第8話 トラウス辺境伯

 大賢者の素質があるものが出て来た。

 と言う話はまず、トルカ村があるトラウス辺境領の領主 リンドル=カンタール=トラウスの耳に届いた。


「なんだとっ!? それは誠か!?」


「ハッ! 私もその場で見たので間違いございません。引力と斥力の反応。さらに魔力も底知れぬとルーレイ様のお墨付きでございます。さらに従魔も2匹いました」


「それは……マルエット、どう思う?」


 マルエットはリンドルがトラウス辺境領の当主になる前からカンタール家に仕えている重鎮でありご意見番である。


「ハッ……私もこの様な事は初めてで戸惑っておるのですが、事実として動いた方が良いかと。まずは王都への連絡とその大賢者の才を持つ物の保護が寛容かと……いや、ルーレイ様が戻られて事実確認が取れてから王都へ連絡した方が良さそうですな」


「ふむ……では大賢者の保護からか……」

トラウス辺境伯が顎に手を当てて考える。


「リンドル様、大賢者と言い切るのは早計かと……」


「分かっておるが、毎度毎度大賢者の才を持つ物など長すぎて言いたくないわ。そうだ。そなた。大賢者の卵の名は何と申す?」


「トルカ村のセシルと言う少年でございます」


「セシルか。覚えておこう。そうそう。ルーレイはこの件で何か申しておったかな?」


「ハッ。村に騎士を数名置きたいと。名目としてはセシルとその家族の警護、剣術の指導。読み書きの指導でございます」


「なるほど。セシルとその家族をこちらに呼び寄せた方が早いのではないか?」


「その件に関しましては、セシルの両親の農作業があるので呼び寄せるのは得策ではないと。こちらに呼び寄せても農地は改めて耕す所から必要ですし。あちらの村々の周りの魔物の間引きも進んでいませんのでちょうど良いとルーレイ様がおっしゃっていました」


「そうか。確かに間引きの依頼が来ているとの話であったな。よし! では騎士の派遣を許可しよう」


「ハッありがとうございます。つきましては騎士の居住地の建設の為の大工の派遣。さらに……恐れながらセシルの勉学の為にリビエール様が以前使われていた教科書をお借り出来ないかと……」


「ああ構わない。その他の準備も任せる。だが、領民から見てあまり贅沢なものは控えるように。必要な物は惜しみなく購入して構わないが、領民の税を使うと言う事を意識し、銅貨1つ無駄にする事のないように。それとリビエールの教科書は後で持って行かせるが、場所は騎士宿舎の管理室で良いか?」


「ハッ。問題ございません。滞りなく準備させていただきます」


「マルエットも問題ないか?」


「そうですな。セシルに読み書きと剣術を学ばせるという話だったが、魔法は指導しないのか?」


「ルーレイ様によると学院で魔術の授業が始まって魔力不足になると身体を動かす余力が無くなるので、今のうちに身体を目いっぱい動かした方が良いとの事でした。魔力が多いのでその心配も無いかもしれないが、子供は身体を動かすに限ると。もちろん最低限の生活魔法くらいは使えるようにするとの事でした」


 学院が魔術コースと騎士コース、文官コースに分かれている所もそれが理由でもある。

 魔法を戦場で使えるほど身に付けるには魔力を使い切るくらい魔法の練習をする必要があるが身体がだるくなり、身体を動かす気になれない。

 逆も然りである。

 両方鍛えようとすると中途半端になり、何とも言えない能力に仕上がり大成する者はいないと言う話は一般常識である。


 もちろんどちらも中の上と言う類稀な才能を持つ者もいるが、戦争などの戦略には使い勝手が悪く、そのような器用貧乏なスタイルは冒険者として活躍する者が多い。

 学院に通えるような裕福な家庭は基本的に冒険者と言う不安定な職業にはほとんど就かない為、学院では騎士と魔術でコースを分けていても問題が無いのである。


「はっはっはっ普通は生活魔法でも時間が掛かるのだがな。魔法が得意なリビエールであっても半年はかかったからな。ルーレイの読みではセシルは授業と言えるほど魔法の時間を取らなくても学院に入学するのに問題ないくらいには魔法が出来るようになると読んでいるのだな?ますます楽しみになって来た」


