第147話 ティタノボア1
ヨトがセシルに勢いを付けて殴りかかる。
助けた事で感謝されるくらいに思っていたセシルは、まさか殴りかかって来るとは思わずビックリして動きが止まってしまった。
「なっなんでぇ~?」
ぱあぁんっ
『痛って』
痛みを訴えたのは殴りかかったはずのヨトだった。
後頭部への衝撃にヨトが振り返ると、頭を叩いたのはユーナだった。
『何するんだよっ!! 何で止めるんだっ! 父さんの仇だぞっ!!』
『助けてくれた人にお礼も言わないの!?』
『でも、父さんの仇だぞっ!!』
ユーナは謎にぴかぴかと身体を光らせているスライムに照らされているセシルをジッと見る。
セシルと目が合いポッと顔を赤らめる。
ピンチに助けて貰った吊橋効果であろうか。
『ほんとにそうなの? 悪い人には見えないんだけど』
『あっユーナ! 顔が赤くなってる!!』
『なっなってない!!』
『こんなやつに惚れたなんて絶対許さないぞ!』
『だから惚れてないっ!!』
「……何なの?」
セシルは殴られるかと思ったら急に蚊帳の外になって困惑している。
「僕の家だから出て行ってほしいんだけどなぁ、この人達帝国語っぽいからどうやって伝えたら良いのかな」
『もういいっ!! とりあえずコイツを殺す!!』
再びヨトがセシルに殴りかかる。
「えぇ~っ!?」
『ちょっ! お兄ちゃんっ!!』
セシルはヨトが大きく振りかぶり殴りかかって来たのをサッと避けて、隙だらけのお腹を軽く蹴った。
ドフッ
『げふっ……くそぉっ!』
めげずに殴りかかってくるヨトに前蹴りをお腹に当て近寄らせない様にする。
ドスッ
『ぐえっ』
ドッ
『ぐっ』
3回目の蹴りでヨトはお腹を押さえ蹲ってしまった。
ヨトは剣の素振りや父との稽古はやっていたが、実戦経験が無く剣も持っていない状態では大した事も出来ず、セシルの前蹴りだけで完封されてしまったのだ。
『ちっくしょぉおおおおおお』
四つん這いで慟哭する。
「何なの……何が起きているの? ふざけているの?」
『セシルさん凄い……それに比べてお兄ちゃん、ぶふっ、なんかもう笑っちゃうくらいかっこ悪い。ぶふっ。ちくしょうって言ってる。ぶふっ』
セシルは四つん這いで慟哭する男の子と、それを見て笑うのを我慢して我慢しきれていない女の子を見て困惑が深まる。
「何が起きているのか誰か説明してよ……」
『あっあのっ! 助けてもらってありがとうございます』
ユーナはさっと頭を下げる。
「なになに? 言葉分からないんだけど、お礼なのかな?」
この2人は仲間同士だと思っていたが、1人は殴りかかってきて1人はお礼をしてきた。
謎は深まるばかりだ。
『こんな事してる場合じゃないの! さっきの男の仲間がいるの! 仕返しに来るかもしれない! 男達はセシルさんを探しているわ! 気を付けて!!』
ユーナは大男が去って行った方を指さして訴える。
「なるほど~全然分からん。僕の名前が出たのだけは分かった」
『ちょっと何で落ち着いているの!? 敵がいるのよっ』
「ん~他にも捕まっている人いるのかな? 疲れてるから休みたいけど様子を見て来るか。ライライ、マーモ行くよ」
「ナー」ぽよんぽよん
『キャーッ! 可愛い!』
『どこが可愛いんだ! 魔物だぞ!!』
マーモとライライが大人しく言う事を聞いているのを可愛いと興奮しているユーナを見たヨトが慌てて否定する。
セシルはそんな2人を放置してゆっくりと家の中を調べていく。
「誰もいなさそうだけど、外かな?」
それなりに広く部屋もいくつかあるが、自分で作った家なので見逃しはない。
家の中に人の気配が感じられない。
「ん? あっ!! 飾っていた魔石とか無くなってる!?」
特に使い道は無かったが、命がけで手に入れた素材だっただけに結構気に入っていたのだ。
「ショック大だよ……あの大男の仲間かな? 取り返してやる!」
セシルは怒りのまま玄関の方に向かうと大男が入口で倒れ、動かなくなっていた。
「どうせなら外で死んでよ」
そう言いながら男をツンツンと足蹴にし、死んでいる事を確認すると跨いで外の様子を見る。
だが、そこには誰もおらず何も残っていなかった。
「あれ? 誰もいないじゃん。魔石とかはどこに行ったの?」
もしかしたら森の中に隠れているかもと周辺を探すが誰も見つけることが出来ない。
謎が謎を呼ぶ状態に困惑していると家の中からヨトとユーナが出てきた。
『あっポストスクスと馬が居ない!?』
