第208話 制圧戦
トンボの尻尾を耳に突っ込まれる事になった不運なマーモット。
暴れたいが序列的に暴れられないマーモットは可哀想な程ビクビクと身体を震わせている。
ヨトがトンボの尻尾をグイッと耳に突っ込むとマーモットが思わず叫んでしまう。
「ミギャォーーー」
「そんな声で鳴けたんだ!?」
マーモと長年暮らしたセシルはマーモットの聞いたことない鳴き声に驚きを隠せない。
「注目するとこそこ?」
耳に異物を入れられたマーモットは耳から取り出そうと、頭を丸め短い手を必死に伸ばすが届かない。
「で、耳栓した結果聞こえ具合はどうなの?」
「従魔でもないマーモットが感想言えるわけなくない?」
「……」
「この子は何の為に入れられたん?」
全員が半泣きのマーモットを不憫な者を見る目で見る。
「サ、サイズチェックに決まっているだろう。いい感じで入ったな! 良かった良かった」
「じゃヨトも早くね」
ヨトも視線を彷徨わせた後、遂に観念して先っぽのハサミの様な鋭利な棘を千切り捨て耳に入れる。
「うぅっ……なんか汁っぽいのが出てくるぅ」
「うわぁ……」
「聞こえ具合はどう?」
「聞こえはするけど、だいぶ小さくなったと思う。もういいな。一旦外すぞ」
少しグジュッとなった尻尾を外し、少しウェットになってしまった耳の中をほじり出す。
「気持ち悪いぃ」
セシルが不運で不憫なマーモットの耳からトンボの尻尾を取るとライアが耳の中を綺麗にしてあげた。
不憫なマーモットは救世主を見る様な目でセシルとライアを見るようになっている。
その様子を見ていたユーナは天啓が降りた様な衝撃的な顔をしていた。
「これは使える……」
賢いユーナは一連の流れを見てマッチポンプで洗脳する方法を学習してしまう。
そして帝国でも似たような事例を目にしていた事を思い出す。
「そうか、私達もこうやって皇帝や代官様が素晴らしいと思い込まされていたのかもしれない」
「? どうした?」
「……いや、なんでもないよ」
「?」
ユーナはいつかこの知識が使えると判断し、兄にも黙っておくことにした。
兄を洗脳する可能性を捨てていないようだ。
この知識(マッチポンプ洗脳)を使う日が来るかどうかは、神のみぞ知、いや、ユーナのみぞ知る。
☆☆☆
トンボの尻尾を無事に手に入れると真っすぐ目的の水場の手前まで戻る。
「いるね」
数匹のミニ魚っさんが最後の曲がり角から覗いていた(目は無いので耳を出しているようだった)が、セシル達が近付くとギ―と鳴き声を出して引っ込んでいった。
ミニ魚っさんの住処からは呼応するようにギ― ギー ギーと大合唱が聞こえ始めたが、急にシーンと静寂に包まれた。
「急に静かになったね」
「……あいつら今までキシャーって鳴いてなかったっけ?」
「セシルさんは気にするポイントがいつもズレているのよ」
ユーナは呆れ顔だ。
「ギーが警戒音なんじゃねぇか? 知らんけど」
「って事は警戒されているって事?」
「警戒音ならな」
「何かしてくる可能性あるね。曲がり角から覗く前に先制攻撃でマーモット達に叫んでもらおうか」
「正面から叫ばなくても効果あるか?」
「あるんじゃない? 今は私たちの声に耳を澄ませているだろうし」
「確かに」
「じゃあ皆耳栓するよー。マーモ皆に並ぶように伝えて」
「ナー ナー」
マーモットの指示で仕方なく並び始めるマーモット。
序列が低い順から並ばされているようだ。
全員が全員渋い顔をしている。
ヨトとユーナがグイグイとトンボの尻尾を耳に詰めていく。
セシルは念のため、曲がり角から急にミニ魚っさん達が攻めて来た時の為に斥力魔法をグルグルと回し壁を作っている。
だが、警戒むなしくミニ魚っさんからの動きは無かった。
先程のギー ギーと言う騒がしい鳴き声が嘘のように静まり返っていた。
「全員耳栓付けたね?」
「うん。聞こえにくくはあるけど普通に聞こえるね」
「それは仕方ないよ。よし、じゃあマーモ達頼むね」
「ナー」
マーモットたちが所狭しとセシル達の前にギッチリと並んでいく。
2列目からは前のマーモットの背中に足を置き、顔を出すようにしている。
この形はセシルが指示を出したわけでもなくマーモが指導しているようだった。
「何か凄いね」
「こんな軍隊みたいな事出来るんだな。マーモ以外のマーモットはアホばっかりだと思っていたわ」
「トイレの場所もすぐ覚えたしマーモットちゃん達は賢いと思うよ?」
「はいはい。無駄話はそこまでね。じゃ早速だけどマーモよろしく」
「ナー」
マーモがコクンと頷く。
セシル達はトンボの尻尾を突っ込んだ耳をさらに手で抑え、構える。
ライアとラインは特に何もしていない。
スライムの聴覚は未だに謎のままだ。
マーモが地面を前足でタシッ タシッ と叩き、3回目を叩いた時
曲がり角の壁に向かって怒号の様な【ナーーーッ!!!】というマーモット達の叫び声が響く。
音が反響しビリビリと空気が震える。
正面は壁なので当然自分達にも音が反響しマーモット達はクラクラとし始めて自然と声出しが止まる。
やはりトンボの尻尾を詰めただけでは音を防ぎきるのは難しかったようだ。
「すっげぇ……」
「ボーっとしないで! 急ぐよ!!」
想像以上の迫力に若干放心気味だったヨトとユーナをセシルが叱咤する。
ここからはセシル達の仕事だ。
急ぎ曲がり角まで移動するとミツビオアルマジロの盾を構え、ライライに照らして貰いながらミニ魚っさん達の様子を覗き込む。
「ヒッ」
想像以上にミニ魚っさんが近くに居た事に思わずユーナの声が出てしまう。
曲がってすぐの所に短槍のような尖った何かを持ったミニ魚っさんが4匹も倒れていたのだ。
「よし、効果抜群だったみたいだね。一気に殺していくよ!」
手前で耳を澄ませていたミニ魚っさんはもちろんの事、曲がり角をぐるっと囲む様に石を持っていた個体も軒並み泡を吹いて倒れていたり、四つん這いで吐いていたりしていた。
セシルは斥力魔法、ヨトは剣、ユーナは剣鉈で次々に止めを刺していく。
マーモットも動ける様になった個体は積極的に討伐に参加していく。
水路前の広場をあっという間に制圧し周りを眺めると、流れる小川に小さな個体がぴょこぴょこ耳を出して様子を確認しているのが見えるだけになった。
「子供かな?」
ユーナが小川に近付くとライライの光に照らされた子供のミニ魚っさん達と目が合った(目は無いが)
耳をピクピク、鼻をスンスンさせ、何時にない臭いに一様に不安そうにしている顔は同情を誘う。
――流石にこれはどうにか助命をするべきではないかと、説得するため必死に思考を巡らせつつセシルを見ると、雷鎖をジャラジャラと川に突っ込んでいる所だった。
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