周りをキョロキョロしながら歩いてると、子供がセシルにぶつかってきた。


「イタッ」


 ぶつかって来た子供は振り返りもせず人混みに消えて行った。

 イルネやダラスは子供の存在に気付いていたが、あえて何もしなかった。


「なんだよも~」


「セシル様、持ってきた持ち物が無くなって無いか確認してみてください」


「無くなった物?」


 ゴソゴソと身体を触る。


「あっ! 小袋が無くなってる! せっかく集めた綺麗な石なのに!」


 セシルは集めていた石を盗まれてしまったのだ

 ちなみに集めた本人以外の人には価値はない。

 イルネやダラスは、セシルの持ち物が石だけと知っていたので社会勉強の為にあえてスリを見逃したのだ。

 本来は捕まえるべきだが、子供が子供の石を盗んだというだけで、この祭りで大忙しの警備兵の時間を割くわけにはいかない。

 少し離れた路地裏から「石じゃねぇか!!」と木霊する声が聞こえた。


 イルネは遠くから聞こえた声に笑いを堪えながら言う。

「スリにあったのですよ」


「スリ? って何?」


「道行く人にぶつかって、その隙にお金や貴重品を盗む事ですよ」


「えっ? そんな悪い奴がいるの?」


 ダラスが説明を引き継ぐ。


「セシルの村では居なかっただろうが、こういう都会では必ずいる」


「必ずいるの?」


「ああ。残念ながらな。親のいない子供がたくさんいるのだ。子供たちは稼ぐ術を持っていない事が多くてな。その日食べる物にも困って、他人の物を盗んで生活するのだ。特にこういう祭りでは人が多いから稼ぎ時なのだ」


「そっか~。僕の石で稼げるといいね」


 ぶっふぉと保護者3人は噴き出して笑ってしまう。

 セシルは3人が笑ってる理由が分からなくて頭に?マークが付いているが、セシルの石は金額的価値がないのよ。と言う訳にはいかない。

 笑いを堪え肩を震わせながらサルエルが答える


「そうですね。セシル様の石でちゃんとご飯食べれたら良いですね。セシル様は盗んだ相手に対してお優しいですね」


「僕には父さんと母さんがいますから。イルネ達もいるし」


「セシル様……」


 名前を出してもらった事に感激するイルネ。

 イルネ達の「達」に自分も入ってるよね?と不安な顔をするダラスとサルエル。

 

 そんな微笑ましい雰囲気が流れていたが、ハッと気付く。

 セシルにスリの危険性が伝わってないのだ。


「セシル、スリをする子供達に同情するのは良いが、それはそれとして盗まれない様に気を付けないとダメだぞ? 今回は石だったが、もしセシルの親から貰った大事なネックレスとかだったら嫌だろ?」


「それは絶対に嫌です!!……今度から気を付けます」


 スリの危険度が伝わったようで良かった。と保護者3人衆は満足するように頷いた。

 こうしてセシルの初めての祭りは終わった。


 その他に起きた事件と言えば、道行く女性に足の小指を踏まれてギェヒーとなって人混みを歩く怖さと小指を踏まれる痛さを知ったくらいである。



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