『どっどうしようお兄ちゃん、帰れないよ!?』
『どうって言われても。とりあえずセシルに復讐することが先だ』
『また馬鹿な事言って! さっきコテンパンにやられてたじゃない。お礼を言うのが先でしょ!!』
『こいつに礼なんかするわけないだろ!!』
「ちょっと2人で争ってないで。このおじさんの死体運びたいから手伝ってくれないかな?」
セシルに話しかけられて2人はキョトンとする。
「コイツ、ハコブ!」
セシルは身振り手振りで説明する。
『死体を運ぶって言っているみたいだな? ユーナ手伝えよ』
『お兄ちゃんが運びなさいよ! 男でしょ!』
『嫌だよ! ……まっ俺んちじゃないしこんなやつ無視すればいいか』
『もう日が落ち始めているのにセシルさんの言う事を聞かずにどこで寝る気なのよ。アタシはセシルさんにお願いして泊めて貰うわよ』
『なっ? あんなやつの家に泊まれるかよ!』
『もしかして死体触るのが怖いの?』
『こっ怖くねぇよ!』
『じゃあ運びなさいよ!』
『ユーナが運べばいいだろ』
『嫌よ!』
『怖いのかよ!?』
『怖いのよっ!! 人の死体なんて初めて見るんだもの! 怖いに決まっているでしょ! お兄ちゃんは怖くないなら早く運びなさいよ』
「あの~、早くしてもらえる? そんな大声出すと魔物来るよ」
『魔物?』
ヨトは父が王国語を勉強していた事もあり、道中での王国の冒険者達との会話で単語程度ならまあまあ聞き取れるようになっていた。
『魔物!? 魔物がいるの?』
『コイツが魔物って言った気がする。死体運ばないと来るのかも』
『はっ早く運ばないと!!』
2人が話している間にセシルとマーモ達だけで死体を引っ張ろうとしているが、大男を運ぶのはかなり難しいようだ。
『くそっ』
ヨトが決心して恐る恐る死体に手を出そうとするが、中々死体を持つことが出来ない。
『ヒッ、ヒエッ』
『お兄ちゃんやっぱり怖いんじゃない!』
『うっうるさい! コイツ見て見ろよ! 平気で死体触っているぞ! 人の死を何とも思わないんだ。やっぱり父さんの事殺したのもコイツで間違いないっ!!』
父であるテリーは最終的に魔物に殺されたと聞いていたはずだが、ヨトは急に頭がカッとなりセシルに殴りかかる。
ガッ
「痛っ」
死体を持っていたため避けることが出来ずにまともに頬を殴られてしまった。
その様子にマーモ達が怒ってしまう。
「ナ“―!!」「ピー!!」「ピョー!!」
一斉にヨトに飛び掛かる。
『うわああっ』
マーモは角が当たらない様に肩から体当たりをし、ヨトが尻もちを着いた所をライアとラインが協力して腕を取り背中に回し締め上げていく。
『痛い痛い痛い!!!』
さらにマーモが角で足をチクチクと刺していく。
セシルが助けた人物なので念のため手加減はしているようだが、かなり怒っているようだ。
『いてぇええ。助けてぇ~! ぎゃあああ』
『皆やめて!! お願い!! お兄ちゃんがごめんなさい! ごめんなさい! お願いやめてっ!』
ユーナが手をあわあわしながら止めようとする。
「皆、やめていいよ」
セシルもムカムカしているが、涙目で止めようとしている女の子が不憫で攻撃をやめさせた。
マーモ達は怒りが収まらないようだが、セシルの指示で不承不承攻撃を辞め距離を取る。
『くそっ殺人鬼めっ』
「ナ“―――!!」「ピー!!」「ピョー!!」
『ヒッ』
悪態を付くヨトの様子にマーモ達が全力で威嚇する。
その様子を見たユーナが起き上がろうとしているヨトの顔を思いっきり蹴った。
ドコッ
『ゲェペッ』
『もういい加減にして!!』
「すごい」「ナー」「ピー」「ピョー」
パチパチパチ
見事な蹴りにセシル達も溜飲が下がり、拍手喝采だ。
「そんな事より、早く運ばないと。すぐ魔物が来ちゃ「ナーー!!」……来ちゃった」
マーモの目線の先に居たのは、見た事の無いほど大きい大蛇だった。
人間を簡単に一飲み出来そうな程の大きさがある。
木の上から顔を出してこちらを見ている。
「にげろっ!」
『ティ、ティタノボア!?』
セシルは大慌てで死体を跨ぎ家の中に逃げる。
ヨトもすぐ立ち上がり家に逃げようとした時だった。
『キャッ!』
ユーナが慌てすぎて入口前で足が絡みコケてしまう。
大蛇が舌をチロチロしながら木から降りつつ、スーッと近づいてくる。
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