第44話 お別れとクリスタの反省


 トラウス辺境伯の別邸に行くとダラスとサルエルが待っていた。


「ご入学おめでとうございます」

「セシル、おめでとう」

「ありがとうございます」

「問題は起きませんでしたか?」

「クリスタ様にいきなり舞台の上に上げられそうになりました」

「え!? いきなりですか? 大丈夫でしたか?」

「なんか校長が体調悪い事にしてくれて、舞台に上がらなくてすみました」


 ダラスとサルエルはホッとする。


「無事に終わって良かったです。では、我々はトラウス領に戻りますね」

「頑張るんだぞ! 立派になったセシルと会えるのを楽しみにしとるよ」


「はい! 2人ともありがとうございました!」


 セシルが笑顔で答える。


「……それだけか? 挨拶があっさりし過ぎではないか? もうちょっと何かこう、涙とかないか?」


とダラスが言い、サルエルとイルネが目を合わせて苦笑いをする。

セシルも困った顔をする。


「むぅ……では最後に、我々の事をおじいちゃんおばあちゃんと言ってくれないか?」

「おじいちゃん、おばあちゃん元気でいてね! またね!!」

「サルエル! 聞いたか!? おじいちゃんと呼んでもらえたぞ!」

「聞こえてますよ。セシル様、いえ、セシルも元気でね」


ダラスとサルエルが2人で号泣してセシルに抱き付く。


「お二人ともいい加減になさってください。そんなに泣かれたら出発しにくいではないですか。そろそろ出発しますよ」


 ダラスとサルエルが『セシルが入学するまではここに残る!』と、全然領地に帰ろうとしなかった為、仕方なく王都に残っていた騎士だ。

 これ以上待てないとせっつく。


「そんなに慌てんでも良かろうが! 仕方ない。そろそろ出発するか。イルネ、セシルの事を頼むぞ」

「ハッ! 命に代えましても!」


 イルネは騎士として敬礼する。

 こうしてようやく2人は領地に帰って行った。



 お別れを終え、学院にある新しい家に戻った2人と2匹。


「寂しくなりますね」

「うん。でもイルネがいるから大丈夫」

「セシルちゃ~ん」


 セシルの言葉につい、内なるイル姉が外に出て来てしまい抱きしめる。


「いつもイル姉のままがいいのにな」

「そんな訳にはいかないのよ。セシル様をちゃんとお支えしますわ」

「侍女のイルネは似合わないよ。騎士のイルネ様かイル姉が合ってる」

「侍女が似合うって言って貰えるように頑張りますわ。セシルも明日から学校大変だろうけど一緒に頑張りましょうね」

「うん」





 入学式があった日の夜、王城の一室に宰相、学院の校長、クリスタ、第一王子のケンリスが呼び出されていた。

 第一王子はクリスタの6個上の14歳で、すでに学院を卒業している。


 全員が席に着いた所で王が話し始める。


「クリスタ、呼ばれた理由は分かっておるか?」

「いえ……」

「以前『王族の言葉には責任が伴う』と申したばかりであったな?」

「はい。私もその言葉を胸に、立派に入学式の言葉を述べる事が出来たと思っております」


 クリスタは少し胸を張る。


「それだ。それだよ。クリスタよ、やらかしてくれおったな。報告によると入学の挨拶時にセシルを壇上に上げようとしたそうだな?」


 王の雰囲気に室内がピリつく。


「はい。以前、父上がサプライズでそのような事をされていましたので、いつか自分もやってみようと思っていました」


 クリスタはなぜ自分が怒られる雰囲気なのか理解が出来ない。褒めて貰えると思っていたのだ。


「クリスタよ。入学の挨拶の内容はいつ渡された」

「2週間程前です」

「自分は2週間前に専門家が考えた文章を渡され、覚えるだけで良かったのだな? にも関わらず、セシルにはその場で考えさせて挨拶させようとしたのか?」

「いっいえ、父上も以前同じことを」

「馬鹿者!! あれは賓客に対してのサプライズであって、挨拶者には事前に話を通してあるわ!!」

「そっそれは知りませんでした」


「それだけではない、元々あやつのパレードが予定されていたのが中止になったのは知っておるか?」

「はい。存じています」

「理由は?」

「それは……申し訳ございません」

「セシルが大勢の前に出る事を苦手としておるからだ。以前、トラウス辺境領でサプライズでパレードを行った所、大勢の民の注目を集め、セシルはそのプレッシャーに耐え切れず、吐いて気を失ったそうだ。100人程度の村で育ったらしいからな。それも無理からぬことよ」

「そんな事が」

「大賢者がもしこの国を苦手としたらどうなるか分かるか? 出奔でもされたら?」

「申し訳ございません。分かりません」

「出奔した先の国が戦争を仕掛けて来たら――我が国は負けるぞ」


 ゴクッと誰かが唾を呑み込む音が聞こえた。

 ケンリスが疑問を口にする。


「1人にそれだけの力があるのですか?」


「ある。セシルが大賢者と同等の力を持っている。という前提でだが、個人で戦局をひっくり返すだけの力がある。大賢者以外の魔術師では、まずそんな力は無いがな」


誰も言葉が出ない。


「何より、建国の大賢者の子孫が我ら王家であるぞ? 大賢者の否定は王家の否定にも繋がる。もちろん建国の大賢者が成した偉業こそが王家足り得る理由であって、それに対してセシルはまだ何も成し遂げてない。しかし民衆の見方は違う。過去の大賢者と現在の大賢者を同等と見てしまう可能性がある。その大賢者が、この国を見限ったという噂が広まってみろ。どうなるか分かるだろう?」


 クリスタは喉の渇きを感じながらも頷く。


「もちろん入学の挨拶で壇上に上げようとしただけで出奔される事は無いだろう。しかしこういう不信感の積み重ねが悪い方向に導く可能性がある。クリスタよ。お前がやった事がどういう事か分かったか?」

「はい。申し訳ございません」

「学院ではお前が守るのだぞ? 周りの貴族を御す事が出来てこその王族だ。もし次問題が起きたら罰を与える。心せよ」

「はっはい。全力で務めます」


 クリスタは王の『心せよ』と言う言葉が親とは思えぬ程冷たく、自分が崖っぷちにいる事を思い知った。


「シエフ校長は良くぞ止めてくれた。我が息子がとんでもない迷惑をかけてしまったな」

「いえ、滅相もございません」

「ケンリス、そなたも今回の事を頭に入れ、セシルの扱いには最大限の注意を払え」

「はい。父上」

「あぁ。しかし、甘やかせと言うわけではない。こちらが下手に出過ぎて増長させてしまうと手が付けれなくなってしまう。最悪暗殺するしか無くなるが、そうなると国民感情がどうなるか分からん。ただ、普通に過ごさせる事が肝要だ。皆、良いな?」


「「「ハッ」」」


 こうしてひっそりと開催された説教&会議は終了した。

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