第9話 騎士の来村


 それから数日後、騎士3名と大工5名がセシルのいるトルカ村に向かった。

 大工は最初テント暮らしをして、簡単な仮宿を作ってから人数を増やして一気に建てるらしい。

 元々はセシルの教育と護衛の為の数人が住める程度の家を作る予定だったのだが、魔物の間引き等も行う事になった為、それなりに大きい宿舎を建てることになった。

 常駐する騎士は5~6名くらいになるだろうが10名程度が泊まれる大きさになるそうだ。


「たのもー」


 騎士や大工達が村長に挨拶に行く中、1人だけ別の家に向かう男がいた。

 ダラスである。


 自分の愛弟子となる人物に早く会いたくて仕方が無かった。

 セシルが魔術師になると言う事は全く頭に入っていない。


 最初は同行者も「まずは村長の所に」と声をかけはしたが、そんな事は聞こえなかったかのように「セシルの家はどこだ?」と第一村人に聞いていた。


 巨躯のダラスに声をかけられた村人はヒッと怯えた声が出ていたが、騎士の恰好を見てホッとしてセシルの家を教え、「でも今の時間は畑の方に……」と言いかけたのだが、それを聞く前に「助かった!」とお礼を言って去って行ってしまった。イノシシの様な男である。


「なんだ。誰もいないじゃないか」

 ダラスは周りをウロウロと周りを見渡し別の村人を探し声をかける。


「すまんが、セシルはどこにいる?」


「ああ、あそこに小さく見えているだろ?魔物と一緒にいる子がセシルだよ」と、村人が遠くに見えているセシルを指差して教える。


「感謝する」


 それを確認したダラスが走ってセシルの元に向かう。


 セシルは農作業を手伝っていると目の端に何か大きいのが走って来ているのが見えた。

 まだ大人の男に恐怖感を持っているセシルは咄嗟に逃げた。


「ぬ? なぜ逃げる!?」


 迫ってくる大男にヒッと声を出して必至に逃げるセシル

(何あれ! 何あれ!? 何あれ!!? 何で追いかけてくるの!?)


 ドスドスドスと足音が近づいて来てセシルは肩をガッと掴まれた。


「ガハハハハッ追いかけっこはもうお終いか?鍛え方が足りんな」


 セシルと一緒に走っていたマーモとその背に乗っていたライムがダラスを威嚇する……が、ダラスがライムとマーモを一睨みするとビクッとなりセシルの後ろに隠れてしまった。

(えー……諦めるの早くない?)

 とセシルがライムとマーモの行動に絶望していると、少し離れた所から声が掛かった。


「どっどちら様でしょうかー?」


 息子と見知らぬ騎士の謎の追いかけっこに気付き、走って追いかけて来たセシルの父のロディがぜぇぜぇと息を吐きながら問いかける。


「あぁすまんかった。これから学院入学までセシルとお前さんらの剣の指導をするダラスだ」


「だっダラス様っ!?」


 ダラスは田舎の村にまで届く程、有名な騎士だった。

 騎士が10人程度で囲んで倒すような大柄のトラの魔物を1人突っ込んで行って倒したなど逸話が絶えない人物であり、トラウス辺境領で憧れない男はいないとまで言われる男である。

 最近は歳を召して前線に出なくなったので「引退したのでは?」などの噂が流れていたが、まさかその男がセシルの教育、ひいては自分達の剣の指導に来るなど全く予想していなかった。


「父さん知っているの?」


 セシルは幸か不幸かまだ幼い為、ダラスの逸話を聞いた事は無かった。


「知っているも何もトラウス辺境領で超有名人だぞ!父さんも憧れたものだ!あっ挨拶が遅れました。コチラがセシルで私がロディと申します。今、こちらに小走りで近づいて来ているのが私の妻のカーナです」


「うむ。よろしく頼む」


 近くまで来たカーナが軽く息を上げながらロディに声を掛けた


「はぁはぁ……こちらの……方は?」


「聞いて驚くな。こちらの方はこれから私達に剣の指導をしていただけるダラス様だ」


「えっ? ダラス様ってあのダラス様?」


「あぁそのダラス様だ」


「えぇー!? あのダラス様が私たちに剣の指導を!?」


「そうだ。カーナと言ったかな?これからよろしく頼む」


「あっ失礼しました。ロディの妻のカーナと申します。何卒よろしくお願いいたします」


 腰を抜かしそうになっていたカーナが慌てて居住まいを正して頭を下げる。

 ロディもそれに合わせて頭を下げ「こらっセシル、頭を下げなさい」と小声で声をかけ右手で頭を無理やり下げさせる。


 セシルは何が起こっているのかさっぱり理解していない。


「そこまで畏まらんでも良い。後で予定の打ち合わせをしに騎士達と共に伺わせてもらう。時間は……そうだな。夕飯を食べ終わった頃に行くのでそのつもりで。あぁ。改まったもてなしはいらんからな。いつも飲んでいる茶くらいでも出してくれたらそれで十分だ。これからしばらく付き合いがあるからな。一々気を遣われてはお互いしんどくなるだけだ」