 トラウス辺境伯がご機嫌に笑う。


「ルーレイ殿の判断であれば問題ありませんな。正直、大賢者様の再来とも言われる人物の教育をどうしたら良いかなど誰も答えを持ってないでしょうがね」


「その通りだな。魔術のプロであるルーレイの判断に任せよう。ではもう下がって良いぞ。ご苦労であった」


「ハッ! 失礼いたします」


 そう言うと騎士は頭を下げ部屋を出て行った。




「とんでもない事になったな」


「はい。気が早い話ではありますがセシルには学院卒業後は自領に戻って来て欲しい所ですが、うちに力を持たせたくない貴族達が無理やりにでも宮廷魔術師として王宮に置こうとするでしょうな」


「まあ間違いないだろうな。実際に大賢者様並になったとしたらセシル1人で領土のパワーバランスを崩しかねんからな」


「王宮に持って行かれる前提で譲歩を引き出す策を練った方が良いかもしれません」


「ふむ。色々策を練るよりセシルに郷土愛を持ってもらった方がこちらに上手く働くかもしれんな。セシルはここに戻りたいのにそれを無理やり残そうとする王宮。と言う構図が取れれば譲歩を引き出しやすい可能性がある」


「こちらが色々動いて下手に貴族を刺激するより良いかもしれませんね」


「まあ時間はある。色々考えてみよう。郷土愛については……自分で言うのもなんだがそれなりに善政を敷いているつもりだが……どう思う?」


「はっはっはっ領民の評判も頗る良好だと聞いておりますよ。裕福とまでは言えませんが3代に渡りここまで領地が安定している所も無いでしょう」


「それは良かった。念の為、今回出向く騎士も子供好きで村人との関係が上手く取れる騎士を選ぶか」


「それが良うございますね。ただ甘やかして増長させるような事にもなってはいけないので厳しい者も必要かと……例えば……ダラス分隊長とか」


「ダラスか! そいつはいい! 私も世話になったからな。厳つい顔しているが子供好きは隠しきれないタイプだからな……私が学院を卒業してからは甘えが一切無い指導になって大変だったぞ。思い出して気分が悪くなってきた。ん? と言うことは15まで甘いという事か? まあ大丈夫か。顔怖いし。そう言えばダラスももうそろそろ良い年齢ではないのか?」


「そうですな50代後半と言った所かと。もしかしたらセシルへの指導が終わり次第引退という形になるかもしれませんな」


「ふむ。ではダラスの意見を尊重してくれ。好きな仕事をさせてやりたいからな」


「はっそのように」



 こうしてダラスに要請をした所、食い気味で了承されセシルの教育担当に決まったが「村への出発はルーレイ様が戻られてから」との話を聞いてからは「ルーレイはまだ帰って来んのか!?」と毎日騒がしくて辛い。と泣き言を言っている伝令の男が各所で目撃される。


 トラウス辺境伯にセシルの話が届いてからその1週間後にルーレイが帰って来た。

 ルーレイは領主館に到着するなり領主に呼ばれた。


「ルーレイただいま戻りました」


「うむ。長旅から帰ってばかりで呼び出してすまない」


「いえ、私もそのつもりでしたので問題ありません。それだけの事が起きていますからね」


 ルーレイは苦笑いをする。


「単刀直入に問う。大賢者の再来は誠か?」


「可能性と言う意味では間違いございません。計測器の不備も考え、別の計測器でも確認致しました」


「そうか。では王都にその旨、連絡しても問題ないか?」


「はい。問題ないかと。王都の反応も気になりますが、とりあえずあの村でそのまま守っていただければと」


「その話は聞いておる。教育係にダラスを用意している」


「ダラス様ですか。それは良い。ただ大人しそうな子だったもので怯えなければ良いのですが」


「最初は間違いなく怯えるであろうな」


「まあそうでしょうね」


 はっはっはっと他人事の様に笑い合うのであった。

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