「はい。畏まりました」


「畏まるなと言っておろうに。ではまた」

ダラスは苦笑しつつ、追いかけっこのせいでセシルとまともに話をするのをすっかり忘れていたと思いながら帰って行った。



 夜、食事が終わりセシルと両親がそわそわと待っていると玄関がノックされた。

ロディとカーナは英雄ダラスが来ることに。セシルは怖いおじさんが来ることに。

 「はいはい」とカーナが扉を開けるとダラスを含めた騎士が3名立っていた。

 騎士の恰好は軽鎧だ。多くは布で出来ているが、急所など大事な部分は金属素材で守られている。


「夜分遅くに失礼する。私は騎士のコルト=ラッセル。こちらがイルネ=ローレンス。それと昼間挨拶したと思うがダラス=パワーだ」


 コルトとイルネが軽く頭だけ下げる。

 騎士は準貴族の為、本来平民に頭を下げる事は無いが良好な関係を築きたいと言うコルト、ひいては辺境伯の思惑がある。

 コルトは30代後半、髪は短髪で茶色、目は青色で優しそうな顔をしている。

 イルネは10台後半くらい。ショートヘアで茶髪、目も茶色で美人、身長が女性の割に高い。


「よろしく頼む」


 ダラスは特に頭を下げず挨拶する。


「「よっよろしくお願いします」」

 3人で緊張しながら挨拶を返す。


 玄関で話すのも何なので狭い家で申し訳ないですが中にお入りください」


「「失礼する」」


 騎士達が座ったのを確認してから、ロディが挨拶する。


「挨拶が遅れました。私がセシルの父ロディ、こちらが妻のカーナ、この子がセシル。こっちのスライムがライム、マーモットがマーモです。この2匹は安全ですのでご安心ください」


「改めて私がこのトルカ村駐在の任を預かる騎士隊長のコルトだ。身内の事情を話すとダラス分隊長の方が私なんかより格上だが、今回はただの指導員として扱えと本人からの要望でこのような事になっている。ダラス分隊長は相談役の様なものだな。命令権は一応私にあるが、私は騎士宿舎の建設、魔物の間引きなども担当するので何かあったらイルネかダラス様に行って貰えば良い」


「はい承知しました」


「私がセシルに読み書きや基礎知識を教える事になるイルネだ。よろしく頼む」


 セシルはなぜこの可愛いお姉さんが自分に読み書きを教えると言ってるのかのかよく分かっていない。


「昼も言ったが儂が3人の剣や護身術の指導をするダラスだ。これから指導するに当たって予定を組みたい。ではコルト隊長頼む」


「と言う事で、予定を組みたい。出来れば時間が無いので勉強も護身術も毎日行いたい。ただし、農作業などの邪魔をする気はない。農作業と護身術の両立は慣れるまで肉体的にキツイと思うが、そこは我慢してもらうしかないな」


「分かりました。武術に関して素人ですのでお聞きしたいのですが、どれくらいの時間訓練するものでしょうか?」


 ダラスが答える

「最初は身体を慣れさせる事から始めなければならない。いきなり張り切ると怪我をするからな。その為、最初は朝晩仕事前と仕事後にストレッチ、軽いランニング、軽い素振りを四半刻ずつ程度やってもらいたい。身体が慣れて来たらまた改めて予定を組みたいと思っておる。それくらいなら大丈夫であろう?」


「はい。それくらいでしたら問題ありません」


 ロディもカーナもダラスの見た目と違ったまともそうなメニューにホッと息をつく。

 ダラスは脳筋な所があるが、素人や子供に対しては存外まともな訓練メニューを組む。慣れて来たら地獄に変わる事を隣にいる騎士2人は知っているが、それは口に出さない。


「では仕事前と後の訓練は3人一緒にするとして、仕事前の訓練の後、午前中をセシルの勉強の時間に当てたいがよろしいか?」


 コルトが訊ねる


「はい。それでお願いします。セシルの午後はどうしたらよいでしょう?」


「仕事を手伝わせてもいいし昼寝でも好きにしたら良い。ああそうそう明日、木剣と教科書も持ってくる」


「承知しました。ありがとうございます。では今後ともよろしくお願いします」

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